妹達が王太子殿下の婚約者の座を狙っています。わたくしは妹達の幸せを願いますわ。
フェリシア・アーレスト公爵令嬢はため息をついた。
公爵家のテラスで、自分の婚約者であるジェルド王太子殿下とにこやかに話しをしているのは、妹のマリディアだ。
フェリシアは美しさに自信のある金髪碧眼の令嬢である。歳は17歳。
そして、妹のマリディアは、丸々太っていた。顔はそばかすだらけだった。
「王太子殿下ぁ。マリディア、お会いできて嬉しいですわぁ。」
そして、品もないのだ。
フェリシアはマリディアの傍に行き、
「マリディア。何度言ったら解るのです。ジェルド王太子殿下はわたくしの婚約者なのです。親しくしてはいけませんよ。」
「でもぉ。お姉様ぁーーー。」
ぷうううっと膨れるマリディア。
マリディアは16歳。父が愛人に産ませた娘だ。
そして、もう一人、
「王太子殿下。リリアーゼでございます。ごゆっくりして行って下さいませ。」
こちらは、リリアーゼ。15歳。咲き誇る花のような美しく可愛らしい令嬢だ。
金髪碧眼。フェリシアと同様、本妻である公爵夫人の娘である。
しかし、決して出しゃばらない。挨拶だけをすると、優雅にカーテシーをし、
「さぁ、マリディアお姉様。邪魔をしてはいけませんわ。行きましょう。」
「えええ?つまんない。もっと王太子殿下と一緒にいたーい。」
ブツブツと文句を言うマリディアを宥めて連れ出してくれた。
良く出来た妹リリアーゼ。どうしようもない妹マリディア。
ジェルド王太子と共にお茶をしながら、フェリシアはため息をつく。
「本当にマリディアがご迷惑をかけて申し訳なく思っておりますわ。」
ジェルド王太子は苦笑して、
「いやいや、君も大変だね。」
この黒髪碧眼の美しき王太子殿下は、女性なら誰しも憧れて、学園でも人気があった。
文武両道。未来はジェルド王太子が国王になれば、国は安泰だと人気も高い。
アーレスト公爵家は名家で、ハレス王国の王家は、アーレスト公爵令嬢を王妃にと望んだ。
三姉妹いるうち、フェリシアが長女と言うだけで、王太子殿下の婚約者になったのだ。
これを面白く思っていなかったのが、マリディアとリリアーゼだった。
マリディアは、
「お姉様、ずるいーーー。マリディアだって王妃様になって贅沢したかったのにぃ。」
マリディアは育ちも悪く、アーレスト公爵家に引き取られたのが5年前である。
父であるアーレスト公爵が市井の女を愛人にして産ませた娘で、愛人が一人で育て11年間、マリディアは市井で育ったのだ。だから、マナーもなってはおらず、貴族が行くと言う王立学園にも通っていなかった。
通っても勉強についていけないのだ。
一方、リリアーゼは優秀だった。フェリシアも優秀だったが、負けじと優秀で、美しく、学園でアーレスト公爵令嬢姉妹の美しさは有名だったのだ。
リリアーゼは父に食ってかかった。
「わたくしだって王妃になりたいのです。お姉様が年上だからって、選ばれて、わたくしが選ばれないだなんて。ずるい。」
しかし、アーレスト公爵はリリアーゼを宥めて、
「お前もフェリシアもどちらも優秀で美しい。ジェルド王太子殿下に嫁いでも、未来の王妃としても恥ずかしくない位だ。それならば、年上のフェリシアを嫁がせるのは当然の流れだろう?フェリシアを差し置いて、お前を王太子殿下に嫁がせる。それは、フェリシアに失礼だとは思わないのか?」
リリアーゼは泣きながら、
「わたくしは王太子殿下の事を愛しております。だから…」
アーレスト公爵夫人はピシっとリリアーゼに向かって、
「諦めなさい。いいですね。リリアーゼ。お前にはお前にふさわしい婚約者を用意します。」
フェリシアはリリアーゼを抱き締めて、
「ごめんなさい。お父様とお母様が決定した事なの。いいわね。」
「ええ…お姉様。」
リリアーゼは諦めたようだった。
だから、あのような事になるなんてこの時、フェリシアは思わなかったのだ。
フェリシアだって、ジェルド王太子の事が好きだ。
男らしく頼りがいがあり、共に国の未来を語る時間はとても幸せだったのだ。
「君との婚約披露パーティは来週か…早い物だ。」
そう言うと、ジェルド王太子が、学園の昼食時に食堂で聞いて来た。
「ドレスは確認してくれただろうか?」
フェリシアは頷く。
「ええ、王家の紋章が入った金のドレス。寸法もぴったりでしたわ。後、ティアラも、確認致しました。」
「それなら良かった。あのドレスとティアラは代々、王太子の婚約者が披露される時に着用するものだからな。」
「とても大事な物だと言う事、解っておりますわ。」
「当日はしっかりと頼むよ。君なら大丈夫だと思うけれども。」
「外国の王族方もいらっしゃるとの事、大丈夫ですわ。失敗しないように致します。」
そう、この婚約披露パーティはとても大事なパーティ。失敗は出来ないのだ。
この披露パーティで国王陛下と王妃様に挨拶をして、正式な婚約者として認められる。そして学んだ数か国語を駆使して、未来の王妃であると言う事を諸外国の来客にアピールしなければならない。
フェリシアは改めて緊張した。
当日、失敗しないようにしなくては。
そして、婚約披露パーティの当日。
フェリシアは朝からソワソワして落ち着かなかった。パーティは夕刻である。
リリアーゼが部屋にやって来て、
「お姉様。紅茶でも飲んで落ち着かれたら如何です?今から緊張していては疲れてしまいますわ。」
「有難う。リリアーゼ。」
リリアーゼがメイドに命じて、メイドが紅茶を淹れてくれた。
紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせる。
猛烈な眠気が襲ってきて。フェリシアは意識を手放した。
「お姉様ぁ。お姉様ぁーーー。起きてっーーー。起きてよう。」
ゆさゆさと揺さぶられて、目を覚ませば、目の前にマリディアがいた。
「マリディア?わたくしは…」
「パーティへ行くんでしょう。寝ていていいの?」
日が傾いている。何で寝てしまったのだ?
あのメイドが淹れた紅茶を飲んだ途端、眠くなって…
両親は領地から直接会場へ行くと言っていた。
急がないと日が暮れてしまう。
ドレスに着替えないと…
メイドにドレスとティアラを取りに行くように命じた。
メイド達が困ったように、報告して来る。
「パーティにはリリアーゼ様が行くことになったと…支度をお手伝いして、先程、馬車で王宮へお出かけになりました。」
「なんですって???」
リリアーゼがジェルド王太子の婚約者として出席する。
大事な日に支度もしなかった自分を追い落として、ジェルド王太子の婚約者になろうとしているのだ。
マリディアが叫んだ。
「お姉様ぁ。急ぎましょう。」
「でも、ドレスやティアラが…リリアーゼが着て行ってしまったわ。」
「それでも。お姉様が婚約者である事には変わりないでしょう。ドレスとティアラが王太子殿下の婚約者なの?」
「それはそうだけれども…」
白のドレスを急いで着付けて、フェリシアは馬車に乗り込んだ。マリディアが、
「私も行くう。」
馬車に乗り込んできた。
馬車は急ぎ王宮へ向かう。もうすぐ婚約者披露パーティが始まってしまうのだ。
会場に着いた頃には、もう始まるであろう時刻になっていて、
フェリシアはマリディアと共に、会場へ飛び込めば、
リリアーゼが王家の金のドレスにティアラを着けて、ジェルド王太子に手を取られて、
まさに会場へ入ろうとしていた。
「王太子殿下っ。」
「フェリシア。君は婚約者になるのが嫌で、来なかったのではないのか?」
両親も、慌てたように、
「お前が怖気づいたから、仕方なくリリアーゼが来たと聞いたぞ。」
「ええ。わたくしもそう聞きましたわ。」
フェリシアはジェルド王太子に、
「紅茶に眠り薬を入れられて、眠り込んでしまったのです。リリアーゼ。貴方、どういうつもり?」
「わたくしが王妃になるの。わたくしが王太子殿下と結婚するの。ずるいわ。お姉様がちょっと年上だからって。わたくしがわたくしが…」
すると、マリディアがリリアーゼの頬をバチンと平手でぶん殴った。
吹っ飛ぶリリアーゼ。慌ててフェリシアと公爵夫人がリリアーゼの傍に駆け寄る。
そして、マリディアが叫ぶ。
「ずるーい。同じ父親から生まれてお姉様やリリアーゼは王立学園に行って、素敵な王太子殿下と結婚出来て、リリアーゼだってこんな美人で勉強も出来て、素敵な婚約者だって紹介して貰えるでしょーに。私は愛人の子だからって、うわーーーん。ろくな相手と結婚出来ないんだわぁ。デブだし。可愛くもないしっ。」
ブチっと着ていたドレスの後ろのボタンが弾けとんだ。
自分でしたであろう下手な化粧が涙で落ちて顔がべしょべしょになった。
フェリシアは二人の妹達を引き寄せ、抱き締めて。
「ごめんなさい。わたくし、姉なのに貴方達の事を何も考えていなかったわ。でもね。
リリアーゼ。マリディア。わたくしは王妃になりたいの。ジェルド王太子殿下の傍にいたいの。これだけは譲れないわ。でも、貴方達の幸せを、お父様お母様と共に一緒に考えていきたい。そうしたいわ。」
リリアーゼは涙して、
「ごめんなさい。お姉様。ごめんなさい。」
マリディアもワンワン泣いて、
「うわーーーーん。フェリシアお姉様。有難うーーーーー。」
ジェルド王太子がフェリシアの肩に手を置いて、
「君が私を見捨てたのではないと解ってよかった。父も母も外国の王族も出席する大事な披露パーティ。君が来なかったらリリアーゼを紹介せざる得ない。嫌でも婚約者の変更せねばならない所だったよ。開始を待って貰おう。急いで着替えて欲しい。」
「ええ。解りましたわ。」
リリアーゼにドレスを脱いで貰い、改めて王家の金のドレスに着替えて、頭にティアラを着ける。
ジェルド王太子にエスコートされて、会場へ入れば、拍手で迎えられた。
国王陛下から声をかけられる。
「そなたが、ジェルド王太子の婚約者、アーレスト公爵令嬢か。」
「フェリシアでございます。」
王妃も扇を手に、にこやかに微笑んで、
「フェリシア。貴方の事は息子から聞いております。優秀だとか。わたくしは嬉しく思いますよ。」
「有難うございます。」
優雅にカーテシーをする。
外国の王族達が口々に祝いの言葉を述べて来る。
ジェルド王太子と共ににこやかにフェリシアは礼を述べ、色々な国の言葉を駆使して、会話に花を咲かせた。
婚約者披露パーティは無事に終わった。
アーレスト公爵夫妻とフェリシアは、相談をし、リリアーゼに婿を取る事になった。
ガレット公爵家のテッドの名が上がる。
彼は次男で、家柄的にも問題はない。
両家で話し合った末、王宮の夜会で二人の顔合わせをさせようと言う事になった。
リリアーゼはフェリシアに、
「テッドなら、学園でお見掛けした事が…でも…」
フェリシアは顔を曇らせるリリアーゼに、
「人柄も良いと聞いているわ。気乗りしないのかしら。」
「いえ、会ってみます。お姉様。」
思いっきり着飾ったリリアーゼに付き添って、フェリシアは夜会に出席する。
マリディアが、
「私もいきたーい。」
そう言ってくっついて来た。パツパツのピンクのドレスを着て、会場でのご馳走に走り寄り、ガツガツと食べ始める。
フェリシアが慌てて、
「アーレスト公爵家の娘なのよ。もっと品を良くしなさい。」
「でもぉ、美味しくて。」
そこへ黒髪の一人の男性が声をかけて来た。
「よい食いっぷりだなぁ。どこの家のお嬢さんだ?」
「あたしぃ?アーレスト公爵家の娘よう。マリディア。」
「マリディア…ひょっとして、お前、市井で育ったのか?」
「そうよう。5年前まで市井にいたの。」
「俺も俺も。7年前まで市井にいたんだーー。あ、俺の名はテッドね。テッド・ガレストって言うのーー。」
あれがテッド???品も何もない青年だ。フェリシアとリリアーゼが唖然とその様子を見ていると、声をかけてきた人物がいた。
「フェリシア。」
「ジェルド王太子殿下。」
一人の青年を伴っている。黒髪碧眼の美男で、王太子に面差しが似ていた。
ジェルド王太子は紹介してきた。
「外国へ留学していた第二王子のフェデリックだ。」
「フェデリックです。さすが兄上の婚約者。お美しい。」
そして、リリアーゼを見て、頬を赤くして。
「貴方のお名前は?」
「リリアーゼ・アーレストですわ。」
「お美しいと評判の…婚約者は?」
「それがその…」
フェリシアはにこやかに微笑んで、
「おりません。ですから、リリアーゼ。フェデリック殿下とお庭を散歩してらっしゃい。」
そう言って、二人の背を押して、庭へ行かせた。
- それこそ婚約者を変更しても良いのではなくて? ―
テッドとマリディアは仲良さそうに、話をしている。
第二王子に婿に入って貰って、そうなるとガレット公爵家が文句を言うかしら。
でも、あのテッドと言う青年にアーレスト公爵家を保つ事は無理ね。ここは強引にお父様に交渉して貰わなくては…
結局、婚約者の変更は上手く行き、リリアーゼは第二王子フェデリックの婚約者となり、後に結婚し、フェデリックはアーレスト公爵家に婿に入った。
優秀なフェデリックの手腕で公爵領は発展し、リリアーゼとの間に四人の男子に恵まれて幸せに暮らした。
ガレット公爵家はごねたが、テッドが家を飛び出してしまい、マリディアを連れて駆け落ちをし、彼らは貴族社会は嫌だとさっさと市井に降りてしまった。
居場所をフェリシアだけに教えて来て、沢山の子に恵まれ幸せに暮らしていると、時折手紙をマリディアはよこしてくる。
フェリシアは安堵した。
フェリシア自身も、ジェルド王太子と結婚をし、王太子妃になり、後に優秀な王妃としてハレス王国に名を残すことになる。
三人の王子に恵まれて、ジェルド国王に愛され幸せに暮らした。
妹達とは会えなくても手紙でやりとりし、生涯仲が良かったとフェリシア王妃の日記に残されている。