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血で結ばれた隣人


「クロエ、どうだった?」


優斗は、俺にそう優しい声で尋ねてくる。ここ数日、ずっと俺のことを心配してくれていたらしい。確かに、一度衝動的に勇者パーティを抜けたようなやつだ、いつまたあんな風になってしまうか気が気じゃないのかもしれない。


「……うん。皆に前世のことを打ち明けられて、スッキリした。というか、もう、前みたいに、皆のことをキャラだなんだの、客観視することはなくなったかな」


この世界は、確かに存在する。そして俺は、この世界に存在する、勇者パーティの一員で、皆の、仲間だ。


それを、ここ数日で強く認識することができた。


ただ……、その分。


「……きっと、心の防衛機能だったんだと思う。人を殺して、正気でなんていてられなくて……。だから、この世界を正しく認識しないように、無意識にそうなってたんだと思う。だから、かな……。今更ながら、殺した人達の顔が、頭から離れなくてさ」


「……暗殺者の頃の、か……。あれは、クロエが悪かったわけじゃない。クロエにできることなんて、なかったよ」


確かに、今この記憶がある状態で過去に戻ったとしても、多分俺はもう一度暗殺者の道を行くだろう。いや、行くしかない。それ以外に、道筋は用意されていなかったのだから。でも、もしもう少しアンジェに出会うのがはやかったら、なんてことを思わないわけじゃない。


「はぁ……。でも、向き合わないと。自分の手で殺したことは、確かなんだし。今まで、逃げてたのがおかしかったんだ」


何も考えず、ただ勇者パーティの一員としていられたら、どんなに良かったか。

既に俺に根付いてしまった“人殺し”としての感覚は、もう消えはしない。俺が人を殺したという事実は、一生俺にまとわりついてくる。


「クロエ……」


「正直、逃げたいよ。辛い。皆の隣にいたい。けど、皆のことをちゃんと知って、この世界が生きた現実なんだって認識すればするほど、奪った命が、俺の前に顔を見せてくる。清廉潔白な皆の隣にいる俺は、地に塗れた、薄汚れた存在なんだって、いやでも自覚させられる。それが、たまらなく辛い…」


ちゃんと向き合いたい。でも、やっぱりそれは苦しくて……。辛い道なんだ。

皆と一緒にいる時、はしゃいでいると、つい俺の犯してしまった罪のことを忘れてしまいがちだ。けど、確かに俺は人を殺して、その上で今生きている。


いっそのこと、全部忘れてしまえれば楽なのに。


「クロエ、気持ちは、分かるよ。俺も、たくさん命を奪ってきたから」


「優斗…?」


「俺は、勇者だよ。ただ、そう一方的に告げられただけだけどさ。それでも俺は、勇者になってしまったんだ。だから、皆のために俺は、魔族を殺さなきゃいけない。この手を血で染めあげなきゃいけない。でも、魔族だって生きてる。人間と同じように言葉を発し、人間と同じように感情を持つ生物だったんだ。俺がやっていたことも、人殺しと何ら変わらないことだったんだよ」


そう、だったのか……。俺が勇者パーティに入ってから、一度も魔族を殺すそぶりなんて見せていなかったから、優斗が魔族を殺してるだなんて、知りもしなかった。考えてみれば当然か、人間と魔族は対立していて、戦い合っているんだから。


「でも、クロエが勇者パーティに入ってからは、殺さないって決めた。殺し(それ)は、クロエが1番やりたくないことだって知っていたし、何より俺はもう、“人”を殺したくなかったから」


優斗も、俺と同じような悩みを抱えていたんだな……。全然、知らなかった。知ろうともしていなかった。思えば俺は、優斗のことを何も知らない。勇者パーティのメンバーと深く関わる機会はあったけど、優斗にはメス堕ちしたくないとかいうくだらない理由で近付こうともしなかったから。


でも、話してみればなんてことはない。

俺と同じような悩みを持つ、ただの男の子でしかなかったんだ。


たまたま異世界に呼ばれて、たまたま勇者って名付けられただけの存在。

ただ、それだけだったんだ。


「そっか、優斗も、同じだったんだ」


「そうだよ、だから……その……」


優斗は、少し頬を赤らめながらも、俺に向き合って、はっきりとした口調で、言う。


「俺にも、背負わせて欲しい。クロエの、罪を。クロエの悩みは、俺もよくわかる。だから、俺も一緒に背負いたいんだ、その重荷を。クロエが1人で向き合うのが辛いって言うなら、俺も一緒に向き合う。もし遺族に罵倒されそうになったら、俺も一緒に罵倒されに行く。どうしても辛くなったら、その間、俺がその罪を背負うのを変わってやってもいい。そりゃずっとそうするわけにはいかないけどさ」


「なんで……そこまで……」


「もちろん、大事なパーティメンバーだから………。っていう言い方は、卑怯、だよな……。俺、その……。ごめん、気持ち悪かったら、逃げてもいいから。俺、クロエのこと………好きなんだ」


好き…?

それは………。どういう……。


「ゆ、優斗? 言っている言葉の意味が、よくわからないんだけど……」


「え、と………。だから、好き、っていうのは、その……。付き合いたいとか、そういう意味の……好き、なんだ」


あの優斗が?

天然清楚系巨乳お姉さんのエレナさんに好意を持たれて、ツンデレデカパイで面倒見の良いセリカにも好かれてて、ボクっ娘で実は誰よりも仲間想いなカカエ姉さんにも想われた上に、この国の王族で芯のある女の子なアンジェも惚れてて、厨二病のマコに好かれてる優斗が?


俺のことを好き…?


「へ…? へ……? へ?」


わけが、わからない。好かれることなんてしてない。

俺は、優斗に何もしてないのに、なのに……。


「自覚はなかったけど、勇者パーティに誘った時には、もう、気にしてたのかもしれない。元々、親近感みたいなものは、感じてたんだ。アルトやノエルにも感じてた。けど、それ以上にもっと、近しいものを感じた」


俺は別に、そんなものは感じなかった。けど、きっと俺は考えないようにしていただけだ。優斗は多分…。


「ノエルやアルトも、異世界から召喚されたってことは同じだった。けど、多分俺とは似て非なる世界の出身だったんだろうなって、今ではそう感じてる。これは俺のただの推測だけど、きっと、クロエは、俺と全く同じ世界から、この世界にやってきたんじゃないかって」


確かに、多分だけど、俺と優斗の出身は同じ現代日本だ。

俺だって、優斗に懐かしい雰囲気を感じなかったわけではない。


だから、優斗の言うことも分かる。分かるが……。


「でも、俺は、男だから……。優斗の気持ちには、応えられないっていうか……」


なんだか、顔が熱い…。羞恥心からか、それとも別の感情から来るものなのか、それすら分からないくらいに、俺の頭は冷静さを欠いている。


でも、俺の自認は男だ。だからと言って恋愛対象を女性にするってわけでもないけど、男と恋愛だなんて風に割り切れるほど、簡単な性格はしていない。


「別に、応えてくれなくたっていいんだ。俺が勝手に、クロエが好きで、大切にしたいって、そう思ってるだけだから」


「優斗なら、もっといい人がたくさんいるよ。周りに目を向けてみて、それで……」


「ごめん。今言うのは、ちょっとなかったかもな。俺が言ったことは、気にしないでくれ。でも、好きになるのをやめるのは、できそうにない。だから………俺が勇者としての役目を終えるまでは、返事は保留にしてくれないか?」


真剣な表情で俺の顔を見つめてきながら、優斗はそう告げてくる。あまりにも純粋で、真っ直ぐな眼差しを向けてくるものだから、はっきりと断りの返事を入れるのも申し訳なくなってついつい俺は……。


「う……ん、わかった……。でも、どれだけ待っても、多分優斗の気持ちには、応えられないと思う。それでもいいなら」


気持ちに答えられるかも分からないのに、返事を保留にすることを、了承してしまった。


「よかった。断られたらどうしようかと」


「優斗、別に保留にしたからって、付き合うって言ったわけじゃないから、そんなに安堵されても、気持ちには応えられないというか……」


「いいんだ。今はそれで。ごめん、告白で少し話が逸れたけど、さっきの話のことなんだけど……」


告白の返事については、もういいと言わんばかりに、優斗は俺に告白する前の話へと話題を転換させてくる。


正直、さっきから緊張して心臓の鼓動がいつもよりはやく鳴っている俺からすれば、肩透かしもいいところなのだが…。結局は俺にとっても好きだなんだだの話をずっとし続けるのは少々胃に優しくないので、むしろありがたかったかもしれない。


「俺が言いたかったのは、俺はそんなに清廉潔白な存在じゃないってこと。俺だってクロエと同じように、命を摘み取ってきたし、相手は魔族でも、クロエとやってることの本質は変わらない。だから、皆の隣にいるのが辛くても、俺はクロエの隣に居続けるよ。どんなにクロエが嫌がっても、俺は……一緒に血に塗れたまま、隣にいてやれるから」


一緒に地獄に堕ちよう、的な提案をしてくる優斗。結局これって告白の延長線上の話なのでは、と思わなくもないが、今はそんなことはいい。とにかく。


「そっか。ありがとう優斗。ちょっと気が軽くなった」


皆が尊敬する勇者様も、血を手で染めている。

だからと言って、罪の意識をわすれてしまえばいいという話ではないのだが、それでも、同じ罪を共有できる者がいると考えれば、多少は気持ちが楽になるものだ。


「とにかく、話はこれでおしまい、だな。明日からはまた、勇者パーティとして一緒に冒険することになると思う。だからこれからもよろしく、クロエ」


告白した後なのに、清々しいくらいにいつも通りだ……。やっぱりモテ男は違うな……。

でも、それでも告白には勇気が必要だっただろう。


勇者としての役目を終えるまで、か。それまでに俺はきちんと、優斗に対して、ちゃんとしたを持ってこなくちゃならない。


思えば俺はまだ、優斗にはちゃんと向き合えていなかったのかもしれない。優斗は俺に合わせてくれるばかりで、俺が優斗に返せているものなんて何もない。だから……。


「うん。これからもよろしく」


これから勇者パーティとして、しっかり働いて、きちんと優斗に向き合おう。

メス堕ちが嫌だとか、そんなくだらない理由で、優斗のことを避け続けるのは、優斗に失礼だ。だから、もうくだらないこだわりを持つのはやめよう。


メス堕ちするとか、メス堕ちしないとかじゃない。

優斗のことを知って、優斗に誠実に向き合う。

俺がやるべきことは、きっとそれなんだろう。


「優斗」


「ん?」


「ありがとう」


勇者パーティという居場所をくれて。


そして、こんな俺に寄り添ってくれて。


これだけやってもらって、返せるものなんて、何も持ち合わせちゃいないけど。


でも、これからだ。

これから俺は始まるんだ。


ちょいシリアス略してちょ尻期間終了。もうシリアスさんは解雇します。

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