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翌朝、ヘーゼル様とリリース様と一緒に私は王都のモーガン伯爵邸へと戻ってきた。
因みに昨日はヘーゼル様とリリース様と両親、出張から帰ってきた三男ダンの非常に騒がしくカオスな一夜を過ごし、私は多少疲れてもいる。
カイト様の開かずの扉を開けるという重大ミッションがあるのに既に疲れていて結構不安である。
そして、モーガン伯爵邸の執事長、ハケンさんは私に深々と頭を下げた。
「旦那様はお会いしたくないそうでございます。どうかお引き取りくださいませ」
…ここまで来て、それはない。
私は私の意志で来たけれど、もしヘーゼル様とリリース様に無理矢理連れて来られていたら、多分切れていた。
「突然お伺いしたのは大変申し訳ありません。けれど、どうしてもカイト様にお会いしたいのですが」
帰れと言われて帰れるなら最初から来ない。
「ハケン、お前の立場もわかるが、いつまで引きこもりのままでいさせるつもりだ」
「それはその通りですが…」
ハケンさんは言いにくそうに私をちらりと見遣る。
その視線は何か怪しいものでも見るようだ。
「…その…アンデルセン子爵令嬢様に旦那様の部屋の扉を開けることができるでしょうか…?」
お前にできるのか、とその顔は語っている。
それはそう思われても仕方ないけど…。
「…わかりません。けれど、私はカイト様とお話ししたくて参りました。今回の一度だけで構いません。会いたいんです」
私はハケンさんを真っ直ぐに見返した。ここで視線をそらしたら、多分入れてもらえないし、私の真剣さだって伝わらない。
見つめ合うこと暫し。
ハケンさんは小さなため息を漏らすと頷いた。
「…わかりました。それではご案内致します」
モーガン伯爵邸滞在中、あまり訪れたことのなかった屋敷の主人の部屋の扉は、さすがと言っていい、重厚なものだった。
深いダークブラウンの厚木には飾り彫りがしてあり、訪れを告げるためのノック部分にはライオンの顔がついている。ライオンの口から出ている輪を持ち上げ数回ノックしてみる。
当然のように返事はない。何も知らなければ不在だと思う程だ。
「…あの、エマです。…カイト様、いらっしゃいますよね?」
部屋の中に聞こえるようにいつもより少し声を張る。
中からはガタガタッ、と何かに躓く音がした。
やっぱりいる。居留守だ。
「突然押し掛けて申し訳ありません。少しで構いませんから、お話ししたいのですが」
部屋からは更にガシャン、と何かを落とす音がする。
動揺しているのがよくわかる。
確かに急に婚約予定だった女が訪ねて来たら驚くよね。それはわかる。
「お顔を見せて頂けませんか?」
バン、と何かにぶつかる音がした。
カイト様は中で一体どうしているのだろう。大丈夫なんだろうか。
それからたっぷり3分程待ったが中からの応答はない。
うんともすんとも言わない。天岩戸か。
どうしようかと頬に手を添えたところで、後ろに控えていたリリース様が隣にやってきた。
「おい、バカ!いい加減にしろ!」
怒声と共にリリース様は扉を激しく叩く。
ああ、そんなに激しくして…扉にキズがつくよ!
痺れを切らしたリリース様の剣幕は恐ろしく、思わずリリース様から距離を取るように上半身をのけ反らせてしまった。
「さっさと出てこい!この意気地無し!」
えええ…?そんな言い方して…そりゃ出てこないよ。
「…リ、リリース様、ちょっと落ち着いて…」
「甘やかすなよ!大体、いい歳の男が引きこもりなんてしてどうすんだ!自分の責任から逃げようとしてんじゃねぇ!クズが!」
あの綺麗な顔からこんな罵詈雑言が…!
もういっそ感心してしまう。
呆気にとられていると、ヘーゼル様が長いため息をついて額を押さえているのが見えた。
「リリース、そう興奮するな。…カイト、俺とリリースは帰る。エマは置いていくから、少しでも良心の呵責があるなら部屋に入れてやるんだな」
ヘーゼル様は扉からカイト様へと告げるとまだいい募ろうとするリリース様の口を押さえて私の背中を軽く叩いた。
「…頼む」
申し訳なさそうに小声で囁くとヘーゼル様はリリース様とハケンさんを連れて廊下を戻っていく。
ハケンさんは何か言いたそうに扉と私を眺めたが、結局何も言わずにヘーゼル様の後を追って行った。
そうして扉の前には私一人が残されたのだった。




