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暴力的な表現があります。次話の前書きに簡単な状況説明を載せますので、苦手な方は読み飛ばして下さい。
おトイレから出てきた私を待っていたのは強烈なお腹へのパンチだった。
なんの訓練もしていない女性にいきなり殴りかかった不届き者は、更に誘拐、拉致、監禁の三拍子を揃えて今私の目の前に座っている。
そう、さっきまでカフェでお茶をしていた私、どうやら誘拐された模様。
トイレの出口で殴られ、何か嗅がされた後の記憶がないけれど、ここは明らかにカフェじゃない。しかも縛られているこの状況。目覚めた時は愕然としたけれど、さっき急にドアから現れた男に覚えはない。ということは、多分誘拐だ。
男の黒いクセっ毛の髪は左目にかかっていて、見ていて邪魔そうだ。それなのに、白い肌とのコントラストと彫りの深い顔はイケメンでもある。
いや、私はイケメンは好きだけども。
でも腹パンされて椅子にくくりつけられているこの状況では、この目の前のワカメ頭の男、通称ワカメ男のことは好きにはなれない。むしろ嫌いだ。大っ嫌いだ!
この状況に恐怖はあるものの、怒りをこめてワカメ男を睨むと、ワカメ男はそんな私を見て…あろうことか、鼻で笑った。
「…貴族のお嬢様の割には…って感じだな」
ふぅー、とワカメ男はため息をつく。
なんて失礼な!暴力で押さえつけておいて、更にこの期待外れとでも言いたげな言動!っていうかまず名を名乗れーい!
「……うっ…」
口を開こうとした私は体の痛みに思わず咳き込んでしまう。
あぁっ…ここはビシッと決めたいとこだったのに…!ゲホゲホと咳を出して、私はむせる声でワカメ男を睨んだ。
「…なん、で…誰…?」
「すげぇ凡庸な質問!もっと気のきいた質問ないのか?」
この状況で…?っていうか、これ以外の質問ある?他の質問なんて今どうでもいいでしょ!
「…あーあ。どうしてあの人、あんたを選んだのかね?」
両手を広げて大袈裟にワカメ男は嘆いてみせる。その芝居がかった言動は私の神経を逆撫でしていく。
恐怖と嫌悪感で鳥肌だ。
「……あの人って…?」
誰のこと?でも…選んだって言ってるってことは…
「…カイト様…?」
「気安く呼ぶな!無能が!」
ワカメ男はいきなり大声で怒鳴ると、私の髪を思いっきり引っ張った。
「っ、痛っ」
思わず涙目になる。結構な力で引っ張られてワカメ男の顔が目の前に迫ってきた。
じろりと睨み付けてくる目はギラギラと怒りの炎に燃えている。
「ひっ…」
小さな悲鳴を上げるとワカメ男はニンマリと笑った。
怖い怖い怖い!
怒りよりも恐怖の方が勝った体は小刻みに震えてしまう。
「…ふん、みっともねぇ」
ワカメ男は私の髪を掴んでいた手を左に払った。そのおかげで今度は椅子ごと倒れ込み、私は床に左肩を思い切りぶつけることになった。
痛みに顔をしかめているとワカメ男は深いため息をついた。
「全く、イヤんなるよな。…なんで俺がこんなこと…」
はぁー、とワカメ男は深いため息をつく。
その言葉、そっくりそのままお返ししたい。イヤんなるのも、なんでこんな目に合うのかも、私の台詞だ。
「とにかく大人しくしてろよ。とは言ってもその様子じゃ、大声で助けを呼べるとも思えねぇけど。一応忠告してやるけど、叫んでも聞こえないからな」
ワカメ男はそれだけ言うとくるりと身を翻した。
とりあえずこの場を去ってくれるらしい。
ワカメ男が入ってきたドアから出て行くのを見届けて私は安堵のため息をついた。
決してまだ安心できる状況ではないのだけど、ワカメ男がいないだけでも有難い。
ぽたりと、涙が落ちる。
「……うっ…」
泣きたくないのに涙は一度溢れたら止まらない。
明かりはワカメ男が持っていってしまったから辺りは真っ暗だ。暗くて寒い中にいると、心細さが際立ってくる。
ちょっと前までは美味しいケーキと紅茶を楽しんでいたのに。
ワカメ男は一体何処の誰で、何の目的でこんなことしてるんだ。
カイト様に執着があるのだけはわかるけど。
悔しさと辛さを押し退けるように必死に冷静になって考えるけど、全くわからない。
俯くと胸元でぼんやりと光るものが見えた。青く鈍く光るものは、カイト様がくれたネックレスだった。
盗聴器、改め通信ネックレスは確か私の許可でその機能を発揮するように変更してもらっていた。
まだ使ったことないけど。肌身離さず持つように言われたけれど、正直アクセサリーとして似合わない時は外そうと思っていた。
今日はワンピースに似合うネックレスのデザインだったからしてきたのだけど、いやもうホント、あって良かった…!
えーと…どうやって使うんだっけ?
「………もしもーし…?」
この状況で『もしもし』も緊張感がない。
でもワカメ男に聞こえて取り上げられても困るし。小声で不安にかられながら囁くと、ネックレスは先程よりもその輝きが増した。
それと同時にネックレスからは聞き慣れた声がした。
「……マ、エマ!聞こえるか!?」
「……カイト様…?」
あぁ、カイト様の声だ。繋がったんだ…!良かった!
「すまない…!本当にすぐに助けに行くから。もう少しだけ待ってくれ」
カイト様の声は私を安心させる。
きっともう大丈夫。そう思うとボタボタと涙が溢れてきた。
「……っ、はい」
涙声で返事をすると、ネックレスからはカイト様の励ましの声が続いた。




