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 暗い取調室には騎士団でも上の立場であろう男と大嫌いな見知った顔がある。

 両親の産まれ故郷であるこの国に、こんな形で入国するとは思っていなかった。

 

 「モネ・クラウド。あなたの罪状はエマ・アンデルセン子爵令嬢の誘拐監禁示唆、それにアーモンド伯爵への詐欺罪となるが、何か言いたいことは?」


 言いたいことはあるが、それを言って何になるのか。

 別に罪状に間違いがあるわけでもない。

 しいて言うなら誘拐した令嬢の名前は知らなかったことくらい。

 令嬢には可哀想なことをしたかもしれないが、こんな男と関わり合いになるから悪いのだ。

 目の前の伯父に当たる青年は無表情のままだ。人形めいたその表情が崩れるところが見たくなって口を開く。


 「…お前と関わり合いになったからあの令嬢は誘拐されたんだよ。お前と関わると皆、ろくなことにならないな」


 机に乗り出し、カイトに近づこうとする。

 けれども体は椅子にくくりつけられているため、思った以上には近付けなかった。


 「誘拐犯に言われても説得力がないな」


 騎士団の男はため息をつく。煩い男だ。

 そんなことはわかっている。

 誘拐に関わった時点で、非は自分とバットにある。そんなことは百も承知だ。

 でも言わずにはいられない。

 

 産まれた時には母はなく、隣国で父以外頼る身内もいない子供が、どんな惨めな生活を送ったか。

 欲しいもの一つ買えず、その日生きる為の食事を得ることも大変な生活だった。

 下級貴族だった父は下町の生活、日銭仕事には向かなかった。優しい父ではあったけれど、駆け落ちしたことを後悔している様子でもあった。

 そんな中、怪我をした父を見舞いにカイトはやってきた。

 立派な身なり、裕福な家庭環境。

 母と半分血の繋がっている男。必然自分とも多少なりとも血の繋がりのある男。

 ずるい、と思った。

 どうして自分だけが、こんな苦労をしなくてはいけないのだろう。

 この男が受けとった恩恵を、同じ血が入っている自分はどうして手に入れられないのか。

 羨ましい気持ちは直ぐに猛烈な憎しみに変わった。

 『…良ければ、お受け取り下さい』

 彼の持ってきた見舞い金、新しい職業紹介書。

 哀れまれている。

 そう感じた。

 胸の内に惨めさと悔しさが激しく渦巻いた。

 自分のこの状況はこの男のせいではないことは頭では理解できた。

 それでも、わざわざ会いに来て欲しくなんかなかった。

 それが純粋な親切であったとしても。

 『…煩い!お前だって原因の一部のくせに!恩着せがましくこんなもの持ってきて!帰れ!』

 今でもあの時のカイトの顔が時々蘇ってくる。

 罵倒されるなんて思ってもいなかったのだろう。驚き、申し訳なさそうに、こっちを見ていた。その瞳に、やっぱりこちらを憐れむ色が見えた気がした。


 それから暫くしてあの豚伯爵と会った。でっぷりと肥えて、傲慢な男だった。

 沢山抱えている仕事の一つに、露店で似顔絵を売るものがあった。

 そこに豚伯爵はやってきた。名前は聞いた気がするが、覚えたことはない。

 豚伯爵は、有名な絵画の贋作を本物として売ることを思いついたらしい。その仕事、つまり贋作詐欺を手伝う気があれば、養女として生活の保証もするし、給金も出す、そう言った。

 正直怪しかったし、不安も感じたけれど、その時はもう何もかもに疲れていてどうでもよかった。

 とにかく三食食べれて暖かい布団で眠れたら、それでいいと思った。

 そんな風に伯爵の養女となり、暫くしてバットに出会った。


 バットは魔力有無で人を選別する嫌味な男だった。

 けれど同時にバットは美しいものを愛する心も持っていた。

 特に人の手の入ったものが好きだった。

 美しい景色より、それを描いた絵画を。

 野鳥の歌声より、作曲された音楽を。

 美しい顏の少女より、想像の女神像を。

 

 そんなバットは贋作を見て『いいな』と言った。

 その言葉を皮切りに話すことが増えた。

 その中で同じ人物を知っていることがわかったのは、いつだったろうか。

 何の弾みかカイトへの憎しみが共有できた。

 それはきっと、バットも同じだったからだ。

 姓無しという恵まれない環境とはちがう伯爵という地位、魔力も腕力も敵わない兄弟子。その羨望はいつしか憎しみに変わる。

 きっとカイトはバットにも優しくしたのだろう。それが贖罪によるものか、生来の優しさかはわからないけれど。

 

 その親切心は貧しい人の心を折る。

 けれどカイトのような人々は、きっとそれがわからない。

 だから自分はただ沈黙する。

 理由など、説明するだけ無駄なのだから。

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