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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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外伝 甥の背中。セリーナの思い

「足りないね。足りないよ、キリオス」


 とセリーナはにやりと笑うと、大きく深呼吸し、すっと目を瞑る。そして、小さく呟く。


「海の神よ、一時の、我が愉悦にお許しを」


 かっと目を見開くと、力強く唱えた。


『荒人海神』


 海が、しんと静まる。

 夜があった。

 セバスティアヌスは、足下が冷たくなるのを感じた。

 海水が彼の足まで来ていた。

 セリーナの周りに、ゆっくりと海水が集まっていく。そして、セリーナの体を包んでいく。海水に包まれたセリーナの目が、虚ろになっていく。


「おばさん!」


 セバスティアヌスは叫んだ。

 セリーナが腕を振り上げた。

 すると、大きな波が打ち寄せる。

 セバスティアヌスもろとも、浜のものを飲み込むような大波であった。


ーーーセバスティアヌス


 飲まれながらに、どこからか声が聞こえる。波は、セバスティアヌスを、ロゼを流したが、不思議と二人に傷はなかった。セバスティアヌスは立ち上がり、耳をそばだてた。


ーーーセバスティアヌス。


 海だ。海水から、声が、セリーナおばさんの声がする。


ーーー道をつくる。行くんだ。


「おばさん!」


 セバスティアヌスは、再び叫んだ。

 海水を纏ったセリーナが、海を見た。

 両の手をおもむろに前にやると、ゆっくりとなにかを開けるように開いていく。

 再び、海より声が響く。


ーーー『海礼』


 海が、セバスティアヌスの前にあった大いなる海が、まっ二つに割れた。


ーーー走れ、セバスティアヌス


 セリーナの声が、海の水が、セバスティアヌスの背中を押す。

 振り返ろうとしたセバスティアヌスに、再び声が響く。


ーーー前を向け!走れ!セバスティアヌス!


 セバスティアヌスは、走った。



ーーーーーーーーーーー


 二つに割れた海。

 深い影を、先の見えない暗澹を、赤子を抱いた男が、必死に走っていく。

 セリーナには、子ができなかった。

 セバスティアヌスの背中が、遠のいていく。生まれたときから知るその男を、その男の子を、愛おしき甥を、どこまでも見守りたかった。未だ、未熟な、それでも随分と成長したな。セリーナは、遠のくセバスティアヌスの背中をぼんやりと見ながら、不覚にもそんな感慨にしたってしまった。すぐに自らを恥じ、自らに怒りを覚えた。そして、こんな状況にした敵にも。

先に放った大波が引けていく。

 浅瀬にいた兵士たちは、波に打ち付けられ倒れていた。それらを見るセリーナの目にも、悲しみの影が差した。ただ、甥と、そして孫を逃がすために彼らを殺してしまったという罪悪感が、彼女を苦しめながらも、しかしその視線を敵へと移した。

 キリオスは斬撃で波を打ち払い、茶色いマントの老人ダンは、赤い瘴気を放った赤黒い大きな鳥を召還し低空ながら空を飛び、アルル・ピネットは、操った兵士を盾に波から身を守っていた。そして、アルル・ピネットは、セリーナを高見から見物するように陸地の高いところにいた。何人もの兵が、アルル・ピネットを守るように囲んでいる。

『荒神海人』海水を体に纏い、同化にも近い状態になるこの魔法には危険があった。暴走すると、海に意識事飲み込まれる。セリーナの自我は、未だに健在であった。一体となった海に飲み込まれないよう、我を強く思った。願うならば、ガルイーガとキリオス、茶色いマントの老人、アルル・ピネットのみを排除し、操られている兵士たちは、できるだけ多く生きたまま解放してあげたい。

 アルル・ピネットとは距離がある。それに、狙うと兵がやられる。

 セリーナは、右手を突き出すと


『流』


 とキリオスに向けて海水を放った。

 ふん、とキリオスは大斧で海水を割る。

 上空から、殺気を感じる。

 何かがセリーナの纏う海水に突き刺さった。

 大きな鳥の鋭い嘴であった。その鳥は、目は充血しており、赤黒い体に赤い瘴気を放っている。ダンの召還したリピッドデッドであった。一体ではない。二体、三体と、セリーナの体を纏う海水に突き刺さっていく。しかしセリーナには届かず、突き刺さったリピッドデッド3体は海水に絡まり、溺れ死んだ。

 ダンが訊ねる。


「キリオス、あの女も人型じゃないのか?」


「はは、ちげえねえ、化けもんだ。ちょっとやそっとじゃ傷がつけられねえようだ、ぜ」


 とキリオスは、一刀に大斧を振り下ろした。真っすぐで鋭く、速い斬撃。

 セリーナは、左手を振り下ろすと、斬撃の下に鋭く水を打ち付ける。斬撃は微かに逸れ、セリーナの体を纏う海水を切るとそのまま向こうの海へと過ぎていく。

 背後の海水が、斬られた海水を補うように再びセリーナの体を纏っていく。


「きりがねえぜ。っと、なんだ」


 とキリオスは、自らの体に違和感を覚えた。

 水が、キリオスの体にまとわりつくようにあった。動きが鈍くなる。どんどんと水が足下からキリオスを縛り付ける。


「終わりだ、キリオス」


 とセリーナは左手をキリオスに向けて突き出し、


『流』


 と唱え、鋭い水を放った。

 セリーナが唱えるとほぼ同時に、キリオスもまた


「アーズうううう!」


 とアルル・ピネットの方を見た。

アルル・ピネットは、にたりと笑い、キリオスの方へと手を向け力を込める。すると、キリオスの体に赤い瘴気が纏っていく。


「はあ!」 


 と力を得たキリオスは、水の縛りを強引に解くと、セリーナの放った鋭い水を素早く避けた。


ーーー速い


 セリーナの目に追えないほど、キリオスは素早かった。先程までとは、全くそのスピードか違った。

セリーナの側面に回ったキリオスが、その体に赤い瘴気を纏ったまま、大斧を大きく振りかぶる。

 ぞくりとセリーナの背筋が凍った。キリオスの方を向くまもなく、


『海融』 


 とすぐさま唱えた。


「おりゃああああああ!」


 とキリオスが大斧を振り下げる。

 乱暴で凶悪な、今までの比にならない、凄まじい力であった。

 海水を体に纏っているにも関わらず、セリーナは、一陣の風が通りすぎるのを感じた。 

 次の瞬間、キリオスの斬撃は、ばしゃりとそのセリーナの体を、纏う海水ごと、荒く、乱暴に、斬った。

 背後の海までもが、すぱりと大きく割れる。

 セリーナのまっ二つに割れた体が、海へと消え融けていく。が、再び海上に、ぬらりとセリーナの体が現れる。


「へへへへへ、しぶといやつだぜ。けど、限界がありそうだな」


 とキリオスは、セリーナを見て言った。

 セリーナの息は荒くなり、自我を保つのに精一杯になっていた。


「もう一発だ!」

 

赤い瘴気を放ったまま、キリオスが再び大斧を振り上げる。


ーーーこれまでか


 とセリーナは、悔いのなかで目を瞑り、唱える。


『海溺』


 すると、セリーナの肩が力がなくなったように落ちた。同時に頭も垂れる。

 キリオスの斬撃が、セリーナに飛ぶ。

 セリーナは、ゆらりと揺れる。海を漂う亡霊のように。

 斬撃は、セリーナを透かすように過ぎていく。

 そこにはもう、セリーナはいないようだった。

 セリーナが頭を上げる。目を開いたセリーナの目は白く、そして、にやりと笑った。

 大いなる力に溺れる。破壊の欲望が、衝動が、1寸の躊躇いもなく解放される。

すでに、セリーナの自我は、意思は、消えていた。


『海神』

 

 とセリーナが唱えると、海が轟々と音を立て、浜に打ち寄せる。


「おいおい。お前、セリーナよお」

 

とキリオスはその大波を見上げ、頬の傷を掻くと


「小さい傷だったな、こりゃ」


 と諦めたように言った。


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