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王都の最近流行りのそのカフェはピンクの壁に華やかなバラの絵が描かれている。
テーブルと椅子は白で統一されていて店内は甘い匂いに満たされているのだろう。甘ったるい香りが出入口まで漂っている。
いかにも女の子の好きそうな空間だ。
そっとエマを伺うと、彼女は店内でリスのように目を丸くしている。
エマはリスのような少女だと思う。
大きく丸い瞳はくるくるとよく動く。お喋りではないけれど、動作は大きく反応は素早い。ただ、思ったことを口にする前に自制しているのか、顔に反応は出ても口に出ないところがあるように思う。
自分とは違う。
リリースは自分でも、即断即決、猪突猛進、単純明快なタイプだと思っている。
言いたい事は相手の顔色なんて伺わないし、そもそもそんなもの気にする前に口から出ている。
だから言ってから後悔することも多いのだ。
それで後から謝ろうとしても、貴族の娘は怖がって自分に近寄ってこないし、こちらが近づけば逃げてしまうことも多々あった。
貴族になったばかりのころはそれで随分困った。
まぁ悪意のある人物にはこの性格は結構びっくりするらしく、いい反撃になるのだが、噂がどう広まったものか、眠れる獅子ならぬ、『眠れる赤バラ』との異名がついていた。
その異名を知らないのはよっぽどのモグリか貴族階級の世間知らずだろう。
エマがその噂を知ってるのかはわからない。
けれど、彼女はリリースの素を見ても驚きこそすれ、怖がって逃げるようなことはなかった。
それが、単純に嬉しかった。
エマはカフェの売店でいくつかお菓子を選んだ後、カイトと一緒にこちらへ向かってくる。
「…お待たせしました!あの、リリース様達は本当に入らなくて宜しいのですか?」
「絶対ヤダ。 出入口で待っているだけで、胃もたれしそう」
「あ、すみません!大丈夫ですか?」
ひえ、とエマは悲鳴のような声をあげてぐいぐいと背中を押してきた。
「気分が悪くならないうちに早く馬車に戻りましょう」
いや、比喩だし。本当に胃もたれはしてない。
馬車に押し込まれるように中に入ると、その後からヘーゼルが肩を震わせながら追ってくるのが見える。
笑っているのだ。
多分、『眠れる赤バラ』と遠巻きにされている自分がエマにたじたじに押されているのが面白いのだ。
高みの見物みたいな顔しやがって。 あいつ、本当…
「…ムカつくよなぁ…」
ぼそりと口から出た言葉はエマの耳に届いたらしい。
エマは勢いよく頭を下げた。
「すみません!私の我が儘で来てもらったばっかりに…!」
「いや、お前じゃない。エマは悪くないから」
エマが王都に来るのは久々だと聞いて、この店を紹介したのはリリース自身だ。
カイトはエマをエスコートするどころか、どこに行くかも考えていなかった。
大方、愛しのエマと暫く一緒に過ごせると聞いてウキウキ気分で家で待っていたに違いない。
カイトは所詮いいとこの世間知らずなお坊っちゃまなのだ。
自分でエスコートの内容を考えるなど、多分思いつきもしていない。
エスコートとは女性の行きたいところに一緒に行く、くらいの意識しかなく、お洒落なお店を紹介するとか、話題の劇場へ連れていくとかいう提案は、恐らく彼の仕事ではないと思っているのだ。
まぁ、あのカイトの母と姉を思えば分からなくもない。
あの二人は自己主張の激しいタイプだから、カイトが提案などしなくても行く先は自動で決まる。
そして温室育ちのカイトは、今まで他の女性をエスコートしたことがないのだろう。
自分で言うのもなんだが、リリース・マグダリアンという婚約者候補筆頭がいる。
カイトに寄ってくる女は少ないし、リリースがいるのに寄ってくるような女はろくな女ではない。
カイトも相手にはしていなかった。
その結果がこれなのだから、リリースは最初頭を抱えた。
エスコートの意味を理解してないボンボンのポンコツと、あまり王都に詳しくない良い意味でも悪い意味でも自己主張が激しくない少女。
彼らは王都で何をするという目的もなく取り敢えず当初の予定通りリリースと会ったのだ。
思い出すだけで、その適当さに呆れてしまう。
カイトは勿論だが、エマだってせっかく来るのだから少しは調べるなりなんなりすればいいものを。
仕方なくリリースはこの店を紹介したのだ。
自分は行きたいとは思わないが、若い女性に評判なのは知っていたから。
ふぅ、とため息をつくと隣に座り込んできたヘーゼルが顔を近づけてくる。
「…なんだよ?」
「いや、なんだかんだ言いつつ親切にしてるじゃないか」
「別に普通。…おい、近いぞ」
ぐいぐいと肩を寄せるヘーゼルを睨み、その体を押し退けようとすると、逆に肩を抱かれてしまった。
「おい!離せ!人前でベタベタするな!」
「人前じゃなければいいのか?」
「そういうことじゃない。エマと場所変われ!」
どうせくっつかれるならゴツゴツした男より柔らかい女の子の方がいい。エマは急に水を向けられて困ったようにヘーゼルと見比べ、それからハッとしたような顔をした。
「えっと…場所はこのままでいいと思うのですが、その、もしよかったらコレ」
エマは先程のカフェのロゴのついた袋から小さな紙箱を取り出した。
「カイト様からリリース様はイチゴ味のお菓子が好きだと伺ったんです。焼き菓子の詰め合わせなんですが、受け取って下さい」
ズイッと目の前に紙箱が差し出される。
お店には入りたくないが、美味しいと評判のそのお菓子には興味がある。
「…いいのか?」
「はい、是非!」
にっこりとエマは笑う。
「…ありがとう」
つられて笑って紙箱を受けとるとヘーゼルとカイトが生暖かい視線で眺めているのが目に入った。
「うるさいぞ」
「何も言ってないじゃないか。…でもやっぱり女の子達の触れあいはいいね!癒しだよ」
「黙れ、おっさん共」
その生暖かい目で見るな。
じろりとカイトとヘーゼルをねめつけると、急にエマが肩を震わせて笑いだした。
今のどこに笑うところがあるのか教えてほしい。
「…す、すみません……」
「いいけど。今のどこが面白かったわけ?」
「……おっさん、が言い得て妙だな、と思ってしまって…」
ふふふ、とまだ笑うエマにヘーゼルがニヤリと笑った。
「なかなかいい性格だな。その調子でコレとも仲良くしてやってくれ」
コレ、と指差された身としては不満がないでもないが、取り敢えずエマの笑顔が見れたから良しとする。




