外出禁止令!! 良い子はお家で遊ぼう!!
「こちらが、噂の東の国の勇者様か。うちのカカエが世話になったな」
優斗達東の勇者一行は、カカエの実家である、ルシフェル家へと赴いていた。
ルシフェル家は公爵家の貴族家系で、ムレーハ王国建国当初から存在している最古参の貴族でもあり、王族に最も近い貴族とも言われている。
そして、優斗達は今、そんなルシフェル家の当主、サターン=ルシフェルという男と対面していた。彼は豪勢な椅子に豪快に座っており、その様子はまるで、勇者一行よりも俺の方が偉いんだぞ、と主張しているのかと感じられるほどのものであった。
ちなみに、マコが今回優斗達と共に来なかった理由として、サターンという名前を馬鹿にしたからというのもある。当主であるサターンに対して、『良い歳こいてサターンはダサい』と表明してしまったことによって、ルシフェル家を出禁になってしまったのだ。まあ、自分のことは棚に上げ、他人のセンスを馬鹿にするのは良くないだろう。ましてや名前は親からの授け物なのだから、馬鹿にされる筋合いはないだろう。
「今さら何の用? 縁なら切った筈だけど」
そんなサターンに対して、カカエは突き放すような物言いで話しかける。会話の雰囲気から察するに、親子仲はそれほど良くないようだ。
「ああ、縁は切った。だが、親としてはお前のことが心配でな。勇者パーティなんてものにいたら、命がいくつあっても足りない」
サターンは優斗の方を横目で馬鹿にするように見ながら、そうぼやく。
その光景は、娘を心配している親というよりも、ただ『勇者パーティ』を馬鹿にしたいだけのようだった。
「ボクのパーティのこと、馬鹿にしないで貰える?」
「馬鹿になどしておらんよ。ただ、低俗な生まれの元暗殺者なんてものがパーティの一員になっているなんて聞かされたら、親としては気が気でなくてな」
勇者パーティに入っているクロエが元暗殺者であるということは、国民には知らされていない。もし元暗殺者がパーティに入っているなんて知れたら、国民の勇者パーティへの信頼がなくなってしまうためだ。しかし、サターンはその事実を知っている。当然と言えば当然だろう。彼は王族に最も近いと言われている貴族だ。クロエの件は、彼にも情報共有されている。
そんな彼の言い分には、特におかしな点は見受けられない。クロエが育ってきた環境はあまり良いと言えるものではなかったし、クロエは教育を受けていない。そんな彼女のことを危険視する声は有力貴族の中でも多く見受けられ、中には暗殺者を雇ってクロエを殺害しようとした者までいたくらいだ。
だが、カカエにとっては、サターンの発言は許せるものではなかったらしく。
「ボクのパーティメンバーを馬鹿にするな!!」
そう言って、サターンに掴みかかるカカエ。周りにいた優斗達が一瞬止めようとするも、掴みかかられたサターン自身がそれを手で止める。
「やはりお前はルシフェル家には相応しくないな。すぐに手を出すその野蛮さ、淑女らしくない言葉遣い。まったく、恥ずかしい限りだ。少しは妹のシエを見習ったらどうだ?」
激昂するカカエに対して、サターンは一切取り乱すことなく、冷静にそう告げる。
その様子はまるで、お前は子供で、私は大人だ、と主張しているかのようで、実際、感情的になってしまうカカエはまだ精神的に幼いところがあるのかもしれない。
「そうだね。ボクは貴族に向いてない。そこに関してはボク自身認めているし、申し訳ないと思っている。もちろん、シエの方がよっぽど優秀だっていうことも。でも、それと勇者パーティとは関係ない」
「そうだな。関係ないとも。お前はもうルシフェル家の人間でもないことだしな」
「だったらもういいでしょ。あんたにボクの人生についてどうこう言われる筋合いはない」
「そうか、残念だ。お前の意志が変わらないというのなら、私から言えることは何もない」
「じゃあ、本当にボクにはもう干渉してこないんだね」
「ああ、約束しよう。好きに生きればいい」
カカエとサターンの会話は、険悪な雰囲気の割にあっさりと結論を迎える。カカエ自身、あまりにもあっさりとした父の対応に驚いているくらいだ。
「ユウト、帰ろっか。ボクの用事はもう済んだから」
「本当に良いのか?」
「うん。気持ちの整理はついたからね」
優斗達勇者一行は、カカエのそんな表情を見て、ルシフェル家の人々に挨拶をして帰ることにした。
執事の男に連れられ、玄関まで向かう優斗達だったが………。
「………開かない?」
玄関の扉が、開けようとしても微動だにせず、屋敷から出ることができない。
「おや、おかしいですね……さっきまで開けた筈なのですが……」
執事の男も、玄関の扉が開かないことに困っている様子だ。つまりこれは、勇者パーティに対ずるルシフェル家からのイタズラというわけでもないらしい。
「はわわっ! 今調べたら、結界はられちゃってます!」
そんな様子を見てか、エレナが周囲を探知し、玄関の扉が開かない原因を、魔法の観点から調べた。結果、どうやら何者かによって張られた結界によって、ルシフェルの屋敷から出ることができない状態らしい。
「誰がこんなこと……」
「勇者パーティをルシフェル家の屋敷に留めておきたいと考えた何者かの犯行ってことになるね。まあ多分、サターンがやったんじゃないかな。やけにあっさり引き下がるなぁとは思っていたけど……」
ルシフェルの屋敷は、ムレーハ王国の内地中の内地にある、極めて安全な場所であり、この場所に魔王軍が侵攻することは不可能だと言っても過言ではない。つまり、魔王軍によって張られた結界という線は薄い。そして、ルシフェルの屋敷全体に結界を張れるということは、それなりの実力者による犯行だということだ。そして、結界が張られたのはおそらく勇者パーティがルシフェル家の屋敷に入った後。
つまり………。
「あの人は大して魔力を持っていない。結界を張るのは不可能だ。屋敷内にも、結界を張れるような人はいなかった。犯人は多分、外にいる」
「じゃあ、私達ここから出られないってこと?」
「……そうなる」
優斗の言葉に、セリカが反応する。もし屋敷内に犯人がいるのであれば、犯人を懲らしめて結界を解除させればいい話だが、外にいる場合は、犯人が結界を解かない限り、屋敷内から出ることが不可能だからだ。
結界を張るには、入念な準備と膨大な魔力が必要だが、その分結界を張った後は、どんなに強力な魔力でも解除することが不可能になってしまう。結界を解くには、結界を張った張本人が結界を自身で解除するか、結界を張った者の魔力が枯渇して結界の維持に魔力を割けなくなった場合のみだ。
「何をやっているのかね」
玄関で屯している優斗達の様子を、執事の男によって伝えられた家主であるサターンも、わざわざ玄関まで出向いて様子を見にきた。
そして、優斗達の間を通り、玄関の扉のドアノブに手をかけ、実際に開かないことを確認する。
「やはり、嵌められたな」
そして、ボソリと、勇者一行にも聞こえるぐらいの声量で、そう呟く。
「その言い方、何か心あたりがあるかのような言い方ですね」
「心当たりも何も。こんなことができる人間など、決まっているじゃないか」
サターンは、まるで当たり前のことを言うかのように、告げる。
「結界を張ったのは、勇者パーティという肩書きだけにつられてパーティに加入した下賎なハイエナの、クロエとかいう元暗殺者のガキに決まっている」
「そんなわけ…!」
サターンの発言に、セリカを筆頭に納得いかないような表情を見せる勇者一行だったが……。
「悪いが、王にも連絡は既にとってある。勇者パーティ一行で元暗殺者のクロエは、国家反逆の疑いがある、とな」
「クロエが国家反逆なんて考えるはずがないです。取り消してください」
「そうかね。勇者の君が言うのなら、そうなのかもしれない。しかし困ったなぁ。結界を張られてしまっては、今から王に連絡をとることはできん。このままでは、クロエは国家反逆の罪で囚われてしまうな」
サターンは、わざとらしく困ったかのような仕草を取りながら、告げる。
「クロエの疑いを晴らしたいのなら、結界を解いてもらわないとね?」
そう言ったサターンの表情は、イタズラに成功した子供のような、満面の笑顔だった。
内地中の内地だから、魔王軍なんて来るわけないね!
なお、魔王軍が1人紛れ込んでいる模様。