好きに性別は関係ない
北の国イームサにある喫茶店true×loves。喫茶tsとも呼ばれることもある店で、基本的には恋人同士で来店する客が多い。最近は老若男女問わず使われるようになったらしいが。
そんな喫茶店で、2人の男女が会話をしていた。
アルトと、クロエだ。
今日、アルトはクロエの手伝いもあって、北の国でノエルとデートをする予定だったのだが………。
「クロエ、聞いてくれ、失恋した」
どうやらノエルとのデートは、上手くいかなかったようだ。
1時間すらもっていない。時間にして約30分ほど。
もはや待ち合わせの時間のほうが長かったんじゃないかと思われるレベルだ。
当然、待ったのは約束の時間の一時間以上前から待ち合わせ場所に待機していたアルトの方で、ノエルの方は待ち合わせ時間から15分ほど遅刻してやってきた。
「……………………そっか。んーと、まあ、どんまい。大丈夫、次があるよ」
こういう時、どういう言葉をかければいいのか。今まで恋愛相談なるものを受けてこなかったクロエには、全くもってわからない。
ただ、今自分ができる精一杯の慰めを行おうと、必死に言葉を探す。
「いや、振られたわけじゃなくて」
しかし、どうやらアルトは振られたわけではないらしい。
失恋した、という言い方からして、アルトの方からノエルの告白を振っただとか、そんなことはないだろうが。
「?」
「えーと、ノエルちゃんの趣味が………」
「………あー。まあ、そうだね」
………どうやらノエルの性癖を知ってしまったらしい。
別に、BL趣味が悪いというわけではない。ただ、相手の趣味についていけるかどうか、そう考えた時、アルトにはそれが無理だった、という、ただそれだけの話だろう。
「俺、一応女の子だし、まあ、何だろ、慰めデートとか、する?」
あまりにもアルトが可哀想なため、クロエはアルトに慰めデートの提案をする。
ちなみに、クロエは今、アルトの前でも一人称は『俺』で通している。
アルトには、前世が男であることを話しているからだ。
クロエにとっては、どちらかといえば、『私』よりも『俺』の方が自分らしさを感じるのだ。だからこそ、できれば本当は、一人称は常日頃から『俺』にしておきたいらしい。
「慰めデート………うん、いいな……お願いします」
そしてアルトの方も、クロエの提案を飲み込むことにした。
元々定期的に遊びに行く仲ではあるため、クロエとアルトの仲はそこそこ良いのだ。
「じゃあ、行こっか。どこか行きたいとこ、ある?」
「うーん。いや、クロエの行きたいとことかでいいよ」
◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●
俺の名前はアルト=ゲスイヤー。一応、西の国トスェウで勇者をやらせてもらっている。
で、現在は前世が男で、現女の子のクロエって子に慰めデートをしてもらっている最中だ。
「武器屋………」
ただ、クロエはどうやらデートをしたことがないみたいで、デートだというのに、俺達が訪れたのは武器屋。
ムードも何もあったものじゃない。まあ、別に好き同士だとか、そういうわけでもなく、単純に凹んでいた俺を慰めるためのものなのだから、場所なんてどこでもいいといえばそうだろうけど。
「えーと、ごめん。デートって話だったのに、武器屋だと、変だよね………」
「いや、全然。別に俺ら、恋人ってわけじゃないんだし。慰めデートも、クロエに付き合ってもらう形だしさ」
「そっか、えーと、武器、見てきてもいい?」
そう言うクロエの顔は、ちょっとワクワクしてそうに見える。
暗殺は嫌いだって言ってたけど、案外武器を見るのとかは好きそうなんだよな。
前世が男だったし、かっこいい武器とかそういうものに憧れるところがあるのかも?
そういえば、マコちゃんと伝説の武器なるものを取り合った時もあったって言ってたっけ? 偽物だったらしいけど。
「うん。全然大丈夫。俺もちょうど武器切らしてたから、ついでに見ておくわ」
まあ、ぶっちゃけ俺はそんなに武器使う機会が多いわけじゃないから、武器切らしてるってのは嘘なんだけど。
というか、クロエ、どこ行ったんだ?
俺が返事した時には既にいなくなってたんだけど。
あ、いた。
『わっ、これかっこいいな………』
ありゃ、あそこにあるのって大剣だよな。クロエが扱うのは短剣だし、あんなものとても扱えないと思うけど、まあ、見たかったんだろうな。
なんか、武器見てる時のクロエ、目がキラキラしてて、なんていうんだろう、こう、かわいいな……。
それにしても、本当にクロエは優しい。
今まで、俺が関わってきたどんな女の子よりも。
まあ、そりゃ、前世が男だから、他の子と違うってのはあるかもしれないけど。
俺は、今まで出会ってきた女の子達のことを思い出す。
『えーと、控えめに言って気持ち悪………いや、正直ちょっと、好きじゃないっていうか、悪いけど、さよなら!』
『本音:貴方に釣り合う人なんていませんよぉ〜!!! 建前:(私じゃ貴方と釣り合わないと思います。なので、ごめんなさい!!!)』
『うざ、しね』
『……………(無視)』
『一体いつから私と付き合えると錯覚していた?』
『二度と話しかけないでくださいこのドブネズミが』
『逃げ出すよりも進みたい派なんですけど、流石に逃げ出すことを選びたいです』
『消えろ、空の彼方へ吹き飛ばされんうちにな』
『………お前を◯す』
『この国ごと消えてなくなってください!』
『スッ(無言で中指を立てる)』
『ねえ、アルト君。男の子と付き合ってみる気はない? ほら、この本、BLっていうんだけど、この世界にはね、男の子同士の愛情ってものが存在するの。女の子から嫌われがちなアルト君にとっても、悪い話じゃないと思うけど。ほら、優斗なんかはどう? 勇者だし、誠実だし。いいと思うわ。男同士』
…………泣きそう。
俺なんか酷いことしたっけ?
何でこんなことになってるの?
確かに、いろんな女の子に話しかけたのはそうなんだけどさ。
一回話しかけただけだよ?
そりゃ、話しかけられた側からすれば鬱陶しいだろうけどさ。
しつこく付き纏ってないし。ここまで言われることなくない。
はぁ。
何でこんななんだろ。
「アルト?」
「ん? あ、どうした? もう買い物終わった?」
「えと、涙、出てるけど…………」
「え……?」
「……そっか。ごめん、気を使えなくて。失恋したんだもんね。それは、辛いよね。えーと、ほら! もうすぐ昼だし、近くに最近できた美味しいお店あるからさ! そこでご飯食べようよ! 俺、結構稼いでるから、今日は奢るし! ね?」
◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●
俺はオムライスを。クロエはハンバーグを頼んで食べることにした。
クロエは、注文したちょっとソース多めのハンバーグを、口が汚れるのも気にせずにバクバクと食らっている。
思ったよりも豪快に食べるんだな。
俺がイメージしてたのは、もっとチビチビ食う姿だったんだけど。
まあ、別に悪いわけではない。というか、むしろ見てるこっちも気持ちがいいし、変に気を使わなくて済む気もする。相手が丁寧な食べ方してると、ほら、自分もちょっと気を使いながら食べなきゃいけなくなる気がするし。
「んー! アルト、これ、美味しいよ、ほら、一口あげるから!」
「ん、ありがとう」
「にしてもこふぇ、ふぉんほうにおいひいはぁ(にしてもこれ、ほんとうにおいしいなぁ)」
美味しそうにハンバーグを頬張るクロエ。口元こそ汚れているが……。
あぁ、こうして見ると、クロエって可愛いんだな。
今まで色んな女の子に嫌われてきたけど、クロエだけは俺に優しくしてくれるし。
前世が男、か。
何で俺、そんな程度で冷めたんだろ。
今までこんなに俺に優しくしてくれて、こんなに可愛い子、出会ったことあるか?
…………うん。いない。いなかった。
そうだよ、前世が男? それが何だっていうんだ。
魂だかなんだかが、もし輪廻転生を繰り返しているのだとしたら。
俺だって女だった時はあるだろうし、あのにっくきハーレム野郎だって、もしかしたら前の人生では逆に誰かのハーレム要因の美少女だった可能性だってある。
クロエのこと、狙っちゃってもいいよな?
一回、告白断られてるけど。
でも、あの時、今までの女の子みたいに、露骨に嫌な顔をしたりだとか、そんなことはなかった。
『あの、告白してくれたのは嬉しい。けど、付き合うのは……ごめん』
『その、この話は………誰にも内緒にしてほしい話なんだけど……その、まだノエルにしか話してないから』
『私……いや…俺……実はお……とこなんだよね………』
『いや……その……正確にいうと……前世が男だったっていうか…‥』
そうだ、思い出してみても、どちらかっていうと、自分の前世が男だから、付き合うことができない。そんな言い方だった。
多分、性自認が男よりだとか、そんな感じだろう。
でも、自分が男相手は無理だとか、そういう言い方ではないよな。
つまり、俺が無理だとか、そんな言い方じゃない。
だとしたら、俺にもチャンスがあるってことだ!!
そうと決まれば、さっそく………。
◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●
うん。アルトの様子も、ちょっと落ち着いてきたみたいだ。
さっきは涙まで流してたし、相当ショックだったんだろうな………。
別に、アルト自体そんなに悪い奴じゃないのに。
いい人、見つかるといいんだけどな。
中々、そうはいかないのかなぁ…………。
どうしてだろ。
同じ勇者でも、優斗の方はモテモテでハーレムパーティ築いてるのに。
そういえば、南の勇者のユリウスさんも、イーツア王国の王族であるエスメラルダさんと婚約交わしてるらしいし。なんなら、滅茶苦茶仲が良いって噂も聞くし。
アルトはそういう相手いないのかなぁ…………。
「クロエちゃん」
ん?
「アルト? どうしたの?」
「ほら、あーん」
「!?!?!?!?!?」
え? 急にスプーン差し出してきて…………どうしたの?
あーん? これ、。素でやってるのかな………。さっき俺がハンバーグ一口あげたから、そのお返しってことかな?
うーん。アルトの顔見ても、別に照れてるとかなさそうだし、他意はなさそう、っていうか、俺が恥ずかしがる方が、おかしいよな。
よし、平常心だ。
お返しをいただくだけだ。何も恥ずかしいことはない。
「あ、あーん……」
うん。美味しい。
いいな、このオムライスの味。
あーんはちょっと、恥ずかし……いや、恥ずかしがったらダメだ。別にアルトはそんなつもりないんだから。
「…………クロエちゃんって、食べ方可愛らしいよね」
「ん“ん”!? か、可愛らしい?」
そ、そうか? 結構豪快に食べてるつもりなんだけど。
こ、これ可愛らしい食べ方なの!?
「あ、いや、別に変な意味じゃないよ? ただ、見てて飽きない食べ方してるなぁって」
ん、アルト、急に俺のこと褒めてき出して………どうしたんだろ。
なんか、恥ずかしいっていうか。いや、恥ずかしくな…‥。って、流石に誤魔化すのも難しくなってきた。
ぶっちゃけ、普通に恥ずかしい……。も、もしかして揶揄ってるとか?
「クロエちゃん? どうしたの? 顔赤いけど」
「え!? い、いや、なんでもない!」
照れすぎ照れすぎ照れすぎ!!!
別にアルトは気にしてないから!
俺が変に意識しすぎてるだけだから。動揺してはいけない…。
平常心、平常心、平常心…………。
「今までそんなに意識してなかったんだけどさ」
うん。大丈夫だ。平常心、保ててる。
「あたふたしてるクロエちゃんも、かわいいね」
うわあわあああぁっぁぁぁっぁぁぁっぁっぁぁぁっぁぁぁぁあっぁぁぁぁああああああああうあかうあかあああ!!!!!!!
アルト、クロエへの気持ち再燃。