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26話 曽根万里子


 ■ ■ ■


 二人の気配が完全に遠くなるのを待って、曽根万里子は隠れ場所から這い出た。倒壊した家の真下にくぼみがあり、窮屈だが身を隠せるようになっている。


 今のは確か、宮本くんと八幡くんだったかな。服についた土埃を払いながら、万里子は思った。

 どうして二人はこんなところにいたのだろう。

 自分も視影に踏み入っておきながら、万里子の頭に疑問が浮かぶ。宮本くんたちは、視影の噂が怖くないのかな。


 万里子が初めて視影に入ったのは、二年ほど前。かるい気持ちで侵入し、一目でその風景に魅了された。以来、頻繁に通うようになった。

 同級生からひどい扱いを受けたとき、両親や教師に叱られたとき、気持ちが沈みそうなとき、決まって視影の風景の中に身を置きたくなる。万里子にとって視影は、隠れ家であり遊び場だった。倒壊した家屋、瓦礫、粉々になったガラス片、雑草に埋め尽くされた道――独特の物寂しい空気は、いつも万里子の心を慰めてくれた。


 おとなしい性格のせいか、昔からからかわれたり仲間外れにされることが多かった。それが中学に上がると、本格的ないじめへと発展した。

 来る日も来る日も、万里子は学校で陰湿な嫌がらせを受け続けた。すれ違いざまに睨まれ、舌打ちをされ、持ち物を壊された。


 振り返ってみると、最初に視影に侵入したとき、自分はやけっぱちになっていたのかもしれない。辛い日常に耐えきれず、いっそ自分の身を危険にさらしてしまおうかと。そんな思いから、忌み地として存在を黙殺されている視影へと行き着いた。

 私物を運びこみ、傷みの少ない廃屋を選んで自分の居場所とした。そうして心ゆくまで、万里子はひとりきりの静かな時間を楽しんだ。

 時折、柄の悪い連中が視影を訪れることがあった。そんなときのために、万里子は咄嗟に身を隠せる場所についても検討した。視影で過ごしていることを周りに知られないよう、いつも細心の注意を払って行動した。


 二つの人影が見えた瞬間、当たりをつけておいた隠れ場所に入りこんだ。瓦礫の隙間から人影の動向を盗み見て、二人が同じ学年の男子だと気づいた。


 あの二人も、どうせ肝試しか何かで視影にやって来たのだろう。すぐに飽きて帰るに決まっている。


 何度となく足を踏み入れてきた万里子は、視影が心霊スポットでないことを知っている。幽霊はいない。怪現象なんて起こらない。ここはただの寂しい場所でしかない。忌み地云々という話は、ただの噂だ。


 しばらく訪問者を観察して、万里子は勘づいた。二人が視影を訪れた目的は、冷やかしではない。興奮した声を上げるでも、カメラを回すでもなく、二人とも深刻な顔で何かを探していた。

 嫌だな。万里子の胸に不安が渦巻く。目的を達成するまで、あの二人はこれからも視影に来続けるのだろうか。

 もう来てほしくないな。ここはわたしだけの居場所なのに。


 まずは隠しておいた私物が荒らされていないか確認するため、万里子は歩き出した。そこでふと、奥にそびえる山を見上げた。赤い鳥居が目に入る。山の中腹に神社があるのだ。

 最近、その辺りを散策していないことを万里子は思い出した。

 今日は久しぶりに神社のほうへ行ってみようかな。

 そう考えると、少しだけ気持ちが明るくなった。

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