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47話 弟、乱入

「僕は――」

 迷いを感じさせない口調で、隆平は答えた。

「圭太とこれからも友達でいたいです」


「わかった。ありがとう」

 圭太の母は真剣な顔でうなずいた。それから隆平の母に向き直り、

「隆平くん本人がそう言っているので、遠野さんがさっきおっしゃったような約束はできません」


「何を馬鹿なことを……」

 隆平の母が肩を震わせる。

「子どもの意見なんて二の次じゃないの!」

 顔を真っ赤にして、声を荒げた。

「息子はまだ何がどんなふうに自分へ影響するのか、わかっていないんです! そんな子どもの意見をいちいち優先させられるわけないでしょう!」


 すると圭太の母、諭すように返した。

「隆平くんはもうある程度のことは自分で判断できる年齢じゃないですか」


「そういった親の油断が、子どもの将来を捻じ曲げるんです!」

「いいえ、油断ではありません。信頼ですよ。遠野さんも隆平くんのことをもう少し信じて、委ねてあげたらどうですか?」


 二人のやりとりを聞きながら、圭太は母を頼もしく思った。隆平の母の剣幕に、最初はたじたじとなっていた母だったが、今やすっかり調子を取り戻している。


「確かに息子がお宅の庭に侵入したのは悪い事です。しかし遠野さんの目から見て、うちの息子はそんなにひどい子ですか? 遠野さんはうちの息子の何を知っているのですか? 本当に息子は、隆平くんに悪い影響を及ぼすのでしょうか? 二人は小学校からの友達です。遠野さんの考えが正しいのなら、息子と長い付き合いのある隆平くんはとっくに悪い影響を受けて、道を踏み外しているはずです。だけど今も昔も、隆平くんはとてもいい子ですよね? 隆平くんがいい子なのは、うちの息子が悪い影響を与えてなんかいないという証明になりませんか?」


「ですが実際、お宅の息子さんがうちに押しかけてきた日、隆平はわたしに反抗したんです。息子さんの存在が、隆平に悪い影響を与えたんです」

「中学生なんだから、親に反抗くらいしますよ」

「いいえ、隆平に限ってそんなことはありません」


「いい加減にしろよ!」

 突然、隆平が怒鳴り声を上げた。びくりと肩を震わせ、母は息子に目を向けた。

「い、い、いつもそうだよ。母さんは、いつだって自分が正しいと思ってる! 自分はなんでもわかっている気でいる! で、でもそんなの全部母さんの気のせいなんだよ。独りよがりなんだよ!」

 大声を上げることに慣れていない者特有の、不安定な抑揚で、隆平は訴えた。

「どうして他人の意見を真っすぐ受け止められないの? どうして自分の中で都合よく捻じ曲げようとするの? どうして自分の枠の中でしか物事を判断できないの? どうして僕の友達のことを悪く言うの? 本当に僕のためを思うなら、僕の友達にひどいこと言ったりなんかしないはずだよ。僕は絶対母さんみたいな人間になりたくない。だから母さんには従わない。母さんの言いなりにはならないよ。僕は僕の意思で、これからも圭太と友達でい続けるから。文句は言わせないから」


 最初、隆平は俯いていた。しかしすべてを言い終える頃にはしっかりと視線を上げ、母親の目を射抜いていた。

 沈黙が流れた。

 隆平の母は青ざめた顔で、口をぱくぱくとさせている。息子の本音を前に、言葉が出ないようだった。


 門扉を開け閉めする音が、沈黙を破った。続いて無邪気な声と、軽快な足音が聞こえくる。

「ただいまー」

 颯太だ。


「あれえ? 隆平くんが来てるー」

 この場の緊迫した空気にもまったく気後れすることなく、颯太はゆうゆうと隆平の母の横をすり抜けた。

「あ、こんばんはー」

 朗らかに挨拶する颯太を、隆平の母は無言で一暼する。

「お母さん、兄ちゃん、ただいまー」


「遅かったのね、颯太。早く家の中入りなさい」

「あのねえ、本郷のおじいちゃんが田んぼの周りうろうろしてたから、家まで送ってあげてたの。そんでお礼に、おばさんから桃もらっちゃった」

「そうだったの。桃、冷蔵庫入れておいてくれる?」

「うん」

「早く家の中入って。おばあちゃん待ってるわよ」


「はーい」と返事をしたものの、颯太はなぜかまだこの場にとどまり続けた。にこにこと隆平に笑いかける。

「隆平くん、会うの久しぶりだねえ」


「う、うん、そうだね」

「あ、そうだ、隆平くんにこれあげるね」


 ごそごそと鞄を探り、颯太は布製の小さなマスコット人形を取り出した。頭のてっぺんにひもがついている。ストラップだろうか。

「今日部活で作ったの。ほら、これとお揃い」

 颯太は肩から下げた鞄を、隆平のほうに傾けた。肩ひもについた、犬とも猫ともとれる奇妙な造形のマスコット人形が揺れる。


「あ、えっと、颯太は家庭科部なんだっけ?」


「うん、そうだよ。どう? このストラップ可愛いでしょ?」

 颯太は得意げに鼻を鳴らした。

「兄ちゃんにも同じの渡しておくね。明日祥吾くんにあげて」


「わかった、渡しておくよ」

 圭太は苦笑まじりに、歪なストラップを受け取った。


 颯太の所属する家庭科部は女子部員が中心で、男子は颯太ひとりだけだ。いつも女子にまざって、颯太は手芸やお菓子作りを楽しんでいる。

 颯太が家庭科部に入ると言ったとき、両親は心配した。男の子なんだから、運動部のほうがいいんじゃないか。男子生徒が家庭科部なんて、からかいの対象になるんじゃないか。

 しかし現在まで、颯太はなんの問題もなく部活動を続けている。小さい頃から可愛らしいものが好きで、他人と競うことが苦手だった颯太には、家庭科部の活動が性に合っているようだ。


「すごく可愛いね。ありがとう」

 隆平は受け取ったストラップを大事そうに手のひらで包んだ。

 息子の手元を、隆平の母は汚いものでも見るかのように覗いた。

「兄が兄なら、弟も弟……」

 ぶつぶつと言っているのが、圭太の耳にも届く。


 隆平にストラップを渡せて満足したらしく、颯太はおとなしく家の中に入った。


「ええっと……」

 圭太の母が声をもらし、その後に続く言葉を探して口ごもった。

 緊張感のない颯太の振る舞いが、さっきまでの場の空気をなかったものにしていた。


「母がご迷惑をおかけしました。失礼します」

 この隙にとばかりに、隆平は母を促した。

「帰ろう、母さん」


「でも、まだ……」

「もう夜遅いよ。こんな時間に非常識だよ」


 息子の指摘に、隆平の母はしぶしぶといった様子で従った。

 帰り際、隆平は圭太に目配せをした。

 迷惑かけてごめん。そう言われている気がして、圭太は急いで首を横に振った。

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