1話 昔仲が良かった友達
不登校なんて今どき珍しくもないのだろうけど、なんとなく自分とは縁遠いと思っていた。
これまで身近に、登校拒否をした奴なんていない。
隆平が初めてだった。
「遠野くんから何か聞いてない?」
隆平の担任からそう尋ねられ、圭太は困惑した。
「何かって、なんですか?」
「学校生活の中で心配事があるとか、悩んでいるとか」
「いえ、何も」
遠野隆平は、小学校からの友人だ。しかし中学でクラスが分かれてからは、ほとんど接点がない。
今教えられるまで、隆平が不登校になっているとも知らなかった。
春の陽に満たされた進路指導室で、圭太は黙りこんだ。
最後に隆平と言葉を交わしたのは、いつだったろう。
「宮本くんはどう? 何か知ってる?」
「いいえ。僕もわかりません」
圭太の隣で、祥吾が答えた。
「遠野くんとは、最近はあんまり話していなくて」
「そうなの……」
女性教師の顔が曇る。
「二人は遠野くんと仲がいいと聞いたのだけど、違うのかしら?」
「まあ、小学生のときはよく一緒に遊んでましたけど……」
そう口にした瞬間、こめかみの辺りに鋭い痛みが走った。圭太は目の下の筋肉を緊張させた。
あの頃の楽しい思い出を振り返ろうとすると、同時に忌まわしい記憶がよみがえってくる。
「先生は、どうして僕たちが遠野くんと仲がいいと思ったんですか?」
という祥吾の問いかけに対し、女性教師は問いかけで返した。
「甲斐田依子先生は、覚えてる?」
「小六のときの担任です」
「先生と甲斐田先生、昔からの知り合いなの。甲斐田先生に当時遠野くんと親しくしていた生徒を尋ねたら、二人の名前が出てきたのよ」
「ああ、それで……」
自分たちが呼び出されることになった経緯がわかった。
今も変わらず、隆平と親しい人物だと思われていたのか。
「僕たちよりも、遠野くんと同じクラスの誰かを当たったほうが、何かわかるんじゃないですか?」
圭太は言った。
「それが……いないのよ」
「いない?」
「遠野くん、クラスの誰とも親しくしていなかったの」
「誰ともって、それはーー」
圭太が何を指摘しようとしているとわかったのか、隆平の担任は素早く首を振った。
「クラス内でいじめや仲間外れがあったわけじゃないのよ」
「でもそんなの、わかんないじゃないですか」
「八幡くんは、遠野くんがクラスでいじめに遭っていたと考えるの?」
「だから不登校になったんじゃないですか」
「ここで断言するのは良くないことだとわかってる。それでも……」
隆平の担任は目線を斜めに下げた。
「いじめの可能性はないと思うの」
「どうして」
「わたしの目には、遠野くんはクラスのみんなに好かれているように見えるから」
圭太の脳裏に、隆平の人のいい笑顔が浮かぶ。
優しく穏やかな性格で、人と争うのが苦手だった隆平。
そうだ、隆平は間違っても、他人から虐げられるタイプではない。
「じゃあ、何が理由で不登校なんかに?」
「それがわからないから、二人から事情が聞けたらと思ったのだけど……」
落胆の色を浮かべる隆平の担任を見て、圭太の心は痛んだ。勝手に期待したのは向こうで、こちらが裏切ったわけでもないのに、思わず「すみません」と謝ってしまう。
「ああ、ごめんなさい。二人は何も悪くないの。先生の力不足。だから気にしないで。ね?」
隆平の担任はそう言うと、弱々しく微笑んだ。
それから、圭太たちに事の詳細を語った。
新学年がはじまり、三日ほど経った頃から、隆平は登校して来なくなった。
欠席の理由を尋ねても、隆平の母親は「本人が行きたくないと言っているので」と繰り返すばかりで、さっぱり事情がつかめないのだという。
「何度も家庭訪問させていただいてるのだけど、毎回お母様が対応してくださって、遠野くん本人はずっと部屋に引きこもっているの。顔を見せてもくれないわ」
隆平の担任は、深いため息をついた。
「あの」
おもむろに、祥吾が口を開いた。
「先生は今、誰の話をしているんですか?」
「誰って、遠野くんの……」
「遠野くんに、母親はいないはずですけど」