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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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外伝① 続き カリサに近づく女

 二人の住まいは完成間近であったが、それまでは未だにカリサは公爵夫妻のもとに、そしてセバスティアヌスは軍の寮に住んでいた。この日も、セバスティアヌスは公爵邸を訪ねようと街を歩いていた。市場を抜けたところに、少し落ち着いた通りがあった。カリサの後姿があった。呼びかけようとするが、寸でのところででかかったことばを止める。カリサの隣を歩く女に見覚えがあった。浜辺で会った女であった。すらりと伸びた背筋、歩き方にも気品がある。カリサとその女、二人並ぶと、より周りの目を引きつける。あの浜辺ですれ違ったときと同じように、フードを目深に被っている。ふと、セバスティアヌスは女の目を思い出した。浜辺でよろめいた女を支えたときに、目があったのだった。大きな黒目、吸込まれるような、不気味な、しかし蠱惑的な目だった。奇妙にも、その目が赤くなっているように感じたのだった。セバスティアヌスはそれを思い出すと、彼に得体の知れない不安感が募った。


「カ、カリサ!」


 とセバスティアヌスは駆け寄る。


「あら、セバスティアヌス」


 とカリサが振り返った。

 女もまた、セバスティアヌスを見た。にこりと目を逆さ三日月にして笑っている。小動物のようなくりっとした瞳の大きな目であった。やはりなぜか不気味で、しかしどこかうっとりと引きつける目をしていた。


「どうしたの、そんなにも急いで」


「い、いや、君を見つけたから」


「変な人ね。こちら、アルルさん。市場で出会って、とても楽しくて、お茶までしちゃったわ。こちらは」


「知っていますよ、カリサさん。国中の人が」


 とアルルと呼ばれた女は、その低く落ち着いた声で言った。


「ど、どうも」


 とセバスティアヌスが言うとアルルは、小さくお辞儀し


「私は、これで」 


 と言った。


「またね、アルルさん」


「ええ、カリサさん」


 と去っていく。

 フェルナンド邸宅までの道のり、セバスティアヌスはカリサに問う。


「どんな人だった?」


「アルルさん?」


「ああ」


「なに、気になるの、アルルさんが」


 とじっとセバスティアヌスを見るカリサに、その愛らしい仕草に未だにどきどきと胸を高鳴らせながら、セバスティアヌスは言う。


「違う、そんなんじゃない」


「知ってるわ。ふふ。アルルさん、とってもいい人よ。私がいい野菜の見分け方とか、あっちの店が安いって伝えると、すごい真剣に聞いてくださるの。カフェでは占いもしてくださって」


「占い?」


「うん。私たちを占ってもらったわ。ぴったりの相性ですって!」


 占い。最近女占い師の鳴りは潜んでいるとフェルナンド公や親父は言っていたが、としかしなんとなくセバスティアヌスのなかに、気持ちの悪い一致があった。まさか、あまり顔を出さないらしい女占い師が市場に出かけるはずはないか。別人だろうけども。だが。


「あまり、彼女には深く関わらない方がいいかもしれない」


 と軽く発したセバスティアヌスのことばに、カリサは声を落とし問う。


「なぜ?」


 セバスティアヌスは、カリサの不機嫌を敏感に察した。そして、自らの考えなしのことばを後悔した。カリサは、山火事で両親を亡くし、フェルナンド公夫妻を除いては親しい人はいない。長らく一緒にいてわかったことであるが、彼女は意外にも人見知りであった。セバスティアヌスと二人きりだったり、フェルナンド公夫妻といるときはよく喋るのだが、知らない人が一人でもいると、途端に黙する。しかも少し複雑なのは、人見知りはするものの、同性の友達を欲しているところであった。セバスティアヌスは、カリサにとって最愛の人ではあるものの、男である。女同士のおしゃべりやショッピングなどの付き合いを、カリサは欲していた。そして、アルルという女が、カリサにとって山火事後初めてできた同性の友達なのかもしれない。嬉しかっただろう。セバスティアヌスは、カリサのその気持ちがわかっているからこそ、自らの軽はずみにはなったことばを後悔したのである。


「い、いや、いいんだ、忘れてくれ。それより、家具を見て回ろう。直に家もできる」


「そうね!家具ならこっちよ。私、いいなと思う棚を見つけたの!」


 といつもの天真爛漫なカリサがそこにいた。忘れっぽいのか、切り替えが早いというか、なんというか、面白い人だな、と改めてカリサを見て、セバスティアヌスは一人くすりと笑った。


「早く、セバスティアヌス、他の人が買ってしまうかもしれないわ!」


「はいはい」


 とセバスティアヌスは、カリサの方へと歩き出した。

 


 間もなく、新宅ができた。城より少し離れた、小高い丘の上であった。


「奇麗ね」


 とカリサは、海に沈む夕日を見て言った。


「そうだね」


 とセバスティアヌスは、その夕日よりも鮮やかなカリサの赤い髪の毛をなで、カリサを抱きしめた。

 二人は、至福のときを過ごした。

 やがて二人は子を授かった。

 その少し前より、セバスティアヌスは昇進し、軍の仕事が忙しくなっていた。

 お腹が膨らみだした頃、カリサはつわりに苦しんだ。嘔吐を繰り返し、顔色も悪くなった。気持ちもすっかり弱ってしまっていた。セリーナおばさんが頻繁に助けにきてくれたが、あまり力になれないセバスティアヌスは、自らの無力を嘆いた。仕事の忙しさと、カリサへの心配の気持ちと、セバスティアヌスに制御できない苛立が募っていた。

 ある日の夜中、ふとトイレに起きると、ベッドにカリサの姿がなかった。セバスティアヌスは台所に立つカリサを見た。

 粉末状の薬を水と一緒に飲んでいた。医者からはそんな薬は出ていない。


「カリサ」


 声をかけると、カリサはびくりと反応し


「セバスティアヌス、驚かさないでよ」


 と振り返った。やはりカリサの顔色は悪い。


「何を飲んだんだい?」


「ええ、つわりのときに飲むといいって」


「医者はそんな薬、出していなかっただろう」


 セバスティアヌスの口調には、微かに苛立がこもっていた。


「前に、つわりは苦しいだろうからって、アルルさんから頂いたの」


「そんな、よくも知らない女からの薬を飲んでいるのか!」


「で、でも、本当に少し楽になって」


「そう言う問題じゃない!医者には相談したのか!」


 セバスティアヌスの語気は荒い。

 カリサは、手で胸を抑え、俯き気味に言う。


「ご、ごめんなさい、勝手に飲んでしまって」


 はっと、セバスティアヌスはカリサを見た。

 あの真っすぐで、明るくて、太陽のようなカリサが、こんなにも手折れて、沈んでいる。俺のせいで。感情をコントロールできなかった。しんどいのは自分ではなく、カリサなのに。セバスティアヌスに、後悔と自責の念が渦巻く。


「す、すまない、違うんだ、カリサ」


「ううん、私が悪かったの。本当よ。わ、私が、私が」


 カリサのことばは弱々しかった。瞳からは、大粒の涙があふれ、カリサはそれを袖で拭った。

 セバスティアヌスは、どうしようもなくカリサを優しく抱きしめた。


「すまない、俺が悪いんだ」


 カリサを守ると誓ったんだ。もう、悲しい顔はさせない。

 セバスティアヌスは、再度己に誓ったのであった。

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