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 どさりと飛び込んできた柔らかい身体。

 急に至近距離になったエマの顔には、しまった、とでも言いたげな表情が浮かんでいる。

 エメラルドグリーンの美しい瞳とバッチリ目が合った。


 数日前に部屋の前まで訪れたヘーゼルとリリースには、エマに事件の黒幕であろうモネとその原因を話すと言われていた。

 つまりはモモのことを。

 そして、エマを連れてくるとも明言された

 『エマにその情けない姿を見せて嫌われても、俺は助けない』

 ヘーゼルは扉の外でそう言い残し、去って行った。

 

 本当にそうなのだ。

 自分のせいでエマを巻き込み、彼女を傷つけた。

 その上、直接会って話もしないで彼女との関係を切ろうとした。

 エマにしてみれば、自分勝手で自己中心的な態度だろう。

 だから、きっともう既に嫌われている筈だ。

 エマは来ないし、来たとしても嫌々か、仕方なくだろう。

 そう思っていたのに。

 『体調はどうですか?どこか、辛いところはないですか?』

 エマの声には心配する色が混ざる。

 甘えてつい手を伸ばしてしまう。

 精神的にも、物理的にも。

 倒れ込んできた身体に思わずそろりと手を伸ばす。

 

 「…わっ、す、すみません!」


 戸惑う声に懐かしさを感じる。

 自分とは違う小さな背中。

 温かな体温。


 「…ごめん、もう少しだけ」


 この温もりを手放したくない。

 彼女が許してくれるなら、ずっと側に。


 「あ、あの…」


 エマは困惑しているものの、なされるままに大人しくしている。

 拒否されないのを良いことにその身体を抱き締めたまま、上体を起こす。


 「…ごめん」


 「…何がですか?」


 謝れば彼女は眉を顰めて聞き返す。

 有耶無耶にせず、きちんと説明を求めているのが伝わってくる声だった。

 

 「…エマを巻き込むつもりじゃなかったんだ。怖い思いも痛い思いもさせたくなかったのに…」


 モネと、その養父、そして実行犯であろう男の動きがおかしいことは気付いていた。

 だからこそエマに通信機代わりのネックレスまで授けたというのに。

 思っていた以上に向こうの動きが早かった。

 実行犯には思い当たる人物がいる。

 特徴を聞いた時、そしてモネの動きを確認した後では、恐らく間違いないと確信した。


 実行犯の名前はバット。

 姓はない。

 姓無し制度廃止が敢行される前にこの国を出た彼は、師匠である同じ魔女に師事した兄弟弟子だ。

 自分より五つ程歳が離れていたバットはよく懐いてくれていた。

 それでも姓無しである彼はその生い立ち故にどこか歪な、凶悪な思想を抱いていた。

 『魔力も使えない能無し共に、どうして俺が馬鹿にされるんだ』

 バットはことある毎にそう言い放ち、その思想は魔力の有無による選民思想へと傾いていった。

 バットの頑なな態度とその思想を止めることができないまま、彼はこの国を出ていった。


 そのバットとモネが行動を共にしている。

 そのことがエマに振りかかってきたのだ。

 

 「…手放した方がいいことはわかってるんだ」


 エマと今後関わらなければ、エマは安全でいられる。

 守れると思って近づいたのにそれができなかった。

 彼女を危険にさらした自分は彼女の側にいるべきではない。

 そう思っているのに。


 「…婚約予定もお試しお付き合いも俺が迫ったくせに、勝手に破棄してごめん。危ない目に合わせてごめん。…好きになって、…ごめん」


 なんて情けないんだろう。

 ウジウジして食事も仕事も放棄して、周りに迷惑をかけている自覚はある。

 それなのに、エマなら許してくれるのではないかと、浅ましくすがってしまう。


 小さなため息が聞こえたのと同時にエマはそっとその白い手で俺の頬に触れた。


 「『好きになってごめん』だなんて…そんなことないのに」


 頬に触れる手はそのまま髪へと移動する。

 目を隠すように下がっている前髪をかきあげて、再び視線がかち合う。


 「…私、カイト様のことが好きです」


 ふ、とエマは笑う。髪を撫でてくれていた手が頬に戻され、両手で顔を包まれる。

 温かな手と笑顔に心が絆される。

 エマの顔が近づいて、唇と唇が触れあった。

 一瞬の触れ合いのあと、エマは今度は額にキスを落とす。


 「…私のことを思って情けなくなるカイト様が可愛く思えるくらいに、カイト様のことが好き。謝ってほしくてここまで来た訳じゃないんです。今後のことを話し合いたくて来たんですよ」


 柔らかく苦笑するように、エマは笑った。

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