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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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外伝① 続き 配達人は憂慮の目でセバスティアヌスを見る

「ロゼ」


「ロゼ?」


「昨日決めたの。この子の名前。このダマスケナの土地で、真っすぐに、情熱的に、元気な子に育ってほしい。いい?」


「女の子なんだね」


「女の勘よ」


「ロゼ。いい名前だ」


 とセバスティアヌスはカリサにキスをした。長い長い口づけが終ると、カリサは囁くように言う。


「無事に、帰ってきてね」


「わかった。カリサ、君も」


「うん」


 セバスティアヌスは、家を出た。

 太陽は相変わらず、分厚い雲に隠れていた。




 一度城に戻り、上官より改めて指令を受ける。


「姫様が大変な時期に、愁傷様だな」


 と10は上の年の上官は、含みをこめて言った。

 そもそもが武官のトップ、ダラディオスの息子で、名門アレバロ家の嫡男とあって、セバスティアヌスに嫉妬の目を向けるものは昔から多かった。さらにカリサという美しい女を嫁にもらい、そういった目はさらに強くなった。


「職務を全ういたします」


 とセバスティアヌスは答え、兵を連れて出た。

 仕事ぶりで跳ね返すしかない。俺の評判が上がれば、カリサのためにもなる。


 任務地は、城都から遠く離れた沿岸地域であった。台風の被害は甚大で、復興作業は難航した。セバスティアヌスが来てすでに半月近くが経った。彼の心には、常にカリサへの心配があった。だが、同時に、彼女のことばもあった。


ーーー「私のように、幸せになれる人を、助けてあげて」


 復興作業を進める中で、人々の悲しみがあり、苛立があり、そして笑顔もあった。カリサのことは常に頭にあった。それでも、カリサのことばによって思い出された、人々を助ける、というセバスティアヌスのもとよりもつ職務精神が彼を奮い立たせ、職務に集中させるのであった。


「すごい流星ですね」


 ある夜のことだった。若い兵士が、空を眺めていった。


「そうだな」 


 とセバスティアヌスは、期待と不安の入り交じった感情を持って、その流星群を眺めた。鮮やかすぎる夜は、すぐに過ぎた。

 それから数日経ったときのこと。簡易宿舎に馬が走ってくる。包みをぶら下げている。都からの郵便配達人だ。セバスティアヌスは、時折くる配達人を喜々として待っていた。


「セバスティアヌス・アレバロ」


 と一通の手紙を渡される。

 受け取ると、すぐに手紙を開く。セリーナおばさんの字であった。日付は三日前であった。都からは馬を急がせても2日以上かかる。

 読みながらに、セバスティアヌスの体中に喜びが満ちあふれた。

 手紙には、まん丸と玉のような女の子が生まれた、とあった。

 今すぐにでも飛んで向かいたかった。


「どうしたんです、隊長、にやけて」


 と若い兵士が、セバスティアヌスに問うた。


「いや、子どもが生まれてな」


 とにやける顔を抑えながらも抑えきれず、声だけはトーンを落とし、セバスティアヌスは言った。


「そりゃめでたい!今夜は飲みましょう!」


「ダメだ、まだまだ作業はある」


 とやはりなんとか喜びを抑えながら、セバスティアヌスは隊長としてことばを発した。

 それからさらに10日が経った。

 その間に、一通の手紙が届いた。今度は、カリサ本人からであった。

 無事親子ともども退院し、フェルナンド公邸宅にいること、セバスティアヌスの父、ダラディオス・アレバロも大変喜んでくれていること、などなど。

 あの厳格な父親が、とセバスティアヌスにこそばゆい感覚があった。

 復興作業もある程度の区切りを迎え、セバスティアヌスの部隊は都への帰路についた。一人馬を駆けたい気持ちを抑え、疲れきった部隊を指揮する。夕方というには、少し早い時間帯であった。都まであと半日の道のりとなり、隊員の表情にも活気が戻ってきたそのとき、一騎の馬が急いで駆けてきた。配達人だ。


「セバスティアヌス・アレバロ、フェルナンド公より速達だ」


 と配達人は急いで手紙を渡す。配達人は、憂慮の眼でセバスティアヌスを見ていた。そして、早々と走り去った。 

 配達人の態度に、セバスティアヌスはただならぬ事態を察し、手紙をすぐに開封する。豪快だが丁寧な字を書くフェルナンド公にしては、書きなぐったような字だった。


ーーー

 セバスティアヌス、お前の親父、ダラディオスの邸宅が、黒い炎に包まれて燃えた。親父は焼死、その犯人として、カリサが捕まった。お前のところにも直に兵が来て、お前を捕まえることだろう。何か深い陰謀を感じる。都には戻るな。一度捕まれば終わりだ。王のみならず、側近、上層部はほとんどがいつの間にか女占い師のいいなりだ。軍を離れ、逃げろセバスティアヌス。都から西に向かった海岸にある我が別荘に行け。一度連れて行ったことがあっただろう。近しいものしか知らない場所だ、そこまでは政府の手がのびるのにも時間がかかるはずだ。セリーナに一切を準備させている。海を渡れ。この国は、もう、終わりだ。

ーーー


 セバスティアヌスは、呆然となり、はたと部隊の方を振り返った。

 隊長のあまりの豹変ぶりに、隊員は戸惑う。


「すまない、みんな」


 ぽつりとことばを落とし、セバスティアヌスは、馬を走らせた。そのぽつりと落としたことばが、セバスティアヌスの中に残っていた、公人としての最後の責任であった。


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