34話 呪いの本質
祥吾が望との約束に指定した資料室は、本校舎一階の西側に位置していた。資料室と名前がついているが、実態は、使わなくなった教材の保管庫だ。
吹奏楽部に所属する祥吾は、部活中よくこの部屋で個人練習をしているのだという。
「ここなら静かだから、話をするのにちょうどいいだろう」と祥吾は説明した。
望は四限目の途中から登校したらしい。
「先生に、学校来ただけえらいって褒められちゃったよ」
と苦笑いを浮かべながら資料室に入って来た望だったが、すぐに表情を暗くし、明充の身に起きたことを語った。
明充は昨日、突然脚の感覚がなくなり、病院へ運ばれた。
救急車を呼んだのは、その場に居合わせた望だった。そのまま病院まで付き添い、明充の両親が駆け付けたところで、昨夜は帰宅した。今朝は面会時間がはじまるのに合わせ、明充の病室へ行って来たのだという。
「明充と少し話ができたよ。昨日のうちにできる検査はしたけど、まだはっきりとした原因はわかってないらしいんだ。一応脳の異常ってことで今日も検査するみたいだけど、医者も首をかしげてるって。なんていうかさ、明充の症状は不可解だっていうんだ」
「呪いが発動したのかもしれない」
祥吾がつぶやいた。
「うん、そうだよ」
望の口調には不思議なほど迷いがない。
圭太は尋ねた。
「なんでそう言い切れるの?」
「哲朗の症状も、同じく不可解だったから」
「哲朗? 望、今でも哲朗と繋がりあるの?」
「前に偶然再会したんだよ」
「なんだ、そうだったのか。俺たち哲朗の連絡先がわからなくて困ってたんだよ。呪いが発動するかもしれないって、哲朗に知らせたくて……あれ?」
そこで圭太は気づいた。
「今、哲朗の症状もって……」
「そうだよ。哲朗にかけられた呪いはもう発動した」
「じゃあ明充みたいに哲朗も?」
「ううん、哲朗の場合は脚じゃなかった。全身が発疹に覆われて、四六時中痒みに悩まされるようになったんだ。それで――」
望の口が重くなる。
「哲朗、今は?」
祥吾が尋ねた。
「うん……」
望の答えを聞き、圭太は衝撃に打たれた。
「哲朗は死んだんだよ。痒いのはもう耐えられないって……自殺だった」
何も言葉を返せなかった。圭太のすぐ横で祥吾は、「そんな……」と声を震わせている。
「あの日、バケモノは隆平に言ったんだよな? お前たちから奪ってやるって。それ聞いて俺、いつか殺されるのかなってビビってたんだ。だけど、どうも奪われるのは命じゃないみたいなんだ。これから俺たちも明充や哲朗みたいに、体の機能を奪われるんだ」
望は祥吾にすがりついた。
「祥吾は呪いを解くつもりなんだよな? それってどうやるの? 俺は何をすればいい? 俺なんだってするよ。本当に呪いが解けるの?」
望の口から、嗚咽がもれる。
「俺、怖いよ。何も奪われたくない」
今さらながら、圭太は思い至った。
望は昨日、見てしまったのだ。明充の呪いが発動する瞬間を。明充の体から大事なものが奪わる瞬間を。それに望は、呪いが発動した後の哲朗の姿だって、その目で見続けてきた。
今この場で、呪いの恐ろしさを一番知っているのは望だ。
「哲朗はさ、俺だけは呪いをかけられてないんじゃないかって言ってくれたんだ。でもやっぱり、そんなの気休めだよな。だって隆平はあの日穴倉の中に――バケモノの棲み処に入ってすらいないのに、呪いの言葉を聞かされたんだから。俺なんて確実に呪われてるよ。どうしよう俺、体が不自由になるなんて絶対嫌だ」
泣きじゃくる望を、圭太と祥吾は必死に宥めた。
呪いを解く手がかりを見つけたかもしれないと告げると、望はいくらか落ち着きを取り戻した。
「手がかりって?」
涙を拭いた望に、奥野の存在を教える。
「俺と圭太は今日の放課後、奥野のばあちゃんを探して色々尋ねてこようと思う」
祥吾がそう言うと、望の目に力が戻った。
「じゃあ俺も一緒に行くよ」
それから三人は放課後に校門前で集合する約束をして、資料室を出た。
ふと思い出し、圭太は尋ねた。
「そういえば望、明充とケンカした?」
二人の仲は今、気まずい状態なのでは。昨日部室棟で話をしたとき、明充の口ぶりからそう推測していた。
望はけろりとした様子で答えた。
「ケンカ? うん、してたよ」
「大丈夫なの?」
「ああ、もう平気。今朝ちゃんと話をして、お互い変な勘違いしてただけってわかったから」




