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帰りの馬車の中は氷点下だった。
サンは馬車に乗って早々に私に説明を求めてきた。
まぁ、そうなるとは思ってた。
問題は私の横の空気を読まない3番目の兄である。
これはダンといって今年20歳。
本来私はダンのエスコートで社交界に行き、恙無く社交界を終えて、来た時同様、ダンと二人で家に戻る予定だった。
それなのに、あの意味わからん求婚によって、仕事で来ない筈だった長兄がしゃしゃり出てきたわけだ。
…サンにしてみれば、エスコートを任せたダンは他所の令嬢といちゃこらして私の騎士とは言い切れず、私は私で何故か頭を打ってレーニン伯爵邸のベッドで寝ているというのだから、寝耳に水というものだろう。
しかもモーガン伯爵様からは求婚もされている。
…説明を求めたくなる気持ちもわかる。
が、ダンはそんなものは知ったこっちゃない、とでも言いたげに深々とため息をついた。
「…ため息つきたいのはこっちの方だ。大体何故エスコート役が会場そっちのけで、バルコニーにいるんだ」
「そりゃー、他のご令嬢といたからでしょ。…大体、社交の場なんだからエマだっていい男の一人や二人見繕って…」
ダンの言葉は最後まで続かない。
サンの大声に掻き消されたからだ。
「冗談じゃない!お前がそんなだから、悪い虫がついたじゃないか!」
サンの大声にダンと一緒に顔をしかめる。
しかしダンは即座に切り返した。
「悪い虫って…。普通に考えたら超良縁じゃん」
そうなのだ。
私のような田舎貴族のしかも子爵令嬢が、王都の宮廷魔術師でもある伯爵と結婚なんて、夢のような話だ。
シンデレラレベルで。
端から見れば玉の輿、シンデレラストーリーだ。
「親父が聞いたら小躍りどころか、大踊りで話を進めるに決まってる」
「そんなことさせるか!」
ギッとサンはダンを睨む。
けれど、実際そうなるだろうとは私でも思う。
父は権力に弱い。
恐ろしい、怖いといった『弱い』ではなく、大好物の『弱い』なのだ。
なんていったって元々貴族ではないのに、一代で儲けたお金で貴族の母と結婚し、婿養子にまでなった男なのだ。
成金が貴族の娘と結婚して貴族になる。
そういう家は田舎では珍しくない。
でも都会では成金貴族と揶揄されるのだ。
…まぁ揶揄されたところで父は落ち込むこともなく、むしろ喜んでいるようにさえ見える。
そんな父が、私の求婚相手を聞いて喜ばない筈がない。
話が立ち消えない内に進めようとするのはわかりきっている。
…どうしても嫌なら母に頼もう。
父は母には頭が上がらないし、母のことを婿養子に入ってでも手に入れたかったくらい愛しているのだ。
三人の息子と一人娘にお願いされても自分が納得しなければ意見を変えない父だが、母の言葉には滅法弱い。
我が家の一番の権力者、母のことを思い浮かべていると、サンが急にこちらを向いた。
「エマ!…まさか結婚するつもりじゃないだろうな!?」
「……今のところはないけれど…」
この先どうなるかはわからない。
私はよく知らない人と結婚する気はないけれど、今後モーガン伯爵様と深い知り合いになって、気持ちが動いたら結婚もアリだ。
だってモーガン伯爵様は見た目はめっちゃ好みなんだから。