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72話 通夜


 ■ ■ ■


 七月に入って間もなく、祥吾の様子がおかしくなった。圭太が話しかけても、生返事ばかり。いつも険しい顔で、ひとり考えこんでいる。

 何か悩んでいるなら、打ち明けてくれてもいいのに。

 水くさいなあと圭太は思った。だけどいざ相談されたところで、自分ではまるで役に立たないだろう。圭太は今まで、何事も祥吾任せでやってきた。

 俺は相談役に向かない。そんな自覚があるからこそ、祥吾を遠くから見守ることしかできなかった。


 しばらくして、木梨あゆみが不登校になっていると知った。祥吾のおかしな態度は、あゆみを心配してのことだったらしい。

 圭太はますます、なんと声をかけていいかわからなくなった。

 祥吾との接し方をはかりかねるうち、夏休みがはじまった。


 休み中、祥吾は吹奏楽部の練習が詰まっているという。そこで圭太は隆平を誘い、塾の夏期講習に通うことにした。それ以外の時間は、家でだらだらと過ごした。


 八月に入ると、入院中の祖母の容態が急変した。

 深夜に病院から呼び出された両親は、翌朝、憔悴しきった様子で家に戻ってきた。

「おばあちゃん、だめだったよ……」

 両親の言葉に、颯太は狂ったように泣き叫び、それをなだめるうち、圭太自身は泣くタイミングを失った。


 自宅で行われた祖母の通夜には、隆平と望が参列してくれた。

「圭太のばあちゃんには、小さい頃よく遊んでもらったし」

「おやつもよくもらったよな」


 久しぶりに顔を合わせ望は、別人のようにやつれていた。


「どうしたの望、大丈夫なの?」

 心配する圭太に、望は青い顔で返した。

「いやいや、そっちのほうこそ大丈夫かよ」


 座敷では親戚や近所の者たちが集まり、料理をつついていた。酒に酔った幾人かが、大声で喋っている。

 エプロンをかけた母や叔母たちが、卓の間を忙しく動き回っていた。そんな中、颯太はちゃっかり親戚の男たちの中心に入りこんで、桶の寿司を次々と頬張っていた。

 座敷の隅では、祖母の姉妹たちがやかましく昔話をしている。

 そうした喧噪を背に聞きながら、圭太たち三人は庭の片隅にいた。ちょうどハム吉を埋めた辺りで、しんみりと言葉をかわす。


「ばあちゃん、元々調子は良くなかったから、みんな心の準備はしてたし」と圭太は強がった。

 呪いを解いた後も、祖母は回復しなかった。

 夏の暑さもあってか、じわじわと体力を奪われていった。

「病状のわりによくもったほうだって。だから呪いとは関係なく、ばあちゃんの体はもう限界で……」

 声を詰まらせた圭太の背を、隆平がさすった。

「ばあちゃん、あんまり苦しまなかったみたい。穏やかにいけたみたいだから、それは良かったなって思う」


 圭太が落ち着きを取り戻すのを、隆平と望は静かに待ってくれた。

 そうすると今度は、望が心配される番だった。

「夏バテ? ちゃんと食べてる? なんかすごい痩せたみたいだけど」


「あー、ちょっときついかも……」

 望は笑ってみせたが、目に力がない。

「曽根ちゃんがさ、やたらと連絡してくるんだ」


「しつこいのか」

「俺が友達と遊んでたり、寝てたりして電話出なかったりするじゃん? そんで後からかけ直すじゃん? そうしたらすっごい勢いで泣いてて、わたしのこと嫌い? わたしと一緒にいるの嫌なの? とか訊いてくんの。そっから朝まで曽根ちゃんの話が止まらないんだわ。途中で寝たりするとまた泣かれるから、俺ずーっと起きて話聞いてなきゃなんねえの。マジ辛い。寝不足極めてるわ」

「やっぱ望、曽根さんと付き合ってるの?」

「だから違うって。付き合ってねえよ。ていうか他校に彼女いたけど、曽根ちゃんに時間とられすぎてフラれたわ」

「なあ、もう曽根さんと関わるのやめといたら?」

「いやあ、それは無理っぽい。ちょっと構わないだけで、すぐ死にたいとか言い出して病んじゃうだよ、曽根ちゃん」

「怖っ!」

「俺、今さあ、一日置きに曽根ちゃんと会ってる」

「すげえ」


「もうこれが呪いだったりしてな」

 望は冗談を言うトーンで続けた。

「珠代姉ちゃんの呪いは、俺らから何かを奪うんだろ? 俺の場合、奪われたのは睡眠時間」


 圭太も隆平も笑わなかった。

 普段の望なら、こんな悪趣味な冗談は言わない。よほど疲れているのだろう。


「望、今日はありがとな。もう帰って寝ろよ。絶対休んだほうがいい」

 圭太の言葉に、望は素直に従った。

「悪いな」

 片手を上げ、望は門扉のほうへ歩き出した。


「あ、待って、望」

「ん?」

 眠たげな目で、望は見返してくる。


「俺たちは珠代さんを供養した。呪いは終わったんだからな」

 念押すように圭太が言うと、望はこくんとうなずいた。


 二人きりになると、隆平が思い出したように口を開いた。

「そうだ、珠代さんといえばさ、あれからずっと引っかかっていたことがあるんだけど」


 そのとき、座敷のほうから母の声がした。

「圭太ー? こっち手伝ってくれる?」


「ごめん、行かないと」

 圭太は両手を合わせた。隆平が首を振る。

「うん、じゃあまた今度話そう。落ち着いたら連絡くれる? 母さんの病院以外は、基本家にいるし、夏期講習の予定も圭太に合わせるから」

「わかった」

 隆平をその場に残し、圭太は座敷に上がった。

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