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 触れた唇は想像より冷たかった。

 驚いた表情が可愛らしくてつい額にまでキスしてしまった。

 嫌がる様子はなくて良かったけれど、カイト様はピタリと固まってしまっている。

 

 「…私のことを思って情けなくなるカイト様が可愛く思えるくらいに、カイト様のことが好き。謝ってほしくてここまで来た訳じゃないんです。今後のことを話し合いたくて来たんですよ」


 苦笑しながら言えば、まじまじと見つめ返された。

 

 「それに、私、やっぱりあの事件はカイト様のせいじゃないと思うんです」


 「…え?」


 「因縁のある相手ですけど、カイト様だけが悪いわけではないでしょう?助けになれなかったことを悪事とは言いません。…何もかも自分のせいだと責めなくていいんですよ」


 義姉のモモが亡くなったことも、カイト様が伯爵邸で彼女を庇えなかったことも、突き詰めればカイト様のせいではない。

 それはカイト様の両親とモモの母親に責任があるのであって、子供に責任はない筈だ。

 モモを庇えなかったことは仕方ないと割りきるものでもないだろうが、必要以上に責める必要もないと思う。


 「…でも俺と関わらなければ、エマはあんな思いしなくて良かった」


 「では、カイト様は誰とも関わらず生きていけるとでもいうつもりですか?」


 生きることは常に誰かと関わることだ。

 無人島で生きているのなら違うだろうが、非現実的すぎる。

 

 「狙いがカイト様だから、私が狙われた。でも私がいなかったら別の誰かが狙われた筈です」


 リリース様かもしれないし、アンナや他のメイド、もっと別の誰かかもしれない。


 「…誰とも関わることなく生きることは不可能に近いです。カイト様は他の誰かが巻き込まれてもきっと後悔するでしょうけど、関わる人間全てを危険から遠ざけることは難しいでしょう?」


 どんなに力のある人間だってそんなこと不可能な筈だ。


 「だから、カイト様は誰とも関わらずにいることを選ぶのではなくて、そういう時は助けにいけばいいんです。今回の私を助けに来てくれたみたいに」


 助けに来てくれた時、カイト様がスーパーヒーローに見えた。

 

 「あの時、助けに来てくれてありがとうございました」

 

 にこりと笑うとカイト様は狐につままれたような顔をしたまま、私を見つめた。

 やがてカイト様から小さな呟きが漏れる。


 「怒って罵っていいんだよ?」


 「私が怒るべき相手は犯人達だけです。それ以外の相手に怒るのは、八つ当たりというんです」


 正直、モネなる少女のしていることは八つ当たりとしか思えない。

 彼女はどうしてこんなことをしているのか。

 親の敵討ちのつもりなのか、それとも他に理由があるのか。

 

 「…その、モネさんはどうしてカイト様を嫌っているのでしょう?」


 正確には嫌いかどうか、本人に聞かなければわからないけれど。好んでいないことは確かだろう。


 「…モネは母親をすぐに亡くしているし、父親はその後事故で足を怪我して、満足には働けないんだ。それで、援助を申し出たんだけど、それが気に入らなかったみたいだね。原因のくせに、恩着せがましくするなって言われたよ」


 「清々しい程の八つ当たりですね」


 「……そうだよね。そう言われて今まで自分が悪いと思ってたけど、エマの言う通りだ」


 そこで納得できるってどんだけ素直なの?

 おかしいと思わなかったんだろうか?

 私の顔を見てカイト様は苦笑した。

 そんなに顔に出てるか?


 「馬鹿だよね」


 自嘲するような言葉にはどこかほっとした気配が宿る。


 「モネのしていることもバットのしていることも、許されることじゃない。…ちゃんと話さないと」


 「……バット…?」


 誰だ、それは?

 問いかけるようにカイト様を見ると、カイト様はしまった、とでも言いたげな顔をした。


 「バットは…恐らくエマが対峙した犯人だと思う。特徴がそっくりだから」


 「なぜ名前を?…お知り合いですか?」


 「そう…その、俺の兄弟弟子なんだ。同じ魔女に師事していた元姓無しの子でね。…あの子にも、もっとしてあげられることがあったかもしれない」


 後悔の色の滲む声が聞こえる。

 またしょぼんとカイト様は肩を落としてしまう。


 「そうやって、すぐ自分だけの責任みたいな顔して…駄目ですよ。カイト様だけの責任じゃないですからね」


 全くもう。

 びしっとカイト様に指をつきつけるとカイト様は数度瞬いて苦笑した。


 「そうだね。…結局バットのしたことも八つ当たりに過ぎない」


 「そうです。…それにしても…同じ魔女に師事したというのも驚きですけど、どうしてモネさんと一緒にいるんでしょう?」


 カイト様はわからないと言いつつも、ワカメ男ことバット--嫌いだから敬語も省略することにした--が魔力優位の選民思想へと傾倒していたことを教えてくれた。

 

 「…ああ、だからなんですね。カイト様の選んだのが私で納得してないみたいでした。尊敬する兄弟子が魔力もない小娘と婚約予定だと聞いてショックだったんですね」


 失礼な話だと思う。

 魔力があれば確かに便利だとは思うけど、人の価値はそれが全てではない筈だ。

 そもそも他人の惚れた腫れたに口出ししてこないでほしい。


 「………カイト様」


 名前を呼ぶと、カイト様は首を傾げた。

 ぶりっこのような仕草だが、カイト様がすると様になる。

 大の男なのに変にならないって、美形って得だな!


 「私はカイト様が好きなのですが、カイト様はどうですか?…過去のことも事件のことも関係なく、私をどう思いますか?」


 我ながら性急だと思う。

 今さっき自分の気持ちに気づいたくせに、既に私はそれを伝えているし、なんなら自分から口づけまでした。

 貴族令嬢としては、はしたないとわかってはいる。が、転生した私の精神はアラサーだ。

 そのアラサーの私が思うに、今ここを逃したら絶対上手くいかない!

 今ここ、チャンス!

 好みの美形、それも私の好きな人が弱っている。畳み掛けるなら今でしょ!

 

 カイト様は突然変わった話題に再度ぴたりと固まる。

 それからまじまじと私を見つめ、躊躇うように額にキスをした。


 「好きだよ。こんな情けない男でよければ、結婚してほしい」


 視線を合わせ上目遣いにカイト様は私を見る。

 その瞳に不安と懇願の色を見てとって、私は苦笑した。

 

 「では両思いですね。…カイト様、これからよろしくお願い致します」

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