32話 卑屈野郎
「哲朗が死んで、次は俺たちが呪いを受ける番かもしれない。だからその前に、ちゃんと明充と話をしておきたかったんだ。いつかとか今度でいいやとか考えてる余裕、今の俺たちにはないみたいだしさ。後悔したくないと思ったんだ。俺、大事なことを話せないまま友達と別れるなんて、もう嫌なんだよ」
語尾が激しく揺れる。
望は鼻をすすり上げ、言葉を重ねた。
「俺って何もないんだ。何やっても中途半端で、だめな奴なんだ。ただ一つだけ、明充の友達だってことが俺の誇りだった」
明充は静かに望の話を聞いた。
内心では、こいつは何を言っているんだろうと混乱していた。
(俺を誇りに思っているだって?)
こんな惨めったらしい人間を友達に持ったって、誇れるわけないだろう。
だが、切々と望は続ける。
「走ることにストイックで、ちゃんと努力ができる明充を尊敬していた。それなのに――」
そこで目を伏せ、少しの間呼吸を整えた。
「俺は明充の努力を踏みにじるようなこと言ったんだよな。誰よりも近くで明充の頑張る姿を見てきたはずなのに」
「いや……」
明充は気づいた。
望は何か勘違いしている。
明充が望からのプレゼントを拒絶したのは、あの瞬間、裏切られたと感じたからだった。
ずっと望の存在に救われてきた。
輪の中心に立って、教室で幅をきかせていたのは昔のこと。中学生になって間もなく、かつての友人たちは手の平を返すように自分から離れていった。それどころか今度は逆に、小馬鹿にする態度さえ見せはじめた。
そんな中、望だけは以前と変わらぬ態度で接してくれた。明充にとって、望だけが本当の友達だった。
自分と望は対等な関係だと思っていた。だから、シューズをプレゼントされたのがショックだった。貧乏な自分に、望は施しを与えたつもりなのだろう。
自分たちは対等なんかじゃなかった。自分は望から見下されていたのだ。望もまた、他の連中と同じだった。
信じてたのに……。
失望は怒りへと変わり、明充にあのような行動を起こさせたのだった。
「これを履いて走ればいい記録が出せるだなんて、冗談でも言うべきじゃなかったよな。明充の努力は本物だった。何履いてたって、明充なら新記録を出せるのに。何もできない俺なんかが、頑張ってる明充を否定するようなこと言って悪かった。ほんと責められて当然だよ」
勢いよく、望は頭を下げた。
「ちゃんと謝らないまま、今まで逃げ続けてごめん」
違うんだ、と明充はかぶりを振った。
最初から、望は自分を見下してなんかなかったのだ。
(俺が勝手に卑屈になってたんだ。望の厚意を素直に受け止められなかった俺が悪いんだ)
望は何も悪くない。
そう伝えたくて、明充は口を開く。瞬間、頭の中で何かが弾けたような感覚がした。
がくりと、明充は地面に両膝をついた。そのままうつ伏せに倒れた。
「明充!」
駆け寄ってくる望の靴先が見えた。
「どうした? 大丈夫か?」
望の問いに、明充は答えられない。自分の身に何が起こったのかわからない。
(どうして俺は今、倒れている?)
とにかく起き上がろうと、両腕を突っ張る。続いて膝を立てようとして、異変を感じとった。
脚に力が入らない。
力を入れているつもりが、まったく動いてくれない。いいやそれどこから、脚の感覚が――ない?
全身からどっと冷や汗が吹き出た。
「どうした明充、動くの辛いのか? どっか痛い? 苦しい? 気持ち悪い? 大丈夫?」
黒目だけ動かし、明充は望を見上げた。倒れたまま一向に起き上がる気配のない友達を前に、望は激しく動揺している。
「明充大丈夫? 大丈夫だよな?」
繰り返し問いかけながら、望は震える手でスマホを操作している。
「救急車……」
その間、明充はうわ言にようにつぶやき続けた。
「俺の脚……どうしよう……なんで……どうして……」