本当の鬼はだれなのか?
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。ある日、おじいさんは山へ芝刈りへ、おばあさんは川で洗濯をしていました。すると、川上のほうから大きな桃が流れてきました。それをおばあさんは家へ持ち帰り、おじいさんと一緒に食べようとします。しかし、静かにしているとどこからか泣き声が聞こえてきます。そっと桃を切ってみると、中から男の赤ん坊が出てきました。彼らは子宝に恵まれなかったため、その男の子に桃太郎と名付け、大事に大事に育てました。
桃太郎は子供のころ、鬼とよばれる民族がいることを知りました。屈強な鬼は、人を殺すのが好きな野蛮な集団だと教えられました。桃太郎は、そんな鬼のことが許せませんでした。いつか退治してやろうと思いました。
成人し武士になった桃太郎は、鬼の征伐を命じられました。3名の優れた武士と、大勢の配下を従えていざ戦場に行ってみると……。そこには、平和でのどかな集落がありました。桃太郎は、鬼を探しても探しても見つけることができませんでした。鬼の調査のために1年以上、その集落で過ごしているうちに、桃太郎は雪という気になる女ができ、結婚しました。雪から、ある時こんな話を聞かされます。
「私たちには、あなたたちには話せない秘密がある。でも、いつか話す時が来るから、その時まで待っていてください。」と。
雪が初めての子供を身ごもったある春の日。雪は、自分たちが別の民族からは鬼と呼ばれていることを明かしました。しかし、自分たちは何も悪いことをしたことはなく、平和に過ごしているだけなのだ、と。
桃太郎は、ためらいました。鬼は殺人集団だと聞かされていました。人の皮をかぶった化け物だと。桃太郎は鬼に加担した者がどうなったのかを知っています。一族ともどもはりつけになり、串刺しになることも。もはや、自分ひとりの問題ではないのです。育ててくれたおばあさん、おじいさん。自分を信じてついてきてくれた武士の部下たち。彼らはいったいどうなるのでしょうか。
迷ったすえ、桃太郎は雪を殺しました。鬼と呼ばれていた優しい民族を、皆殺しにしました。血の涙をながしながら。
桃太郎は国から、立派な役職を与えられました。今日はその役職をもらうための式。顔も見せずに話す天皇は、私を側によせて、おっしゃいました。
「よくやった。あのような野蛮なものが日本にいると名が廃れてしまう。これからも、朕のために働くのじゃ。」
その時、桃太郎の中の何かが切れました。
「あなたは、彼らを見たことがあるのですか。彼らほど平和を尊んでいた種族を私は知りません。理解できないものを迫害する。あなたこそ……。」
桃太郎は、京都の山奥へ追いやられました。もらうはずの役職も失いました。でも、彼はみんなに優しく、人々から尊ばれる存在となりました。その姿を、天皇は気に入りませんでした。
(自分に口答えしたやからが、なぜ褒められる。あのような輩など、死んでしまえばいいのに。)
そして、妙案を思い浮かべました。天皇は、民衆に貼り紙をくばりました。あの山の奥に巣食う人物は、鬼である、と。すぐに、討伐隊が派遣されました。でも、どこを探しても鬼が見つかりません。優しい平和な集落があるだけでした。路頭にまよっている彼らに、この集落の村長である高齢の男が会いに来ました。
「おぬしら。桃太郎は知っとるかい。」
「はあ。鬼を殲滅したとされる部隊の隊長でしょう。」
複雑そうな顔で、彼は言いました。
「わしが鬼じゃよ。」
彼は、民衆の前でさらし首にされることとなりました。大罪人だから、仕方ない。どうもそう思えない隊員たちは、彼の最後を見届けることにしました。
処刑が近づく中、彼は大勢にこう問いかけました。
「わしは、鬼だ。罪もない一般人もたくさん殺した。でも、これだけは覚えておいてほしい。鬼は決して卑怯な手は使わないし、人の心だってあるんだ。そして、誰よりも平和を尊んでいることを。」
彼の首が落ちました。民衆はその言葉が、どうしても鬼の言葉だとは思えませんでした。ほんのりと、桃の甘い香りがただよいました。