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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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外伝① キリオスとセリーナ

 深い夜だった。雨の音は段々と弱まっている。がたがたと窓を叩く風は、なおも強い。

 天井から吊るされたオレンジ色のランプは、侘しく温かい。


「海がまだ荒れている。直に治まるだろう。夜明けとともに船をだそう。ここも直に見つかる」


 セリーナは窓の外をちらりと覗き、言った。


「何が、あったのですか」


 セバスティアヌスの問いに、セリーナが答える。


「昨日の午前のことだ。カリサと私は、兄貴の家を訪ねた」


「セリーナおばさんも、一緒に」


「ああ。ロゼを連れてね。兄貴の家の前で、またあの黒い炎がカリサの手から急に出たんだ」


「では、やはり本当に」


「違うんだよセバスティアヌス。私の魔法ですぐに炎を消したんだ。そして、兄貴は家にはいなかった」


「父が家にいなかった!?では、なぜ」


「すべて仕組まれていたんだろうさ。私は炎に動転していたカリサを連れて邸宅に戻った。間もなく、あられもない情報が夫の使いから齎された。カリサが黒い炎を発し、兄貴の、ダラディオス・アレバロの家を燃やし、ダラディオス・アレバロは死んだと。すぐに邸宅に憲兵隊が押し寄せた。かなりの数だった。兵隊からは、赤い瘴気がぼんやりと生じていた。私は戦おうとしたけど」


 セリーナおばさんは、俯き、ことばを落とす。


「カリサがそれを止めた。涙ながらに、言ったんだ。この子を、ロゼを守ってください、って」 


 セバスティアヌスは、ロゼを見た。すやすやと、穏やかに眠っていた。


「夫はすぐにあんたに手紙をやった。そして、カリサと夫、私の水の分身は、憲兵隊に投降した。本物の私はロゼを抱え、邸宅に隠れていた。それで、隙を見て、ここに逃げ込んだ。すまなかったね、セバスティアヌス。私が、もっと」


「いえ、決しておばさんのせいでは。俺が、俺が」


 とセバスティアヌスは拳を強く握り、訊ねる。


「あの、大斧の男は」


「あいつは、キリオス。ハマナスの兵だった。25年前のハマナスとの海戦で私と兄貴に与えられた任務は、当時まだ齢10幾ばくかだったキリオスを足止めしろ、決して上陸させるな、だった。海というフィールドが私たちを味方したけど、陸地ではあいつにはかなわない。当時はプリランテの援護もあって、なんとかなった」


「では、ハマナスももう」


「キリオスは強大な力をもっているが、ハマナスの王は乱立する南七国を束ねた英雄ジトーだ。そんなに簡単に滅びるとは思えないけど、しかしそれも私が知る限りは10数年前の話で、ここ最近の情報は疎い。それに、あの女占い師もいる。閉鎖的な島国故の平和が、島国故の危機を齎している」


 そのとき、セリーナの顔がはっと強張った。背筋が伸びると、ドアの方を振り返る。


「おばさん?」


「見張りの分身がやられた。早い。早すぎる。セバスティアヌス、急ぎな、行くよ」

 

 外に出ると、雲は轟々と西から東へ動いていた。隙間に、月が覗く。弱くはあるが、横殴りの雨があった。セバスティアヌスはロゼを守るようにして抱き、セリーナに続いた。

 斜面を下り、浜辺へと降り立つ。岩壁から少し離れたところに、小さな桟橋があった。小舟が横に付けてある。駆け足で向かう。足が、水を含んだ砂が、じとりと重い。打っては戻る波の音は激しく。桟橋までやってきた。小舟は小さく大きく揺れている。海の向こうに対岸など見えるはずもなく、しかし、セバスティアヌスは、先導するセリーナの大きな背中に、一抹の安堵を感じていた。

 浜風か。いや、違う、陸地から、小さな風が来た。破壊を求めた、乱暴な、しかし小さく流れ込んでくる風。


「後ろだ!」


 セリーナの声が響いた。

 セバスティアヌスは、振り返る間もなく、ロゼを抱えたまま横に転がるように飛んだ。斬撃が、桟橋を、船を、乱暴に破壊する。


「やっと本物だなあ、セリーナあ」


 とキリオスがにたりと笑い、振り切った大斧を持ち上げる。

 セバスティアヌスは、剣を強く握る。カリサの敵が、そこに。


「落ち着け、セバスティアヌス」


 セリーナに言われ、はっと左手に抱いたロゼを見る。

 キリオスの隣に、茶色いフードを被った小柄な老人がいた。


「キリオス、戦闘を楽しむな。使命を果たせ」


 老人は落ち着いた口調で言うと、地面に手をつく。なにやらぶつぶつと唱えたかと思うと、その地面より、ぶわりと、影が現れる。

 赤い瘴気を纏った、赤黒い体の生き物。何体もいる。


「あれは」


 セリーナは、唖然と口を開いた。


「犬、いや、でかすぎる」


 とセバスティアヌスも、その生き物の姿に疑問を持った。あんな生き物が、そして、アルル・ピネットや炎を発したときのカリサ、広場にいた群衆や兵士たちと同じように、その体より赤い瘴気を漂わせている。


「勘違いするなよダン爺。俺は戦闘狂だが、最優先事項は、なんとしても、」


 とキリオスは、その茶色いマントの老人、ダンに言うと、大斧を大きく振り上げる。


「この頬に傷を作った、アレバロ家のやつらを殺すことだ!」


 と大斧を振り下げる。

 斬撃。砂が、浜が、割れる。さっきよりもでかい。


「受けるな、避けろ!」


 セリーナが叫んだ。

 セバスティアヌスは、再び横っ飛びし、その斬撃を避ける。

 背後にあった岩壁に、激しく斬撃がぶつかる。

 セバスティアヌスはなんとか立ち上がる。

 赤黒い体の生き物が、突進してくる。早い。


『風纏』


 と風の盾でその突進をいなす。

 もう二体が、さらに突進してくる。

 片手にロゼを抱えながら、セバスティアヌスは立ちすくんだ。


『水流・破』


 セリーナが唱えた。 

 水滴が突進してくる二体の前で、大きく弾けた。

 よろめいたところを、セバスティアヌスは一体に、片手ながら剣を突刺した。

 もう一体を、セリーナがナイフで突刺す。


「これは、一体」


 とセバスティアヌスは、剣を抜きながら、セリーナを見た。


「わからない。でも、まさか」


「ははは、セリーナ、ガルイーガも知らねえとはな。そいつらはなあ、モンスターだよ」


 キリオスのことばに、セバスティアヌスは愕然とした。

 モンスター。それは、特にセバスティアヌスの世代には、おとぎの話であった。閉ざしたダマスケナでは、まず見ることがなかった。まさか、現れるとも。


「まさか、あの女占い師も」


 とセリーナは唇をかんだ。

 にやりと、キリオスは笑った。

 雨は小さく、風もおさまっていた。

 浜辺に、女が歩いていた。

 アルル・ピネットだった。


「モンスター、ね。忌々しい呼び名だ。しかし、まさか、こんな平和ぼけた島があったとはね。ははははは」


 と高笑いが浜辺に響く。

 馬の駆けてくる音がした。

 赤い瘴気を纏った兵士たちが、浜辺に続々と下りてくる。

 ガルイーガが何体もいた。キリオス、そして茶色いマントの老人、アルル・ピネット、赤い瘴気の兵士たち。

 背後には、荒れる海があった。

 セバスティアヌスは、絶望した。

 しかしセリーナは、毅然と立っていた。


「前を向きな、セバスティアヌス。道は私が作る」


「でも、おばさん」


 セバスティアヌスのことばを遮るように、アルル・ピネットが叫ぶ。


「やれ!」


 赤い瘴気の兵士たちが、剣を片手に浜を駆ける。

 何体ものガルイーガが、命令に忠実な犬のように、二人に襲いくる。

 数が多すぎる。

 剣を強く握った。ただそれだけしかできなかった。左手に抱いたロゼを、守れない。力なき自分が、そこにいる。セバスティアヌスは、セリーナを見ることしか、できなかった。その、おおきな 背中を。


「セバスティアヌス。お前は風に、私は水に、選ばれたんだ。風も、水も、そこにある。感じるんだ。尊び、迎合し、その身体の一部として拝借する」


 セリーナが言うと、海が、静かになった。そして、彼女の背後にある海水が、まるで枝のように何本も立ちのぼる。


『海流・槍』


 とセリーナが唱えると、そのいくつもの海水が槍のように鋭く変化し、兵士やガルイーガを襲う。倒れていくガルイーガと兵士たち。

 水が弾ける。 

 月明かりに、大きな影が飛んだ。


「うおりゃああああ!」


 キリオスが、大斧を振り上げ、セリーナに襲いかかる。


『海流・纏』


 と水が一塊になり、その斧を受ける。


「せりいいなああああああ!」


 とキリオスは、その大斧にさらに力を込める。

 キリオスの大斧は、その水の塊をも切り裂く。

 セリーナは、その右手に持ったナイフに水を纏わせ、大斧をなんとか左へいなした。


「錆びてねえなあ、セリーなあ」


 とにやりとキリオスは笑う。


「もうここは海だよ。えらく余裕だねえ、キリオス。25年前を忘れたかい?」


 キリオスは、頬傷をぴくりとさせながら、しかしそれでも余裕の笑みでいた。


「25年前とは違う。そろそろ本気でいくぜ」


 とキリオスが、再び大斧を振り上げ


「死ねええええ!」


 真一文字に振り下ろした。その斬撃は、さっきまでとは全く違う物であった。切り口に乱暴さが消え、力が一直線に集中している。そして、圧倒的に速く、鋭く、強い。セリーナに向かって、浜が真っすぐに割れる。一瞬のことで、避ける間もなく。

「くっ」

 とセリーナは水を纏わせたナイフを辛うじて前に出す。 

 が、斬撃がすぱりとそれも切り裂くと、セリーナの右腕を斬り飛ばした。宙に浮くセリーナの右腕。直後、背後の岩壁が、その斬撃によって海に落ちた。ざばんと海はその斬られた大岩の落下により大きく飛沫を上げ、再び荒れ始めた。


「おばさん!」


 駆けよるセバスティアヌス。

 息づかい荒くも、セリーナはその右腕に水を纏わせ、止血する。


「大丈夫だ、セバスティアヌス。はあ、はあ、しかし、誰だい、化物に魔法を教えたのは」


「まだ軽口が叩けるか、セリーナあ」


「足りないね。足りないよ、キリオス」


 とセリーナはにやりと笑うと、大きく深呼吸し、すっと目を瞑る。そして、小さく呟く。


「海の神よ、一時の、我が愉悦にお許しを」


 かっと目を見開くと、力強く唱えた。


『荒人海神』


 海が、しんと静まる。

 夜があった。

 セバスティアヌスは、足下が冷たくなるのを感じた。

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