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49話 繋がる

 

 ■ ■ ■


「保健室に行こう」と望は言った。

「たぶん着替えとかあるはずだし」


 しかし万里子は首を縦に振らない。

「いい、大丈夫だから」


「ほんとに? でもすごい濡れてるよ?」

「ちょっと待てば、自然に渇くから平気」

「ええ、でも……」


 一体どうしたものか。旧校舎の女子トイレの中で、望は思案した。

 こそこそと旧校舎から出て来る女子のグループを望が見つけたのは、登校してすぐのことだった。

 長く学校をサボり続けてきた癖が抜けず、望は昼過ぎになってようやく校門をくぐった。

 このまま真っすぐ教室に向かうのもなんだかかったるい。そう考えていたとき、不審な動きをする女子たちが目に入ったのだ。

 彼女らの出て来た先――旧校舎には、人目から隠しておきたいほど面白いものでもあるのだろうか。

 好奇心から、望は旧校舎に踏み入った。廊下には、点々と水滴が落ちていた。それを辿って進んだところ、万里子と出会ったのだった。

 万里子は女子トイレの洗面台の前で、全身水浸しになってうずくまっていた。


「それ、しーちゃんたちにやられたの?」

 望は女子のグループにいたひとりの名前を出して、万里子に尋ねた。

 万里子は答えなかった。


 ああ、そうかと望は悟る。万里子はあえて反応しないのだ。チクればひどい報復が待っている。誰もが知っていることだ。保健室に行きたくないのも、養護教諭からいじめを疑われるからだろう。普通に学校生活を送っていて、水浸しになることなどない。


 小さくくしゃみをして、万里子が身震いした。


「寒い? ちょっと待ってて」

 望は急いで教室に向かい、運動部の友人たちにタオルを持っていないかと訊いて回った。そうして何人かからスポーツタオルを貸してもらうと、自分の体操着をつかんで、万里子の元へ戻った。

「これ、使って。あとこれに着替えなよ。俺の体操着。いつ洗ったか覚えてないから、たぶん臭いけど」


「いいの?」

 万里子は遠慮がちに確かめると、何度もお礼を言って体操着を受け取った。


 トイレの個室で万里子が着替えている間、望は床に散らばった彼女の持ち物を拾い集めた。教科書にノートにペンケース、弁当袋に地図帳。どれもぐっしょりと濡れている。

 もしも自分が気づかなったから、万里子はどうするつもりだったのだろう。制服も持ち物も水浸しにされ、教室に戻ることもできなかったはずだ。本当に乾くまでここでじっとしている気だったのだろうか。


 万里子に関して望が知っていることは少ない。しかし身にまとう空気や卑屈な態度から、いじめの標的にされやすいタイプだとは判断できた。

 可哀想だな、と望は思った。万里子に哲朗の影を重ねた。

 明確にいじめられてはいなかったようだが、哲朗は同級生から疎まれる存在だった。万里子も哲朗も、相手の気分を害させる何かを持っているということでは、似たタイプだ。


「ご、ごめん。拾ってもらっちゃって……」

 個室から出てきた万里子は、望の手の中のものを見て、おどおどと謝った。

「汚いから、須田くんは触らないほうがいいよ」

 奪い返すかのような勢いで、望の手から自分の持ち物を受け取る。


「あっ……」

「ん? どうした?」

「ううん、なんでもない」

「何、言えよ」


 望が促すと、万里子は地図帳の表を見せて、

「これ、図書館で借りた本なの。濡らしちゃったから、返すとき図書館の人に怒られるかな」


「事情話せば大丈夫なんじゃね?」

「でも借りるとき、貴重な資料だって言ってたから……」

「え、そうなの?」

 確かに古そうな本ではあるけれど……と、表紙の文字に目を走らせ、望は驚愕した。

「これ何? S町の住宅地図?」


 万里子の持つ地図帳の表紙には、S町という表記の他に、昭和二十九年と記されていた。

 望は素早く頭の中で計算する。昭和二十九年は、六十八年前だ。

 珠代が姿を消した年。


「なんでそんなもん、わざわざ図書館で借りたの?」

 望は尋ねた。鼓動が速まったのは、予感がしたからだ。

 今から自分は、重要な繋がりを手にする。そんな期待があった。


「うち、今、人を探す手伝いをしていて」

 万里子は答えた。

「六十八年前に、視影で行方不明になった人なんだけど……」


「それで、どうして地図なんか」

「当時視影に住んでいた人から、行方不明事件について詳しく聞けたらと思って。何か手がかりをつかめるかもしれないから。それでまずは当時の住民を探すことにしたの。住宅地図には、世帯主の名前が載っていたりするでしょう? ひとりくらい、珍しい苗字の人がいなかったかなって。えっと、ほら、ありふれた苗字だと難しいけど、珍しい苗字の人だったら記憶に残りやすいし、視影を出てからの足跡も辿りやすいかなって」


 さっきから心臓が痛いくらいに脈打っている。望は続けて尋ねた。

「あのさ……その、探しているのはなんて人?」


「え? 名前?」

「そう」

「瀬良……珠代って人」


 ああ、繋がった。全身に鳥肌が走る。

「俺、その人のこと知ってるよ。昔会ったことあるから」

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