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3

桃色の髪の美しい彼女の瞳に今、俺が映っている。

エマ・アンデルセン嬢は戸惑った表情のまま俺を見つめている。


ああ、可愛い…!

白い肌にこぼれ落ちそうな大きな瞳。社交界にデビューする前から美少女だと噂になっていたのも頷ける。

でもその見た目の美しさだけで求婚を申し込んだわけではなく。

彼女の最大の魅力はその芯の強さと優しさだ。

彼女の顔を眺めていると、初めて出会った時の事を思い出していた。






その日、避暑に訪れた田舎町で俺はエマを見つけた。

エマは小さな子供を背に庇い、店先の男と対峙しているところだった。


「…この国に姓のない者はいません」


大の男を相手に凛とした声が響く。


「そうは言われましても…この小僧が持ってきた金だって、どこからか盗んできたものに違いないですよ?」


「俺は盗んでない!働いた金だ!」


男の言葉にエマに庇われた少年が噛みつくように吼えた。




この国には姓のない者がいた。

平民よりもさらに下の階層だった彼らは貧民であり、差別の対象だった。

その生活は普通にしていても差別される厳しいものだ。

数年前に制度上、国民には全員姓がつくように法改正された。

けれど、未だに彼らへの差別意識は変わっていない。


恐らく少年は元姓無しだろう。

みすぼらしい服装からしても、店主の態度からしても、それは明らかだった。


その少年を庇う彼女は一つため息をついて店主を睨み付けた。


「この子に売るつもりがないのですか?お客を選り好みできる程裕福ならば、私がここで買い物をしなくても構いませんね?」


その時のエマは美しかった。

凛と上げた顔、よく通る声、何より物怖じしない態度が道行く人々と、俺の視線を釘付けにした。


貴族とわかる上等の衣服を着ていながら、その心は平民に寄り添える。

差別をしない、その心に胸が熱くなった。


「…いや、そんな……売らないなんてことでは…」


店主はたじたじになった舌で困ったように少年とエマを見比べる。


「この子が貴方に何かしたのですか?…きちんとお金を持ってきて商品を購入しようとしている、その事のどこに、おかしいところがあるのですか?」


「……ありません」


項垂れた店主はいそいそと少年に包みを手渡す。

それをエマは静かに見つめていた。






そんなエマを俺は探した。

本当はあの時に話しかけるつもりだったのだが、間が悪く俺は執事に見つかってしまった。

お忍びで隠れて出てきたから、その時エマに話しかけるより前に連れ戻されてしまったが、その姿は目に焼き付いて離れなくなった。


幸い、エマの素性は田舎だけあってすぐに知れた。

それが、社交界デビュー前の少女とあって少々がっかりもした。

何故ならデビュー前の乙女はなかなか外に出てこないのだ。

デビューした時には既に婚約している娘も珍しくない。


…婚約など、されては困る。


あの美しく、強く優しい娘を他の男に取られては堪らない。

俺は自分のできる限りの手を尽くし、彼女の縁談を悉く破談させてきた。

友人のレーニン伯爵子息、ヘーゼルには『ストーカー、自己中、愛が重い』等、散々な言われようだった。

本当に失礼な友人だと思う。

けれど、そのかいあって、今日彼女にプロポーズできた。




彼女はレーニン伯爵邸の客室ベッドの上で俺を見上げた。

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