37話 関係ないこと
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圭太と望は、校門前にいた。
「祥吾はまだなの?」
ちらりと時計を見やり、望が言う。これから奥野を探しに行く約束だが、祥吾が姿を見せない。
「教室出るまでは一緒だったんだけど、途中で木梨さんに引っ張られて行っちゃって」
圭太は答えた。
あゆみに手を引かれ、祥吾は困り果てた顔をしていた。何か圭太にはわからない、込み入った話でもあるのだろうと思った。
「祥吾と木梨の組み合わせって、初めて聞いたわ」
「付き合ってんだよ、二人」
「へえ」
望の反応は薄い。
もっと驚くかと思ったのに。圭太はがっかりした。
望はグラウンドに友人の顔を見つけたのか、「おーい」と手を振った。野球部の連中が一瞬驚いた顔をし、手を叩いて笑う。
「ぎゃあ、望が学校来てる!」
「やっべえ、超レアじゃん」
騒ぐ彼らに向け、望は不敵な笑みを放った。
「お前ら驚きすぎじゃねー?」
学校に寄りつかないわりに、望は友達が多い。誰も彼も望を見つけると頬をゆるめ、砕けた態度を見せる。
「望って謎だよな」
圭太は言った。
「なんだよ、謎って」
「苦手な奴とかいなさそう。誰ともでうまくやれそう」
「なんだよそれ、馬鹿にしてる? 俺がお調子者だとでも言いたいわけ? 俺こう見えて人見知りだし、傷つきやすいんだけど」
繊細さの表現なのか、望は物憂げな顔で両腕を体に巻きつけた。その後すぐに、
「なんてね、嘘嘘。実際、ノリ軽すぎって言われること多いしー」
ゲラゲラと笑い飛ばす。
しかし圭太は、一緒になって笑うことができなかった。
昼休み、望は圭太と祥吾の前で涙を流した。圭太は初めて、望の心の柔らかいところを垣間見た気がしていた。
普段見せている軽薄な言動は、鎧なのかもしれない。望はやはり、こちらが思っていた以上に繊細なのだ。
「あ、しーちゃん何してんのー?」
望は新たに女子のグループを見つけて話しかけた。
「望くん今日来てたんだあ?」
しーちゃんと呼ばれた女子が目を丸くする。しーちゃんの周りの女子が、望を見てきゃあきゃあと色めきたった。
「望くん最近全然遊んでないらしいじゃん? 先輩に聞いたよー」
「そうそう俺真面目になったから。もう三年だしね」
女子たちは望の言葉を本気と捉えず、笑い声を上げた。
「ウケるー」
「とか言ってどうせこの後遊びに行くんでしょー?」
「行かないよお。ていうかしーちゃんたちはどこ行くの?」
「えー、うちらー? チャリ置き場ー」
「なんで? みんなチャリ通じゃなくない?」
望の疑問に、女子たちは一斉に無言になった。意味ありげに視線を交錯させている。
ひとりが口を開いた。
「曽根さんがチャリ通だから、一緒に自転車取りに行ってあげるの」
別のひとりが同調する。
「あ、そうそう。曽根さん、今日これからうちらと一緒に帰るんだもんねー?」
彼女らが笑いかけたのは、先程からただひとり俯き続けたままの女子だった。
「ね? 一緒に帰るだけだよね?」
強く促され、その女子は微かにうなずきを見せた。
なんだろう、妙な空気だ。女同士の機微に疎い圭太でも気づく、わかりやすい温度差が彼女たちの間にはあった。
「じゃあ望くん、またねー」
女子グループが自転車置き場へと移動しはじめる。その背中に向かって、望はのんびりと声をかけた。
「バイバーイ! みんな、いじめとかしちゃだめだよー!」
「ええ?」
振り返った彼女たちは、皆一様に青ざめた顔をしていた。
「やだなあ、いじめって何?」
望は悠然と返す。
「別に。なんでもないよ」
「もう、変なこと言わないでよ」
しーちゃんと呼ばれる女子が、不自然な笑みをこぼした。とにかくこの場をやり過ごそう。そんな考えが透けて見える表情だった。
「行こっか」と女子グループは言い合い、今度こそ自転車置き場に向かった。
彼女らがいなくなったのを確かめ、圭太は尋ねた。
「いじめとか何? 急にどうしたの」
「だってグループの中にひとりだけ雰囲気違うっていうか、テンション低い子いたじゃん?」
「ああ、曽根万里子でしょ?」
ずっと俯いていた女子だ。同学年の彼女を、望は知らないらしい。望と万里子ではタイプが違いすぎるから、今まで目がいかなかったのもしれない。
「確かに曽根さんは、ああいう派手なグループと付き合う感じじゃないよなあ」
それどころか、誰かと一緒にいるところを初めて見た気がする。曽根万里子は物静かな生徒だ。普通にしていれば目立たない存在と言えるだろう。
だが、面倒な連中に目をつけられてしまった。あの過剰にびくついた態度がおそらく原因だろう。ある種の人間は、彼女の態度に加虐心を刺激されるのかもしれない。
「曽根さんは、あのグループからいじめられてるのか」
「わかんないけど、あの子だけなんか怯えてたじゃん? 大人数でぞろぞろチャリ取りに行くのも変だったし。それでまあ注意じゃないけど……一応釘差しておこうかなって。いじめられないといいよな、あの子。俺、いじめとか可哀想で嫌なんだよね」
そうは言ってもこれ以上は首を突っこむ気はないらしく、望はすぐに話題に変えた。
圭太にも、万里子を気にかける理由がなかった。万里子がいじめられようが何されようが、自分にはまったく関係のないことだ。だからすぐに彼女のことは忘れ、新たな話題に意識を向けた。




