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37話 関係ないこと


 ■ ■ ■


 圭太と望は、校門前にいた。


「祥吾はまだなの?」

 ちらりと時計を見やり、望が言う。これから奥野を探しに行く約束だが、祥吾が姿を見せない。


「教室出るまでは一緒だったんだけど、途中で木梨さんに引っ張られて行っちゃって」

 圭太は答えた。

 あゆみに手を引かれ、祥吾は困り果てた顔をしていた。何か圭太にはわからない、込み入った話でもあるのだろうと思った。


「祥吾と木梨の組み合わせって、初めて聞いたわ」

「付き合ってんだよ、二人」

「へえ」


 望の反応は薄い。

 もっと驚くかと思ったのに。圭太はがっかりした。


 望はグラウンドに友人の顔を見つけたのか、「おーい」と手を振った。野球部の連中が一瞬驚いた顔をし、手を叩いて笑う。

「ぎゃあ、望が学校来てる!」

「やっべえ、超レアじゃん」


 騒ぐ彼らに向け、望は不敵な笑みを放った。

「お前ら驚きすぎじゃねー?」

 学校に寄りつかないわりに、望は友達が多い。誰も彼も望を見つけると頬をゆるめ、砕けた態度を見せる。


「望って謎だよな」

 圭太は言った。


「なんだよ、謎って」

「苦手な奴とかいなさそう。誰ともでうまくやれそう」

「なんだよそれ、馬鹿にしてる? 俺がお調子者だとでも言いたいわけ? 俺こう見えて人見知りだし、傷つきやすいんだけど」


 繊細さの表現なのか、望は物憂げな顔で両腕を体に巻きつけた。その後すぐに、

「なんてね、嘘嘘。実際、ノリ軽すぎって言われること多いしー」

 ゲラゲラと笑い飛ばす。


 しかし圭太は、一緒になって笑うことができなかった。

 昼休み、望は圭太と祥吾の前で涙を流した。圭太は初めて、望の心の柔らかいところを垣間見た気がしていた。

 普段見せている軽薄な言動は、鎧なのかもしれない。望はやはり、こちらが思っていた以上に繊細なのだ。


「あ、しーちゃん何してんのー?」

 望は新たに女子のグループを見つけて話しかけた。


「望くん今日来てたんだあ?」

 しーちゃんと呼ばれた女子が目を丸くする。しーちゃんの周りの女子が、望を見てきゃあきゃあと色めきたった。


「望くん最近全然遊んでないらしいじゃん? 先輩に聞いたよー」

「そうそう俺真面目になったから。もう三年だしね」


 女子たちは望の言葉を本気と捉えず、笑い声を上げた。


「ウケるー」

「とか言ってどうせこの後遊びに行くんでしょー?」

「行かないよお。ていうかしーちゃんたちはどこ行くの?」

「えー、うちらー? チャリ置き場ー」

「なんで? みんなチャリ通じゃなくない?」


 望の疑問に、女子たちは一斉に無言になった。意味ありげに視線を交錯させている。

 ひとりが口を開いた。

「曽根さんがチャリ通だから、一緒に自転車取りに行ってあげるの」


 別のひとりが同調する。

「あ、そうそう。曽根さん、今日これからうちらと一緒に帰るんだもんねー?」


 彼女らが笑いかけたのは、先程からただひとり俯き続けたままの女子だった。

「ね? 一緒に帰るだけだよね?」

 強く促され、その女子は微かにうなずきを見せた。

 なんだろう、妙な空気だ。女同士の機微に疎い圭太でも気づく、わかりやすい温度差が彼女たちの間にはあった。


「じゃあ望くん、またねー」

 女子グループが自転車置き場へと移動しはじめる。その背中に向かって、望はのんびりと声をかけた。

「バイバーイ! みんな、いじめとかしちゃだめだよー!」


「ええ?」

 振り返った彼女たちは、皆一様に青ざめた顔をしていた。

「やだなあ、いじめって何?」


 望は悠然と返す。

「別に。なんでもないよ」


「もう、変なこと言わないでよ」

 しーちゃんと呼ばれる女子が、不自然な笑みをこぼした。とにかくこの場をやり過ごそう。そんな考えが透けて見える表情だった。

「行こっか」と女子グループは言い合い、今度こそ自転車置き場に向かった。


 彼女らがいなくなったのを確かめ、圭太は尋ねた。

「いじめとか何? 急にどうしたの」


「だってグループの中にひとりだけ雰囲気違うっていうか、テンション低い子いたじゃん?」

「ああ、曽根万里子でしょ?」


 ずっと俯いていた女子だ。同学年の彼女を、望は知らないらしい。望と万里子ではタイプが違いすぎるから、今まで目がいかなかったのもしれない。


「確かに曽根さんは、ああいう派手なグループと付き合う感じじゃないよなあ」


 それどころか、誰かと一緒にいるところを初めて見た気がする。曽根万里子は物静かな生徒だ。普通にしていれば目立たない存在と言えるだろう。

 だが、面倒な連中に目をつけられてしまった。あの過剰にびくついた態度がおそらく原因だろう。ある種の人間は、彼女の態度に加虐心を刺激されるのかもしれない。

「曽根さんは、あのグループからいじめられてるのか」


「わかんないけど、あの子だけなんか怯えてたじゃん? 大人数でぞろぞろチャリ取りに行くのも変だったし。それでまあ注意じゃないけど……一応釘差しておこうかなって。いじめられないといいよな、あの子。俺、いじめとか可哀想で嫌なんだよね」


 そうは言ってもこれ以上は首を突っこむ気はないらしく、望はすぐに話題に変えた。

 圭太にも、万里子を気にかける理由がなかった。万里子がいじめられようが何されようが、自分にはまったく関係のないことだ。だからすぐに彼女のことは忘れ、新たな話題に意識を向けた。

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