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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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カイ、呆然とする。

 翌日、砦のそばにある広場でケントさんと剣術の訓練を行う。ユキはもちろんのこと、アルテも今日は真面目に訓練に励んでいる。特に、サントラさんの言うことは良く聞くようで。時折カリュさんが二人の様子を伺っている。なんだこの三角関係は。そのあとは魔法基礎訓練。任務と言うより訓練である。


「あの、僕ら、砦の任務は何もしなくていいんですか?」


 昼休憩にケントさんに訊ねた。


「ああ、駐屯は半分訓練日だと思っていいよ。特に、ここハザンドラは比較的平和だし、国防軍と交代制だからね。明日は砦の外へ出て探索を行うから、ちょっと忙しくなる。まあ、今日はのんびりしてるといいよ」


 とにっこりと笑ったケントさんだったが、午後はSのケントさんが現れ、俺とアルテは、学校でやっていた走っては自己へヒールをかけるを繰り返しさせられた。しんどい。ユキは、カリュさんに魔力コントロールのこつを教えてもらっていた。二人とも強力な魔法を持っているし、特にカリュさんは幼い頃より魔力の暴発に悩んでいたらしいので、ユキと似たところがある。ユキに真摯に教えるカリュさんは、たった二歳の違いなんだが、随分大人に見えた。俺は、二年後カリュさんのようになれるのだろうか。


 訓練を終え砦が夕暮れに染まる頃、カリュさんとユキと祭りへ行く身支度をする。


「マントをつけたほうがいいよ。はい、りゅうちゃんもユキちゃんも」


 とサントラさんに古いマントをいただく。外はそんなに冷えてはいないが、しかしありがたくいただこう。


「とらちゃん、ありがとうなのです!」


 とユキは無邪気に笑い


「行くのです、カイ、りゅうちゃん!」


 と先陣を切った。


「ユキ、あんま慌てるなよ」


 とカリュさんも続く。カリュさん、アルテと違い、ユキのことは気にいったようである。妹を見るような慈しみがなんとなく感じられる。


 砦を出ると、風が温かかった。丘の東に、オレンジに染まるサアラジウパレスがあった。さすが一大観光名所。神々しいまでに美しい。


「アールーテー」


 チャパさんの声に、一堂は振り返る。

 いつのまにか、俺たちの後ろにアルテがついてきていた。


「うううう」


 チャパさんに後ろ襟を掴まれ、アルテは砦へ連行された。それまでのさぼりを看過できず、今日はチャパさんと居残り特訓らしい。


「お土産買ってくるから、頑張れよアルテー」


 と声をかける。


「カーイー、たーのーむー」


 とアルテの声が消えていく。

 お土産買ってくると言っといてなんだが、俺たち今からすぐ丘の下の街にいくだけだったな。

 

 夕暮れに赤く染まるハザンドラの街に、人々がだくだくと流れている。出店が並ぶ活気に溢れた街を歩く。カリュさんが、串焼き肉を買ってくれた。


「うまいっすね。これ、なんの肉っすか」


 うまい。臭みもなく、歯ごたえがある。


「なんだろう、、、鳥?」


 カリュさんが自信なさげに答えた。


「オオトカゲってかいてあるのです」


 と店先の立て札を見て、ユキが言った。

 トカゲか。初めて食べるが、うまいな。


「あんたら、ほら、これ買わないと」


 と恰幅のよいおばさんが、出店から俺たちを呼んだ。


「トマトですか?」


 と訊ねた。大量のトマトが並んでいる。


「そうだよ。これがないと、話になんないよ」


 とおばさんが言うので、トマトをいくつか買う。確かに、周りの人もトマトを持っている。ポケットに入れたり、鞄に詰め込んだり。そして一様に、マントを付けている。何が始まるんだ?

 人だかりができている。カリュさんを先頭に、なんとかその方へ向かう。高いかがり火がいくつかあり、広場になっている。台にのった、杖を持った男が一人いた。その下で、3人の男が一列になり、一つの長い布を被っている。舞台袖より何やらお題目が読まれると、台の上に立つ男が、杖を掲げなにやら叫んだ。すると、布を被った男たちがうにょうにょと動く。その向かう先には、村人に扮した老若男女がいた。


「ふむふむ」


 とカリュさんが、パンフレットのようなものを読み始める。


「昔、アペプという邪悪なものがあった。そのものメヘンと呼ばれる大蛇を操り、村のものを襲った」


 カリュさんの話通り、大蛇はうにょうにょと村人たちに近づいていくと、その老若男女は、ばたばたと倒れていく。


「村人たちはことごとく殺された。しかして、死んだはずの村人たちは、再び立ち上がったのである。死者の踊りは終らない。終らない」


 カリュさんがさらに読み上げた。

 やはりその通りに、ばたばたと倒れた老若男女は立ち上がり、うねうねと踊り歩く。観衆もそれに乗り、どんどんと人が入り乱れ、踊り始める。群衆が、歓声を上げ、動き出す。


「ユ、ユキ、大丈夫か」


 と俺はユキを見た。カリュさんがしっかりとユキの右手を握っていた。本当に姉妹みたいだな。


「つ、つづきがあるぞ」


 とカリュさんは、観衆に肩を押されながらも、続きを読む。


「トマトを投げて、死者を黄泉へと送らねば。それ、投げろ、投げろ、と」


「な、なんでトマトなんっすか」


「しらん」

 

 とカリュさんが答えた。

 我ながら、野暮な質問をしたなと。

 どこからか、その死者の踊りの列にトマトが投げられた。それを皮切りに、誰彼なく、トマトを投げ合う。興奮の渦に吸込まれる。


「カ、カリュさん、やばいっすよ、これ。うげ」


 俺の頬に、トマトがぺちりとあたった。飛んできた方向を見る。

 その真っ白な髪の毛をトマトで赤く染めたユキが、にんまりと笑っている。


「カイに当たったのです、ははははは」


「ユ、ユキ、この野郎、うっ」


 再び、今度は額にトマトが当たった。


「ははは、カイ、脳天を突刺されたように赤いぞ、ははっは」


 そうだ、この人、二つしか年齢変わらないんだ。


「カ、カリュさんまで!ええい、ままよ!」


 もはや誰でもいい。手持ちのトマトを投げる。

 一度汚れてしまえば、なんのことはない。転がっているトマトを拾っては、誰彼構わず投げる。何が楽しいのか、しかしこの高揚感は。ははは、なんだこれ。

 なんか適当にぱしゃぱしゃと楽しんでいたが、ふと辺りを見渡すと、カリュさんもユキもいない。群衆から少し離れ、その狂気を外から眺める。楽しそうだな。もう一回入ろうか。後ろは、細い路地裏だった。毛のまだらな野良犬が一匹いた。つぶれたトマトをぺろりと舐めている。喧噪は、少し離れたこの場所までも大きく聞こえる。人の活気にあてられる。こういうのもありだな。みんなで来たいなもう一度。

 すぐ後ろで、足音がした。はっと、俺は振り返った。マントを羽織った少女が、俺のそばを通り過ぎた。目に色がない。やせこけたほほ。そして、ここまで近くにきていたのに、なんの気配も感じなかった。その少女の羽織るマントは、街の人がトマト避けに着ているものとは違って見えた。ぼろぼろで、色が剥がれ、マントというより、襤褸切れであった。少女は、顔はしっかりと上げながらも、ぼうっと歩いていく。群衆の手前で膝を折ると、まだつぶれていない大きなトマトを手にとった。そしてそれを持ち上げると、何か、ゆっくりと、群衆の方を見た。

 群衆の端にいた男が、その少女に気づいた。喜々としてトマトを投げていたその男は、少女に気づくと表情を一転させ、叫んだ。


「ア、アルゴールだ!アルゴールがでたぞ!」


 群衆の声が、悲鳴に変わる。彼らは、手に持ったトマトを少女に投げつけた。一つ、二つ、三つ、、、、数えられる程度ではなかった。トマトを投げる群衆に、さきほどまでの喜びはなかった。しかし、それは、やはり異様な興奮と狂気であった。トマトが、石が、これでもかと、罵詈雑言とともに少女に向かって投げられた。少女の体が真っ赤に染まる。俺は、ただただその光景を見ていた。何か見てはいけないものを見てしまったような。それはその少女のことか。狂気に昂る集団のほうか。少女がおもむろに立ち上がり、俺の横を通り過ぎた。少女の表情はわからない。とても俯いているから。ただ、手に持ったトマトを小さくかじったのはわかった。歯がぼろぼろと落ちた。路地裏に消える少女の丸まった背中を、俺は呆然と見ていた。


「カイ、どうした、何があった!」


 俺の肩を、カリュさんが揺すった。

 俺ははっとなり、一度頭を振ると再度路地裏を見返した。

 少女はすでにいなかった。

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