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43話 生贄の娘

「人身御供」

 祥吾がつぶやいた。


「何それ」

「人間を神様への生贄として差し出すことだよ」


 へえ、と圭太は感心した。視影の住民は災厄を止めるために、神頼みをしたということか。生贄を捧げますから、どうか神様助けてって? それってまるで――

「漫画の中の出来事みたいだな」


「うん。だけど実際に行われていたことなんだよ。視影の有力者たちはきっと、災いをもたらすほどの力を得た娘を、神と位置づけたんだろうね。生贄を差し出す代わりに、どうかその怒りを鎮めてくれないか。儀式の内実は、神との交渉だったのかもしれない」


「でもさあ」

 そこで望が口を挟んだ。

「それってせっちゃんが若い頃の話でしょ? じゃあそんなに昔でもなくない? 生贄とかそういうのって、もっと遥か昔にやってたことなんじゃないの?」


「一部の閉鎖的な地域では、こうした因習が長く根付いていた可能性があるんだよ」

 祥吾が重々しく言った。望はまだ納得のいかない顔で、首を傾げている。

 ここで自分たちが意見を出し合ったところで、真相がわかるはずなどない。圭太は話の方向を変えた。

「普通、生贄になった人はどうなるの?」


「生贄の役目は決まってる。死ぬんだよ」

「じゃあ珠代さんは死ぬとわかってて、視影に来たわけ?」

 縁もゆかりもない土地の人のために?


(なんていうんだっけ、こういうの。えーっと……自己犠牲?)


「すごいな、珠代さん」

 圭太はため息をついた。


 奥野が小さく首を振る。

「珠代姉ちゃんは自分を生贄にするなんて、考えてもいなかったはずだよお」


「ええ? どういうこと?」

 圭太はぎょっとして尋ねた。


「珠代姉ちゃんは何度も俺に妹の話をしてくれたんだあ。故郷で待つ妹のことを、珠代姉ちゃんはとっても大事に思ってたんだよお。姉ちゃんが帰られねば、妹は心配するだろう。そんだら珠代姉ちゃんは生贄なんて引き受けるわけねえべ。大事な妹悲しませるような真似しねえだろよ」


「……それじゃあ、珠代姉ちゃんは騙されて生贄にされちゃったの?」

 望の声が暗くなった。

「珠代姉ちゃん、可哀想じゃんか……」


 望がもらした言葉に、圭太は深くうなずいた。

 珠代は巫女として、儀式を執り行うため視影を訪れた。それがまさか自身が生贄となる儀式だとは想像もしていなかったはずだ。

 儀式を計画した者たちは、最初から珠代を生贄とするべく呼び寄せたのだろう。珠代は彼らに嵌められたのだ。

 それがどのようなやり方だったのか、直接だったのか間接だったのか、もはや見当もつかないし想像もしたくない。とにかく今の話から推し量れるのは、六十八年前、珠代は山中で殺された、あるいは命を落とすよう仕向けられたということだった。

 生贄の体裁は整った。

 そして珠代の死は隠ぺいされ、表向き彼女は逃亡したことになった。おそらく故郷で待つ家族にも、そう伝えられたのだろう。


「つまり珠代さんは今もまだ視影にいて、自分を騙した者たちを恨んでいると……」

「きっとそうだよお。珠代姉ちゃんの魂は救われないまま、今もあの山の中をさまよっているんだ」


 奥野は背後に置かれた茶箪笥の引き出しを開け、巾着袋を取り出した。手の平に向け、袋の口を振る。小さな鈴が転がり出た。


「これは?」

 圭太は奥野の手の平を凝視した。


「珠代姉ちゃんと揃いで持っていた鈴だ」

 長い年月を経て、鈴は曇り、青さびが浮いていた。しかし細かな傷がないところを見ると、大切に扱われてきたのだろうとわかる。


「四年前、俺たちは視影の山の中で花やお供え物が置かれているのを見たんだ。あれをやっていたのは、ばあちゃんだったの?」

 祥吾が尋ねた。

「珠代さんのためにお供えしていたの?」


 圭太は記憶をたどる。祥吾ほど詳細に覚えてはいないが、確かにあの日、そのような光景を見た気がした。


「今もまだ、あそこに珠代姉ちゃんがいるような気がしてねえ、ときどき花を手向けに行ってたんだあ。そのうち目の前に珠代姉ちゃんが出て来てくれると思ったんだけんど、足がこんなになってからはおれも視影に行けなくなってなあ……。とうとう珠代姉ちゃんには会えんかった」

 おもむろに、奥野は頭は下げた。

「お願いだよお……あんたらで珠代姉ちゃんの魂を救ってやってくれんかねえ……」

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