40話 自分から通話が切れないタイプ
「俺の大伯母だよ」
「大伯母さん?」
「俺のばあちゃんの、お姉さん」
「どうして探してるの?」
「ばあちゃんが会いたがってるから。俺のばあちゃん、今入院中でね、もうそんなに長くないんだ。最後にせめて、行方不明になった姉を探し出して会わせてやりたいと思ってね」
「あら、やさしいお孫さんですこと」
万里子が口元に手をやり、くすりと笑った。
おや、と辺見は意外そうに眉を上げた。ついさっきまでの万里子の発言には、どこか自信のなさが漂っていた。それが今は、辺見を茶化すような表情を浮かべている。
「大伯母さんは、視影に住んでいたの?」
万里子が瓦礫の上に腰を下ろした。
「ううん、違うよ。大伯母は行方がわからなくなるまで、俺のばあちゃんと一緒に住んでいたんだ。東北にある、G町というところだよ」
辺見は万里子と向かい合う位置に、あぐらをかいた。
「それじゃあどうして、こんなところまで大伯母さんを探しに来たの?」
「大伯母が消息を絶ったのが、ここ視影なんだよ。今から六十八年前だ」
「じゃあ、ええっと、あなた……」
「ああごめん、名乗ってなかったね。辺見大輔。普段はA県の大学に通ってる、学生だよ」
「辺見さんは、大伯母さんの行方を探るため、ここへ来たのね?」
「そうだよ。手がかりを見つけたくてね。四月からずっと遠方の親戚なんかを渡り歩いて、以前に大伯母さんが訪ねて来たことがなかったか訊いて回ってたんだ。だけど目ぼしい情報は出て来なかった。それで消息を絶った場所から辿っていこうと思いついてね、とうとうここまで足を伸ばしたわけだ」
「そうなのね。だけど、さっぱりわからないわ。どうして東北に住んでいた大伯母さんが、視影で消息を絶つことになったの?」
「それは……」
辺見は一度、舌で唇を湿らせてから言った。
「大伯母が、巫女としてここへ招かれたからだよ」
「へえ、巫女さん」
「大伯母は視影の災厄を鎮めるために、この地へ呼ばれた。そして儀式の最中に行方がわからなくなったんだ」
「ねえ、大伯母さんの名前、聞いてもいい?」
「珠代。瀬良珠代だけど……」
辺見は答え、万里子の反応を窺った。
「どうかな? 聞き覚えがあったりしない? 瀬良だけでも、珠代だけでもいいんだ。そういう名前の人を知らないかな?」
万里子は少しの間小首を傾げ、考える顔になった。やがて、
「知らないわ」
と頭を振る。
「でも、珠代さんが行ったという儀式の内容なら教えてあげられるわよ」
「え、知ってるの? どうして?」
そこで万里子は、口元に意味深な笑みを浮かべた。
「さあ、どうしてかしら」
気味が悪い子だな、と辺見は思った。大伯母の話題になってから、万里子の口調に作為的なものが混じるようになった。
自分は、万里子にからかわれているのだろうか。
真意を探ろうと、辺見は万里子の目を覗きこんだ。すると万里子は何かを隠すかのように素早く目を細めた。
(そろそろ話を切り上げてもいいかもしれないな)
大伯母が行った儀式の内容を知ったところで、現在の行方に繋がる可能性は低いだろう。大伯母の名前を聞いても、万里子の反応は薄かった。
彼女から有力な手がかりは得られそうにない。
辺見は腰を浮かせた。
「悪いけど、もう時間が――」
辺見の言葉を遮って、万里子は語りはじめる。
「まずは、儀式が行わることになった経緯ね」
反射的に辺見は座り直した。そういえば、と思い出す。自分も通話の切りどきがわからず、つい相手の話を長々と聞いてしまうタイプだった。




