8
王都に来たことがないわけではない。
田舎貴族といえど貴族は貴族。先日のデビューの際も王都のパーティーでデビューを果たしたし、それ以前にもサンと次兄のレンを訪ねて遊びに来たこともある。
…そんなに頻繁に来ることもないけれど、初めての王都でもないのだ。
だから、伯爵がどこに連れていってくれるのか、楽しみではあった。
穴場スポットとか、隠れ家的なカフェとか…乙女が好みそうなお洒落で素敵な場所を期待していたのだ。
…が。
「…えぇと…ここは…」
もしかして、もしかしなくても、レーニン伯爵邸ではないだろうか。
…いや、レーニン伯爵邸だ。
ついこの間来たばっかりの。
この伯爵邸で私はデビューし、そして真横のモーガン伯爵に求婚され、この目の前の邸宅の一室でベッドを借りた。うん、覚えてる覚えてる。
あの時のベッドはふかふかだった~!
「そうです。レーニン伯爵邸で、ヘーゼルとリリースが貴女を待っているんだ」
待て待て待て。
そうです、じゃない!
何言ってるんだ、この金髪碧眼野郎!
しかも何かサラッと怖いこと言った!
………『ヘーゼルとリリースが待っている』……?
「………その、ヘーゼルと言うのは、レーニン伯爵子息様のことでしょうか……?」
そしてリリースというのは、貴女の婚約者候補の筆頭の、リリース・マグダリアン様のことでは…?
「そうです。ヘーゼル・レーニン伯爵子息と、リリース・マグダリアン伯爵令嬢です。…さぁ、二人とも待っていますから急ぎましょう」
モーガン伯爵様は私の背中をそっと押す。
まーじーかー。
ちょっと遠慮したい顔ぶれなんですけど…。
けれど、背中を押されては前に進む以外ない。
回れ右して帰れる程、私の階級は高くないのだ。
渋々歩き出した私は、その数分後、早々に後悔することになった。