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「私、カイト様と結婚することにした」
我が家で両親、それに三人の兄までが揃い、カイト様と私を穴が空くほど見つめている。
それはそうだろう。
ついこの間婚約予定を破棄するとか言っていたくせに、今日、私はカイト様と結婚すると宣ったのだ。
そもそも今日はカイト様が事件について詫びを入れたい、という申し出によって家族全員が集まったのだ。父を始め、我が家では格上の伯爵様が別にそこまでしなくても、という雰囲気も若干漂ったものの、『断るのもなんだし、せっかくだから』というレンの言葉によりお茶でもどうぞ、となったわけである。それなのに、開始早々に私の発言。我ながら空気読めてない!
でも今言わないと絶対タイミング逃すと思ったんだよー!
そして、突然の結婚宣言に、父は固まり、長男サンは凍りつき、次男レンは口に入っていたケーキを詰まらせ、三男ダンはまだ熱い紅茶を足に溢した。
母はじろりとカイト様を睨み、ごくりと音を立てて紅茶を飲むと、そのままの顔で私を見つめた。
いや、確かに急だけども。
宣言からたっぷり3秒後、今までの歓迎ムードとは裏腹に我が家の男達が口を開いた。
「…は、反対だ!なんでそうなった!?」
「そうだ!あんなに結婚を渋ってただろう!?」
「王都で何があったんだよ?お前、この御仁に関わったせいで誘拐までされたんだろ?」
「そうだよ。何絆されてるの?」
上から、サン、父、レン、ダンの言葉だ。
口々に言われて喧しいことこの上ないが、心配されていることは伝わる。
有難いことではあるけれど。
「もう決めた。そもそも皆賛成だったでしょう」
「いや、サンは賛成してなかったじゃん」
レーニン伯爵邸からの帰りの馬車で同乗していたダンがサンを指差す。
「サンはその後カフェで賛成したもん。お父さんは最初から結婚したらいいって言ってたし、ダンだってこれは良縁だって言ったじゃない」
私の指摘に三人はうっ、と顔をしかめる。
そこにレンが口を挟んだ。
「俺はエマが納得してんならいいけどさ。…でもモーガン伯爵。貴殿にエマを守っていけるのか?」
レンは私からカイト様へと視線を移す。
その目に鋭い敵意と警戒心が宿る。
騎士団に勤めているだけあって威圧感が凄いのだが、カイト様は臆することなくその視線を受け止めた。
私ならあの目で睨まれたらビビるけど、流石、王宮魔術師!
負けてないぜ!
「今度こそ絶対に守ります。…俺をすぐに信用できないこともわかります。それでも俺はエマの手を離すことはできません」
カイト様は繋いでいた手に力を込める。
あの情けない姿からは想像もできない力強い言葉だ。
そう、あの後。
カイト様は漸く部屋から出てきた。
久方ぶりの主人に使用人は安堵の息をつき、ハケンさんに至っては感涙ものだった。
因みにその後からハケンさんの私への態度は招かれた客人から屋敷の女主人へ対するものへと変わった。
そしてカイト様はヘーゼル様とリリース様に謝罪した。リリース様は私達が結婚する意思を固めたと報告した後、カイト様を軽蔑したように見つめて言った。
『お前、現金過ぎるだろ』と。
確かに客観的にみると、結婚が決まって嬉しくて部屋から出てきたとも見える。
どっちかっていうと、迫ったのは私だけど。
まあ、それは置いといて。
唐突に、紅茶を飲みきった母が口を開いた。
「…モーガン伯爵。娘は一度決めたら意思を曲げません。反対するだけ無駄でしょう。…ただし、結婚は事件の犯人が捕まってからにしていただきましょう」
そうきたか!
いや、確かにそう簡単に納得はしないと思ってたけども!
「レン。騎士団でも事件については調べているわよね?モーガン伯爵にも是非協力していただきなさい。…ご自身の結婚の為ですもの、宜しいですね、モーガン伯爵?」
にっこりと母は笑う。
カイト様は母に負けず劣らず綺麗な笑顔を浮かべた。
「勿論です。騎士団と協力して早晩解決できるよう、努力致します」
おほほ、ははは、と傍目には和やかな会話の後、母は父に視線を向けた。
「あなた、宜しいわよね?」
「……わ、わかった」
母に弱い父は、母の圧にはやっぱり勝てないらしい。まさしくタジタジといった様子で父は気まずそうに紅茶を飲み干したのだった。
その日から一週間後の今日。
カイト様と騎士団の尽力により、実行犯バット、首謀者モネが国内にて捕まった。




