7
家の玄関の前に豪華な馬車が留まっている。
田舎では見かけない、華美で優雅なその馬車からモーガン伯爵様は降りてきた。
『また連絡する』との宣言通り、モーガン伯爵様は私が家に帰ってきて早々に使いを寄越した。
曰く、『明後日、王都観光を予定しているので、午後1時に迎えに行く。日帰りは難しいだろうから、我が家に暫く滞在してくれて構わない』byモーガン伯爵。とのことだそう。
私が使者とその内容について知った時には、既にその使者が返事をもらって帰った後だった。
父によってもたらされた返事は勿論、『yes、OK』一択だった。
そう、父は大喜びで私に言ったのだ。
「モーガン伯爵に求婚されるなんてでかした!デートなんてまだるっこしいことはさっさとやめて、早く結婚しなさい」
はいきたー。
やっぱり権力に弱いなー。
父は子供達の想像通り、早くこの縁談を纏めたいらしい。
確かに良縁ではあるから、父の行動もわからなくはない。
が、やはり待ったをかけたのはサンだった。
因みにこの時サンは貯まっていた有給を消化しつつ、実家にて私の監視に努めていた。
「父さん!冗談じゃない!可愛い可愛いエマの縁談をそんな簡単に決めないでくれ!」
「可愛いからこそ、この良縁を纏めたいんじゃないか!お前もいい加減シスコンを止めたらどうなんだ」
「シスコンで結構。エマはこんなに可愛いんだよ!?できるならずっと手元において愛でていたいくらいだ」
ガシッとサンは言いながら私を抱き締めた。
重い。色んな意味で重い。
「…サン、ちょっと落ち着いて。お父さん、今回はもうしょうがないけど、今後は勝手に返事しないで」
ジロリと父を睨むと、父は子供のように唇を尖らせた。
「そうは言ってもいい話じゃないか」
「いい話になるかどうかは私が決めることでしょ。…勝手に話を進めないで。次そんなことしたら、家出してやる」
私の半分くらい本気の入った脅しに、父は暫くぶつぶつと文句を言いながらも、一つため息をつくと不承不承頷いた。
そして、現在に至る。
馬車から降りたモーガン伯爵様は父ににっこりと微笑んだ。
「アンデルセン子爵。この度は、子爵のお嬢様とのお出かけをお許し頂きありがとうございます。事前にお伝えした通り暫くお嬢様は我が家でお預かり致します」
「こちらこそ宜しくお願い致します、モーガン伯爵」
年齢でいったら親子ほどの年の違いがあるが、立場上父の方が頭を下げた。
モーガン伯爵様は即座にそんなことはする必要がない、と父に頭を上げさせ、キョロキョロと辺りを見回した。
「…今日はサン殿はいらっしゃらないのですか?」
どことなく警戒する様子で伯爵は首を傾げた。
「兄は一足先に王都へ向かいました」
私の言葉にモーガン伯爵様は『あぁ…』と残念そうな安堵したようなため息を漏らした。
サンは今朝、王都へと帰っていった。
王宮勤めの役人がそうそう長い間休みは取れなかったらしい。
しかも急に無理矢理休みにしたせいで昨夕の王宮からの使者に引きずられるように朝早くに出て行った。
来るときも急なら帰る時も急な兄は私に『くれぐれも気をつけるんだよ。男は皆、狼なんだ。あぁ、せめて一緒に王都に行けたら良かったのに…。仕方ないけど。とにかく危なくなったら大声で叫ぶようにね』と言い残して去っていった。
サンの『まだ家にいる』と必死の形相で駄々をこねた様子を思い出して、あの様子では王都でも顔を見に来るに違いないと確信に満ちた思いがする。
ふぅ、とため息をつくと、モーガン伯爵様がにこりと微笑んだ。
「…どうかされましたか?」
…笑顔が眩しい。
やっぱり美形は違う。思わず彼の顔を食い入るように見つめると彼は照れたように頬をかいた。
「そんなに見つめられると困りますね。…早速馬車でお話を伺いたいところです」
そういってスマートに差し出された手に私も手を重ねた。
「…王都観光、楽しみにしておりました。どうぞ宜しくお願い致します」