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レーニン伯爵邸のベッドはふかふかで、シーツも絹。
我が家も成金だから、まあまあいいベッドなんだけど、これはそれより上質の筈。
肌触りサイコー!
横向きに寝返ってシーツに顔を埋めると、微かにお日様の匂いがする。
あぁ、やっぱり上流貴族のベッドメイキング、素晴らしいな。
のほほんとそんなことを考えて現実逃避していた私は、ドアがノックされた音に気づいて身を起こした。
「…失礼致します」
入って来たのはメイドの方らしい。
深緑のロングスカートのワンピースに、白いエプロン。
後ろでお団子に束ねられた髪は漆黒。…黒髪、懐かしい。
「お目覚めでごさいますか?今、何かお飲み物をお持ち致します」
「あ、いえ。大丈夫です」
人ん家のベッド借りて、更に飲み物までなんて申し訳ない。しかも、我が家よりも立場の上の人の家でなんて、ムリムリ。
私はそろそろとベッドから降り始めた。
「まあ!まだお休み下さいませ」
メイドさんは私を再度ベッドに押し戻す。
いや、そんなに寝ることもないんだけど…しかも伯爵邸のベッドなんて畏れ多くて早々に辞去したいレベルなんですが。
「今、モーガン伯爵様をお呼び致します」
「………はっ!?」
いやいやいや。呼ばなくていいし!
漆黒の髪の女性は恭しく頭を垂れて、そそくさとドアから出て行った。
「…え、ちょっと待って…」
このどんくさい私の反応の鈍さ。
私の声は彼女に届くことはなく、ドアが閉まる音で遮られた。
NOーーーー!
あぁぁぁぁ!
閉まったドアを見つめて私は頭を抱えた。
モーガン伯爵様を呼んでどうするの!?
ぶっちゃけ会いたくない!
「に、逃げちゃえば…」
いいのでは?と、呟こうとした瞬間、ガチャリとドアが開く音がした。
ドアから現れたのは、やっぱりカイト・モーガン伯爵様だった。
「…体調はどうですか?」
カイト・モーガン様は私のいるベッドの横に椅子を引いてきた。
長い足を組んで座り、顔を近づけてきた。
「ひぇっ…」
美麗な顔が間近になり、思わず悲鳴が漏れる。
モーガン伯爵様は私の悲鳴に眉を潜めた。
「…何故そんな声を出すのですか?」
近いからですよ!
そんな間近にこんな綺麗な男性の顔を見たことはないんですよ!
モテない小娘には刺激が強いんですー!
だが、私のこのどんくさい口では、思っていることの半分も伝わらない。
「……えっと、お顔が近いので…」
「あぁ、これは失礼致しました!淑女のお顔を覗き込むなど…不躾に申し訳ありません」
「え、いいえ…そんな…」
モーガン伯爵様は深く頭を下げる。
いや、伯爵様に頭を下げられるなんて…畏れ多いわ…!
「頭を上げて下さいませ」
私の言葉にモーガン伯爵様はパッと顔を上げた。
「許していただけるのですか、アンデルセン嬢」
「そんな…許すも何も…。私が勝手に戸惑っただけですのに…」
「あぁ、なんて慈悲深い人だろう…!」
いやいや、大げさ過ぎでしょ。
モーガン伯爵様はなんだかうっとりと、こっちを見ている。
と思ったらいきなり私の両手を握りしめた。
「やはり、貴女は美しい。それで、俺との結婚はどうだろうか?」
………あぁ、やっぱり夢じゃなかった……。