後悔しても後悔しても、過去は変わらない
カカエ姉さんの屋敷に入れなかった俺とアルトの目の前に現れたのは、俺と同じように、世界一の殺し屋が取った3人の弟子の内の1人、セツナだった。
「セツナ、何で魔族に……」
「人、殺したかったから」
「え?」
「だから、人殺したかったんだってば。魔族だったら、別に人殺したって変じゃないでしょ? だからなったの」
「セツナ、いつの間にそんな風に……」
「それはこっちのセリフだよ。いつの間にそんな色ボケするようになったんだか。後、私は元々こんなだよ。クロエちゃんやサツトくんが人殺しに抵抗があったみたいだったから、私もそれに合わせてそれっぽく振る舞ってただけ」
片手に持つナイフをくるくる回しながら、何でもないことのようにそう告げるセツナ。俺の知るセツナとは随分と違うように思える。少なくとも、昔の彼女は、そんなことを言うような子ではなかった。後ちなみにやっぱりアルトと恋人関係であると勘違いされてるらしい。アルトとはただの友達なんだけどなぁ…。
話を戻すが、俺の主な仕事は貴族の暗殺だったのに対し、セツナの仕事は暗殺者の暗殺だった。そもそも担当している分野が違う。だから、もしかしたら俺の知らないセツナの顔があったのかもしれない。
ちなみに、サツトというのは俺やセツナと同様世界一の殺し屋の三人の弟子の内の1人のことだ。
3人でいた頃は、暗殺者をやっていた時代では一番楽しかった。
3人とも、出身地こそ違ったが、境遇は似たようなものだった。だから、お互いに仲間意識というのは強かったし、絆も深まった。
だが……。
「敵になるなら、容赦はしない。アルト、気をつけて。はっきり言って、セツナは最も暗殺者に向いていると言っても過言じゃないくらいに、暗殺者としては優秀だから」
俺は村を襲われ、大人達に攫われてもなお取り乱さなかった冷静さが評価されて暗殺者になるに至ったが、セツナは攫った本人ですら気づかなくなるほどの影の薄さや、息の潜め方が評価されて暗殺者になった。そう、つまりセツナの強みはその隠密性だ。
大体、魔族には侵入不可能と言われている東の国の王都の、有力貴族の屋敷周辺にまで潜入することができている時点で、セツナの異常性は明白だろう。
「……いいんだな」
「うん。っていうか、手加減できる相手じゃない」
何せ相手は暗殺者を暗殺する暗殺者だ。太った貴族を暗殺するだけの俺とは違い、プロの暗殺者に気づかれずにその首を掻き切ることができるのがセツナだ。
油断すれば、気づいたら背後に回られて首を掻っ切られていた、なんてこともあり得る。
「アルト、後ろ見張ってて」
俺はアルトに背後の警戒を頼む。本来なら、勇者であるアルトが先陣を切って戦うべきだろうが、相手はセツナだ。今回に限ってはそうはいかない。少なくとも、アルトがセツナの戦い方の癖などを理解できるくらいには俺がセツナの相手をして、アルトに戦闘を見せてやった方がいい。
俺は様子見として、とりあえずナイフを投擲する。
当然、こんなものがセツナに通用するはずもない。
「雑だね」
うん。思ったよりもはやい。俺がナイフを投擲したその瞬間には、既にセツナは俺の頭上へとやってきていた。魔族になったことで、以前よりも身体能力が上がっているのだろう。前までなら、速度だけで言えば俺でも視認できるレベルだったはずなのだから。
そんなセツナに対し、当然俺もその場から退避し、次の攻撃に備えるが。
「痛っ……」
左太ももにかすり傷。いや、ナイフで切ったような痕がある。ということは、セツナの攻撃によるものだろう。俺がセツナを視認し、その場から退避しようとするその寸前に、おそらくナイフを投擲するなどして俺の太ももに傷をつけたのだろう。俺は気づけなかった。
「クロエっ!」
「アルト、大丈夫だから、セツナの動き見て!」
アルトに今出てこられても、足手纏いになるだけだ。今のセツナは、勇者の力だけでゴリ押しできるような相手ではない。何なら、この前のオニンニクという四天王よりも恐ろしい存在だ。
オニンニクは千・ノーウという『十拝臣』の1人の村全体の洗脳によって自身の力にバフをかけていたからこそ優斗ですら苦戦する強敵へと化していたが、セツナは多分素の状態でも優斗を苦戦させることができると思う。
優斗ですら苦戦する相手を、アルトが相手できるはずがない。勿論、アルトを侮辱しているわけではない。ただ、事実として敵わないのだ。現状この場でセツナの相手ができるのは、セツナの戦闘の癖や手数を知りつくしている俺くらいだろう。
「クロエちゃんってさ、よくそんな風にいられるよね」
「落ち込んでいたって何も改善しない」
俺とセツナは、殺し合いを繰り広げながらも、言葉を交わす。久しぶりの再会だし、昔の友人と話したいというのはそれほどおかしいことではないだろう。状況が状況でなければの話だが。
「セツナ、人を殺したいって、本当にそう思ってる?」
「思ってるよ。この世界の人間全て、殺してやりたいって。私がこうやって生きる道しか用意できなかった屑どもを、全員蹴散らしてやりたいってさァ!!」
セツナはそう言って、狂気的な笑みを浮かべながら俺に攻撃してくる。さっきよりもヒートアップしているような気もする。やっぱり、彼女はどこか狂ってしまっているのかもしれない。元からそうだったのか、それとも、暗殺者として働いているうちに、その精神を壊してしまったのか。
多分、後者だろう。彼女の発言には、この世の人間に対する恨みのようなものがこもっていた気がした。
自分が暗殺者としてしか生きることができなかったことが、辛かったと、そう主張しているような気がした。
セツナもまた、俺と同じように被害者だったのだ。
実際、彼女も俺と同じように村が襲撃に遭ったことが原因で暗殺者になるに至ったという話を聞いたことがある。
彼女が暗殺者を殺す暗殺者に向いているというのは、自身の置かれている状況を理解し、村を襲撃した連中に媚を売ったその従順さからだろう。彼女ならば、裏切り者の暗殺者の始末に最適だろうと、そう判断されたのだ。
けれど、それだってセツナがやりたくてやっていたわけじゃない。だって、仲間であるはずの暗殺者を、自分の手にかけなければならないことだってあるのだから。
「セツナ………」
「私を哀れんだ目で見ないでよ。私、クロエちゃんのことは好きだけど、同時に大嫌いでもあるの」
「セツナ、今からでも……」
「そういうところだよ。嫌いなところ」
「クロエちゃん、きっと私のこと異常だ、おかしい、って思ってるだろうね。けど、クロエちゃんは気づくべきだよ、本当に異常なのは……………自分だって」
俺が、異常?
…………そうだろうか。俺は確かに、たくさんの人を殺したし、そのことについて躊躇はしてこなかった。けれど、感情がなかったわけじゃない。実際に、俺はアンジェのことを殺し損なった。本当に人間としておかしくなってしまっているのだとすれば、俺は今頃アンジェを殺して、暗殺者を続けていたことだろう。
「何で、気づかないのかなぁ……」
俺の様子を見てか、セツナはイライラとした口調で呟く。気づかない、何に?
俺は何か忘れているのだろうか。俺とセツナの過去に、何かある?
そんな筈はない。俺とセツナ、サツトの3人でいた頃のことははっきり覚えているし、その頃に何か異常な事態に陥ったという覚えもなければ、俺がおかしな行動をした覚えもない。むしろ、3人で固まっていた時におかしなことをしていたのはセツナの方じゃないだろうか。まあ、それだって遊びの一環でやっていたことで、おかしいと言えるものではないのだけど。じゃあ、何を………。
「分からないみたいだから、教えてあげる。クロエちゃん」
「大量に人殺しといて、どの面下げて勇者パーティに入ってるの、この人でなし」