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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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外伝①セバスティアヌスの過去ーーカリサの葛藤と結婚

「カリサ」


 とセバスティアヌスは呼び、カリサを抱きしめた。

 月の輝く海岸に、その永遠を、一瞬を、二人は刻むように、そこにいた。

 俺は、この女性を守るために生まれたのだ。この小さな島国、ダマスケナで。それが、俺の最上の幸せなのだ。


 それからは、トントン拍子に話が進んだ。家柄を気にするセバスティアヌスの父、ダラディオスも、カリサの人となりを気に入り、フェルナンド公爵夫妻が正式にカリサを養子にしたこともあって、結婚の日取りが決められた。その間にも、女占い師の情報が父ダラディオスやフェルナンド公を通じてセバスティアヌスの耳にも入ってきていた。城内の物の配置から初まり、祝日の決定、税率、挙げ句の果てには軍編成まで女占い師の意向が入っているという。フェルナンド公と武官のトップとして立つ父ダラディオスは、政権のなかにあって、強まる女占い師の影響力に懸念を示す数少ない批判者であった。もやもやと、ダマスケナに雲が覆っていた。

 そんな中、フェルナンド公爵夫妻の養子カリサと、武官のトップであるダラディオスの息子セバスティアヌスの結婚は、大々的に宣伝された。結婚式を近くにして、ある情報が流れた。カリサは山火事の唯一の生き残りらしい、と。火はダマスケナでは悪魔の象徴である。そのカリサの赤い髪の毛も相まってか、カリサのことを山火事の生き残り、火の悪魔ではないか、と噂するものまででた。

 式も間近に控えたある日のこと。カリサは窓辺で物憂げに外を見ていた。


「どうしたんだい、カリサ」


 セバスティアヌスが問うと、「うん」とカリサは頷くばかりであった。


「外の連中が何を言っても気にすることはないよ。俺が、君を守る」


「ありがとう、セバスティアヌス。あなたは本当に優しくて、いい人ね」


「好きな人には、誰もが優しくするものだと思う。特に男は。だから、俺はいい人ではないよ」


「あなたはいつもそうやって、難しく考えるのね」


 とセバスティアヌスの答えに、カリサはふふっと笑った。しかしすぐに、スカートの裾を握り、俯く。ぽつりと、ことばを落とす。


「不安なの」


 セバスティアヌスは、カリサの次のことばを待った。カリサは、少しの間を持って、さらに続ける。


「こんなにも、幸せで。父と母は山火事で死んだ。フェルナンド夫妻がいて、あなたがいて。私、こんなにも幸せで、本当に、いいのかしら。みんなはあの山火事で死んでしまったのに。私は、本当に、悪魔なのかもしれない」


「そんなことはない。外のやつらの妄言だ。君は君だ」


 時計の針が、チクタクと動いていた。


「みんなが死んでしまったのに。私は、生きていて、いいのかしら」


 鳥の鳴き声が外から聞こえる。

 小さな風に、カーテンがそよぐ。

 いつもと変わらぬ穏やかな日々がそこにあった。 

 しかし、それが、カリサにとって、痛みになっている。セバスティアヌスは、カリサの手を優しく握った。


「カリサ。なら、僕のために生きてくれ」


「あなたのために?」


「僕は君がいなくなると辛い。だらか、死なないで。生きて。そして、笑ってくれれば、僕は嬉しい。もし僕のことが、少しでも好きなら、僕のために生きて、笑いかけてほしい」


 カリサは、小さく笑うと、言う。


「あなたって、自己中心的な人ね」


「君のためなら、君といれるなら。だから、僕はいい人ではないんだよ」


 とセバスティアヌスは、カリサの手を取る。


「なら私もお願い。もしまた私が落ち込んだ時、私の手を引っ張って。あの時見たいに、私をあの山火事から救い出してくれた時みたいに。そしたらまた、私は笑うことができる」


「俺が助けたっていうこと、知っていたのかい?」


「公爵が教えてくれたのよ。言わない約束だったんだけどね。あ、私があなたに言ったって事は、公爵には内緒ね」


 カリサがにっこりと笑うと


「ああ、二人だけの、内緒だ」


 とセバスティアヌスは、カリサの手の甲にキスをした。

 いつまでも、どこまでも、俺はカリサを守る。カリサの笑顔を。そう、深く誓ったのであった。



 式の当日。

 刺繍の施された薄いピンクのたおやかなドレスに、少し日に焼けた肌が露出していた。艶やかな赤い髪の毛が、透明なレースから覗く。


「セバスティアヌス」


 呆然と見とれるセバスティアヌスに、カリサはさらに呼びかける。


「何か言って、セバスティアヌス」 


 はっと息を吐き、セバスティアヌスは言う。


「とても奇麗だ」


「あなたも、とてもかっこいいわ」


 にっこりとカリサは笑った。

 セバスティアヌスは、カリサの手を取ると、大衆の面前へと出た。

 息をのむように、それまで騒がしかった大衆は静まり返った。山火事の唯一の生き残り。悪魔。しかし、そんな批判も忘れさせるほど、今日のカリサは美しく、そして純粋であった。淀みのない溌剌とした明るさと、そして真っすぐな瞳。それはまさに、ダマスケナという平和で穏やかな島国にある、象徴的な女性像であった。

 空は晴れ、ダマスケナに再び、燦々と太陽が降り注いだ。

 国民は大いに盛り上がった。それは式のあとも長らく続いた。経済は周り、人々に活気と明るさを齎した。

 変化は民のみに収まらなかった。女占い師に浮かれていた王周辺のものたちも、我に返ったように政務に務め始めた。王もまたその一人であった。女占い師の影響力は鳴りを潜めた。

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