24
彼女と会ったのは冬に向かう途中の寒い秋の日だった。
明るい秋桜色の髪の彼女が、枯れた桜の木の側にいるせいでそこだけ花が咲いたように見えた。
幼心に、綺麗だと思ったのを覚えている。
彼女は突然現れた俺の姉。
父が愛人に産ませた腹違いの姉は、この秋初めて王都の屋敷にやって来た。
モモと言う名前の人だった。
彼女の母親はこの夏の終わり、病気で亡くなったと聞いている。
その母親が姓無しだったということも、俺は実母と実姉から聞かされていた。
モモは実姉より一つ下だから16才だ。
彼女の母親が姓無しだったこと、実姉と一つ違いということが、彼女の立場を悪くしたのは言うまでもない。
だから別棟の中に住んでいるモモと会ったのはこの時が初めてだった。
「…あなたがモモ?」
「…?誰よ?」
突然年下の少年に呼び捨てにされてモモはぐっと眉根を寄せた。
警戒心と嫌悪感、そこにほんの少しの好奇心の混ざる視線だった。
「俺はあなたの弟です。カイト・モーガンです」
「……ああ、噂の。なんでもできる優秀なお坊っちゃまね」
「それほどでも」
にっこりと笑うとモモは口をへの字に歪めた。
「生意気だわ」
これが、俺とモモの出会い。
この日からモモとはよくこの桜の木の下で話すようになった。
貴族のお高くとまったお嬢様達のつんとした様子と違ってモモは喜怒哀楽をそのまま出した。子供の俺にはそれはわかりやすくて、モモと話すことが楽しみになった。
モモは常に今まで過ごした日々を振り返っていた。
母親が姓無しだったから、裕福では決してなく、貧困家庭だったけれど、母親と二人仲睦まじく暮らした日々。
その中で姓無しが受ける謂れのない差別。
そんな話を俺はモモから聞いた。
モモは慣れない貴族の生活から逃げるように、姓無しへの慈善事業へとのめり込んでいった。
俺はモモから慈善事業についての話を聞きながら、その行為に意味があるのか不思議に思っていた。そう口にする度にモモは困ったように微笑み、『そうかもしれない』と言った。
そんな日が一年半程続き、その日はやって来た。
モモはある日荷物を纏めて出て行った。
姓無しへの慈善事業を行う中で、彼女は下級貴族の青年と知り合った。
その青年と恋に落ちた彼女はボストンバッグ一つを抱えて門を出て行った。
それから暫くしてモモは亡くなった。
風邪を拗らせて呆気なく。
彼女が娘を産んだと知ったのはそのすぐ後だった。
モモのことを思う度、彼女は幸せだったのかわからなかった。
だから彼女のしていた姓無しへの慈善事業に参加した。
そこで見た差別は想像より酷く、俺はまるで罪滅ぼしのように姓無し制度廃止へ向けて動き出した。
姓無し制度廃止の活動は理解を得られないことも多く、特に母と姉は強く反対した。
反対を押しきってまでその活動を続けたのは、モモへの罪悪感を拭いたかっただけだった。
そうして続けた結果、姓無し制度は撤廃された。
撤廃されたからといってすぐに差別がなくなるわけではなかったけれど。
そんな背景の中、俺はエマを見た。
姓無しだった少年を庇う姿が目に焼き付いて離れなかった。
撤廃は無駄なことじゃなかった。
そう思って報われる思いがしたのと同時に、強い衝撃を受けた。
「…ああやって庇えば良かった…」
そうしたら、モモは出ていかなくて済んだだろうか。
若くして亡くなることもなかっただろうか。
どうして、庇うことができなかったんだろう。
あの少女は見ず知らずの姓無しだった少年を庇えたのに。
「…カッコいいなぁ…」
震える声で呟く間に彼女は去って行った。
顔をうつ向けることもなく、堂々と背筋を伸ばし、軽やかに。
その背中に小さい子供のように抱きつきたくなる衝動を、俺は確かに感じた。




