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「…あの、私…」
カチャリ。
言いかけた私の言葉を遮るように扉が開く音がした。
空いた隙間は僅か5センチ程。そこから茶色の毛布にくるまった何かが見える。
いや、何か、ではなくカイト様だ。
「………どうぞ…」
「えっ…あ、お、お邪魔します…」
天岩戸かと思いきや、案外簡単に開いたな。
中に入ると部屋の窓はカーテンがピッタリと閉じられていて、灯りもついていない。明るい昼間だというのに、室内は薄暗く換気もしていないのか微妙に湿っぽく感じた。
しかもカイト様は毛布にくるまってベッドの上で膝を抱えてしまっている。
これが幼児、いやせめて思春期の子供ならまだ可愛げもあるだろうに。
大の男のそんな情けない仕草にどう対応したらいいものか。
戸惑いが止まらない。
「…あの、息苦しくないですか…?」
いや、違うだろう。
引きこもりの人間に向かっていう台詞はこれじゃない。
「……その毛布、気持ち良さそうですね…?」
違ーう!
何を言っているんだ、私は!
そんなもん、どうだっていい!取り敢えず毛布から離れろ!
「………あ、アップルパイ。美味しそう、です、ね………?」
ああ……なぜ?なぜ私はこんなトンチンカンな台詞を続けてしまうんだ…。
毛布もアップルパイもどうでもいい。
カイト様の顔を見て納得いく結論を出すことが私の目的なのに。
いざ本人を目の前にして既にひよっている。
「………た、食べる…?」
いらないよ。カイト様まで何言ってるんだ。
部屋にはぎこちない空気が流れ、私は意を決してカイト様の目の前まで進んでいった。
カイト様の肩がびくりと震え、毛布をきつく握りしめたのを、私は見逃さなかった。
「……お顔、見せて下さい」
「……………会わせる顔がない…」
小さなくぐもった声がする。貝のように毛布に引っ込んでしまったカイト様を見下ろして、私はため息をつく。
呆れた。…と同時に今までで一番、彼に親近感が沸いた。
今までのすかした態度の時より実は今の方がよっぽど好きだ。
それはカイト様の人間らしいところが、彼の本性が、ひしひしと伝わってくるからだ。
臆病で意気地無しで、とびきり優しい。
私が傷つくことを嫌って、私を遠ざけようとする。
でもそれは、私の希望ではない。
私の希望は。
「……ヘーゼル様達から食事も拒否してると聞きました。体調はどうですか?どこか、辛いところはないですか?」
置いてあるアップルパイには手をつけた様子はなかった。どの程度食べていないのかはわからないけど、体調崩すよ。
カイト様はピクリと動いた後、更に益々毛布にくるまれてしまう。
より一層厚くなった毛布の盾を眺めていると、これが大人の男だとは思えない。まるで幼児さながらの様子に、拳を握りしめる。
かくなる上は…これしかない。
実 力 行 使!
私は毛布の端を掴むと勢いよく、思い切りそれを引っ張った。
カイト様が焦って毛布を引き寄せるより早く、一思いに毛布を引ったくる。
普段の愚鈍な私からは想像できないであろう行動にカイト様は目を丸くしている。
どうだ!これでもう隠れられまい!顔だってバッチリ見えるんだから!
ふふん、と鼻高々に毛布を床に落とし、私は一歩踏み出した。
「………あっ」
あ、と思った時にはもう遅い。
格好つけて足を踏み出した私は自分で落とした毛布に突っかかり、カイト様のベッドへとダイブしていた。
だっさ!恥!
そう思っても体は重力に逆らうことなく、体育座りをしていたカイト様を押し倒してベッドに着地した。
目の前には、少し窶れてはいるけれど、整った綺麗な顔。
深い海を思わせる美しい瞳とバッチリ目が合う。
当初の目的通り、顔は見れた。
が、ベッドの上で床ドンしている私って…一体…なんて……。
贅沢者…!
いや、落ち着け落ち着け。
確かにこの至近距離でこの美形をまじまじ見つめられるなんて、イケメン大好きな私にはご褒美だけど!
カイト様の立場になって考えたら、重いし早く退いてほしいだろう。
「…わっ、す、すみません!」
さっさとカイト様の上から退こうとした私は、けれどそれが不可能だということに気付いた。
押し倒しているカイト様の腕が私の腰に回ったからだ。そのまま引き寄せるようにもう一方の手が頭の後ろに回る。
その上、気のせいでなければ、回された腕に更に力を込められた。
ぎゅっと抱き締められている格好になり、自分の心臓が早鐘のように動いているのがわかる。
「………ごめん。もう少しだけ…」
耳元で囁く声は懇願に近い響きだ。
自分のものとは違う硬い身体。
高い体温と背中にある腕の重さ。
嗅ぎなれないシャンプーの匂い。
「あ、あの…」
戸惑いを隠せないままに呟くと、カイト様は私を腕に抱えたまま上体を起こした。
背中に回った腕は離れたものの、腰に回った腕はまだそのままだ。
自然、距離は近くなる。
間近でカイト様を見つめると、彼は深く頭を下げた。
「…ごめん」
「…何がですか?」
この謝罪はどういう意味だろう。
事件に巻き込んだこと?
勝手に婚約予定を破棄したこと?
それとも今この状況に?
「…エマを巻き込むつもりじゃなかったんだ。怖い思いも痛い思いもさせたくなかったのに…」
ポツポツと呟く声には後悔と懺悔の念が窺えた。




