筋肉で解決しないこともある
エタってないです(鋼の意志)
「あ………」
「どうやら、勝負あったようじゃな」
ノエルが千・ノーウの脳を破壊する少し前、クロエは、オニンニク敗れ、その場で腰を抜かしてしまっていた。
(やばい、動けない……)
「では、さらば!」
オニンニクの拳が、クロエに振り下ろされる。
ガギィンっ!
しかし、そんなオニンニクの拳は、空中で静止せざるを得なかった。
横合いから、優斗が割って入りながら、オニンニクの拳を聖剣で受け止めたのだ。
「ありがとうクロエ。おかげでもう動けるようになった。ここは俺に任せて、ゆっくり休んでいてくれ」
「流石は勇者、復活が早いの」
優斗は再び、オニンニクとの戦闘を開始する。
(う、嘘だ。うん、今かっこいいって思っちゃったのは、多分、憧れとかそういうので、別に全然、恋愛的なやつじゃなかったはず………うん、そのはず)
脳内でクロエがぶつぶつと呟いているが、優斗とオニンニクは、そんなことはお構いなしに戦闘を続ける。
だが、先程と同様、優斗とオニンニクの強さには圧倒的な差があるようだった。
「何故だ………何故、ワシの攻撃が通じん!?」
ただし、さっきと違い、今度は優斗が優勢だが。
ノエルが千・ノーウを討伐(?)したおかげで、オニンニクにかかっていた筋肉バフ(?)が消え去り、優斗がオニンニクに力で勝てるようになったのだ。
「…どうやら、アルト達がなんとかしてくれたようだな。よし、一気に決めるぞ」
「くっ、これでは到底勝てんわい………。ええい、しかたない。あの子生意気なやつから貰ったこれを使うしかあるまい」
優斗がオニンニクへの攻撃をさらに苛烈にしようとするが、それに対してオニンニクは反撃もせずに、懐から玉を取り出し……。
「ドロンっ!」
そして、そのまま煙に包まれて、消えた。
「逃げたのか………」
「さっきの玉………まさか………」
クロエはオニンニクが使った煙玉に見覚えがあるようだが………?
「とりあえず、俺は宿の方に戻って様子を見てくる。クロエは、そうだな………アルトのところにでも行ってやってくれ」
「わかった」
優斗とクロエは、それぞれ別々に行動を開始した。
◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●
「だーかーら! 俺は、洗脳されてた君達を助けようとしてあげてただけなの! 俺が何かしたとか、そんなのは全然ないから!」
「本当かなぁ? 君がボク達を洗脳して、あんなことやこんなことをしようとしてたわけじゃなくて?」
千・ノーウによる洗脳が解けた後、アルトは謂れのない罪を着せられそうになっていた。
カカエが、自分達に洗脳をかけて好き勝手しようとしていたのが、アルトなのではないかと疑ったからだ。
というのも、アルトは洗脳されていたカカエとエレナの2人と戦っていたため、2人の洗脳が解けた時、2人の目の前にはアルトの姿があったのだ。
アルト=変態、そんなイメージがついていたカカエは、結果として真っ先にアルトを疑ってしまうことになってしまった。
ちなみに、この場には既にエレナはいない。
カカエが、『もう一度洗脳されたら困るから、一度宿に戻って皆を呼んできてほしい』と、エレナに頼んだのだ。
酷い言われ様である。
「怪しいなぁ〜?」
「本当に俺、何もやってないのに…‥」
しかし、そんなアルトのことを、神は見捨てなかったらしい。
「カカエ姉さん、アルトは嘘言ってないよ。この村に魔王軍がやってきて、皆のことを洗脳してた。だから、アルトは皆を助けようとして、頑張ってくれてた」
クロエだ。
クロエは、この村で起きた戦闘について、知っている。
だから、アルトの無罪を証明することができるのだ。
「後、皆アルトのことが変態だとか、女の敵だとか、散々な言い方してるけど、アルトはそんな酷いことする奴じゃないから。だから、偏見でアルトのことを疑うのは、やめてほしい」
「クロエ………!!」
アルトは感極まって、思わず涙が出そうになる。
しかし………。
「なっ! くっ、既にクロエもアルトの洗脳の餌食に…………これはまずい、早くこの変態男を何とかしないと!」
この世界は、残酷だ…………。
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『クォラァ!!! なんじゃこの有り様はァ! わしの宿に何してくれとんじゃあ!!!!』
『え? え? え? だっておばさん、私の筋肉褒めてくれてたのに……え? どうなってるんだ………筋肉で解決できないこともあるのか?』
『何の話をしてるんだテメェはよォ!! ガキだからって何でも許されると思うなよコルァ!!!!』
『う“っ”………ひ“っ“く”…………ご“め”ん“な”さ“い”!!!!』
ドルーコ村のとある宿屋では、怒号が鳴り止まない。
宿屋を破壊したマコが、宿屋のおばちゃんに叱られているのだ。
「はわわっ! 知らないうちに大変なことになってます?」
「うーん、やっぱり洗脳解けてるんだ。私、別に何もしてないんだけどなー」
「あれ? ノエルさん? って、後ろに引き連れてるのって………」
エレナが声のする方へ顔を向けると、なんと、そこにはロープでぐるぐる巻きにされたセリカを引きずるノエルの姿が……!
というのも、ノエルとしては洗脳が解けているのかどうか、それを確認する手段など持ち合わせてはいない。そのため、念には念をということで、ノエルに敗れてその場に倒れていたセリカを、雑にロープで縛っておいたのだ。
ただ、セリカはかなり力が強いため、念を入れすぎてロープを巻き過ぎてしまった。
そのため、ノエルはそんな面倒な状態になったセリカを、とりあえず同じパーティメンバーであるエレナに押し付けようと思い至ったのだ。
「あ、エレナさんやっほー。私もこの村にちょっと用事があってさ。あーと、セリカさん、返しておくね」
「えぇ………返しておくって言われても………」
ノエルはグルグル巻きにされたセリカをエレナに引き渡す。
思ったよりたくさんのロープを巻かれているせいか、簡単には解けそうになさそうだ。
「んーと、まあ、適当に解いといて〜。じゃあねぇ〜」
早々にその場をさろうとするノエル。
そんなノエルを冷めた目で見つめるエレナ。
ガシッ
もちろん、そんなエレナがノエルのことを逃すはずもなく………。
「解くの、手伝ってくださいね? 元々、ノエルさんがやったことなんでしょう?」
「は、はひ………」
後日、ノエルが言うには、この時のエレナは聖女だとは思えないほど怖い顔をしていたらしい。
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薄暗く、灰色にくすんだ空が特徴的なここ、魔王城で、2人の男女が会話を交わしていた。
1人はドルーコ村に侵略をした四天王の男、オニンニク。
そしてもう1人は、紫色の肌を持ち、頭に大きく捻れた、まるで血で染められたかのような真っ赤な角を2つ持つ、14ほどの少女だ。
「ふーん。で、無様に逃げ帰ってきたんだ? 四天王っていうのも大したことないんだねー」
「お主もその四天王の1人じゃろて」
「んー? まあ私は合法的に人を殺すために魔族になりたかっただけであって、別に四天王だとか、そういうのどうでもいいんだよね。たまたま人間の頃に学んでた技術が、魔王に評価されたってだけだし?」
少女はどうやら、元は人間だったらしい。
魔族になった理由も、かなりトチ狂ったものとなっており、彼女の倫理観が狂っていることが窺える。
「また魔王様のことを呼び捨てに………。そういえばセツナよ。お主と同じ術を使いおる奴がおったぞ。名は確か………クロエと言ったか」
「ん。今なんて言った?」
「じゃから、お主と同じ術を使いおったやつが」
「いや、名前だよ、名前」
「名か。クロエだったと思うが………」
クロエ、その名前を聞いた途端。今までつまらなそうに、適当に会話を進めていた少女の顔が、パッと、まるで曇り空から一瞬で快晴になったかのように、明るくなる。
「ふーん。クロエちゃん、いたんだ。へぇ、勇者パーティに入ってるんだ。てっきりまだ、冒険者、続けてるもんだと思ってたけど」
「知り合いか?」
「知り合いどころか。私にとっては親友みたいなものだよ。だって、私と同じで世界一の殺し屋に認められた数少ない優秀な弟子なんだからさ」
少女は1人、ほくそ笑む。
「よし、決めた。次の作戦、私にやらせて。クロエちゃんが今どうしてるのか、気になるし」
「いいのか? 場合によっては、そのクロエと殺し合いになるやもしれんのだぞ?」
「は? 何かダメなことあるの? むしろ最高じゃん。だって、クロエちゃんと殺し合いができるんでしょ? ふふっ、楽しみになってきちゃった♪」
少女は、狂気的な笑みを浮かべる。
「待っててね、クロエちゃん、私が、じっくり、痛ぶってから、殺してあげるからね………」




