アルテ、やる気を出す。
丘の上のサアラジウパレス。東の麓にハザンドラ市を望む、歴史ある城である。そこからほどなく歩いた丘の西側に、その向こうの世界に対して壁を作るように、石造りの砦があった。その向こうの世界、西の大地には、黄色い流線が延々と広がっている。地図を広げ、モンスター域を確認する。ハザンドラ市はオレンジ色に塗られている。ここ3年は出現していないということになる。しかし、その向こう、つまり西に広がる砂漠地帯は、黒色になっている。
「これって」
とサントラさんにモンスター域を見てもらう。
「うん。この砦の向こう、ダルク砂漠は、人型モンスター、アーズの領域だよ」
「ここが最前線ですか。にしては、ハザンドラ市の人は暢気というか」
カリュさんが、俺の疑問に答える。
「モンスター域の色分けは、警告の意味合いが強い。実際このダルク砂漠で大きな危機があったわけでもない。でも、その向こうの国々はアーズによって滅ぼされた。勇者組合としては、ダルク砂漠は緩衝地として黒に指定することで、ハザンドラより西へは行かないようにという人々への警告だ」
このダルク砂漠の向こうにあった国々。ダマスケナ、ハバナス、そして、ブリランテ。ロゼの生まれ故郷だ。
その遥か彼方まで続く黄色い流線の向こうで、夕日が落ちていく。
亡命のときはこの砂漠を超えてきたのか、ロゼ。
「おーい、早く来い。飯を用意してある」
羽を小さくばたつかせ、チャパさんが言った。
隣で、アルテは大きくあくびをした。
砦内には、国防軍の兵隊も10人ほどいる。なんでも、ここは勇者組合と国防省の共同防衛らしい。勇者組合は交代制で短期間の滞在が多いが、国防軍の人たちはほとんど長期間の住み込みだとのこと。一応なんとなく居住スペースが分かれている。適度に挨拶をしながら通り過ぎ、勇者スペースへ。
「カイ、久しぶりだね」
眉の濃い、真っすぐな瞳。剣ならなんでも使えるが、投擲はちょっと苦手。優しく真っすぐだが、魔法演習のときにアルテと俺とリオナを延々と走らせ、時折見せる笑顔にSっ毛をのぞかせていた。今日はエプロンをして、両手にお皿を持っている。
「ケントさん!なんでここに」
ケントさんの向こうで、さらに聞き覚えのある声が。
「ん?カイ!カイなのです!」
小さな体が跳びはねた。白い髪の毛がふわりと舞う。我がパーティの大魔法使い様ではないか。
「ユキ!」
感動の再会の影で、アルテはお腹を鳴らし、テーブルに伏した。
「ミネルバさんは今日は?」
「サントラ、久しぶりだね。カリュも。ミネルバは別件があってね。今回は俺とチャパだけだよ」
とケントさんが料理をテーブルに並べる。
お礼も言わず、アルテがむしゃむしゃと喰い始める。
「アルテ!」
チャパさんが、アルテの頭をはたいた。アルテは、あっけらかんと頭を上げて言う。
「ケントさん、うまい」
「だめだこいつ」
とチャパさんはあきれ顔でアルテのとなりに座った。
ご飯を食べながら、訊ねる。
「ユキは仮免、ケントさんのパーティに入るって聞いてましたけど、なんでアルテも?」
チャパさんが答える。
「最初のパーティが投げたんだよ。あんまりにもアルテがだらけてるって。それでレイさんが私らに頼んできてさ。おい、お前の話してんだ、ったく」
アルテはチャパさんの話もなんのその、飯を食らい続けている。
「ユキだけでも大変だってのに」
とチャパさんは水をごくりと飲む。
うう、っとユキがスプーンを持つ手を止める。
「ユキは頑張ってるって。チャパは口が悪いから」
とケントさんがフォローする。「ケントは甘いんだよ、ったく」チャパさんがため息をついた。
レイ先生、とりあえず大変そうなのはケントさんに託したらしい。ケントさんも断れない人だから、なんていうか損な役回りの人である。回り回って同じパーティのチャパさんに負担がいくという。
「仮免って、不合格とかないの?」
カリュさんが誰となしに訊ねた。確かに、アルテは最初のパーティが投げた時点で不合格なのでは。
「こいつ、こう見えて魔力量がA+あんの。そりゃ是が非でも勇者にしたいわね」
チャパさんが答えた。
「A+!?Aの上!?」
「そうだよカリュ。それに、ユキも魔力量はA。こんのちんちくりんが!」
とチャパさんがユキのほっぺをひっぱる。
「い、いらいのれすチャパさん」
とユキがひーひー言う。
「す、すごいですね」
サントラさんも驚いている。
「やっぱり、かなり多いんですか?」
「カイくん、Aもなかなかいないよ。全体の3%以下だって言われている。A+になると、私は見たことないかも」
とサントラさんが言った。
「そうだよ!宝の持ち腐れにならんよう私らが鍛えてんだ!」
チャパさんがどんと胸を叩いた。明るい人である。
食事を終え、一室を借り、最近日課になっているヒールを霧散させる訓練を行う。
毛穴から魔力を霧散させるイメージ。
「うん、いい感じだよ、カイくん」
サントラさんが付き合ってくれるという。
「ほ、本当ですか!?」
まだ数日だが、うまくなってきた。
扉の隙間から視線が。
「なんだよ、アルテ」
「なにしてんの、カイ」
「ヒールの応用だよ。回復まではいかねえけど、周囲の味方の気持ちを落ち着かせたりできる」
「サンちゃんを独り占めして、ずるい」
「トラちゃんだ!」
とアルテの後ろから、カリュさんが声を出した。この二人はずっと何をしてたんだ。
「アルテさんも、ヒールなんだよね。一緒に訓練する?」
サントラさんが言うと、アルテの顔がぱっと輝いた。おお、初めて見たこんなアルテ。
「ヒールを毛穴から霧散させるイメージで、全身から放つ感じだ、アルテ」
「カイ、それしたら、どうなんの?」
「さっき言ったろ、パーティが途端にパニックになったときなんかに、気持ちを落ち着かせたりできるんだ」
「とらちゃん、一回やってあげたら」
とカリュさんがやや不機嫌に言った。
「う、うん」
とサントラさんが、ヒールを霧散させる。
気持ちが安らぐ。心地よい。
「すごい、さんちゃん」
とアルテがサントラさんの手を握る。すかさずカリュさんがアルテの手をぺしりと叩く。アルテのやつ、逆に興奮してねえか。
「やってみる」
とアルテが目を瞑り、なにか集中したような様子。しかし、なにも起きない。
「お前、あんま魔力コントロール得意じゃなかったもんな」
この霧散させるやつは、魔力コントロールがかなり重要である。リオナとか得意そうだ。
「カイ、うるさい」
「大丈夫、練習すればできるようになるよ」
サントラさん、どこまでもいい人である。
扉が今度は分かりやすく開いた。
ケントさんが立っていた。にやりと笑っている。これは、Sの方のケントさんだ。
「魔力コントロールは日々の積み重ねだよ、アルテ。日々研鑽していたカイやシュナたちはもちろん、あの不器用だったユキだって、この一年の努力でかなりの練度になった」
アルテが、目を細めてケントさんを見ている。
「あと、できるようになったら、リーフにもどったときにサントラが飯奢ってくれるって」
とケントさんのことばに、アルテは「さんちゃん、本当?」とサントラさんを見た。
「う、うん」
とサントラさんは、答えた。
アルテは颯爽と扉を出ていった。
「ちょっと、ケントさんも、とらちゃんも!」
「まあそう怒らないでくれカリュ。やっとアルテがやる気になってくれそうだったからさ。すまないね、サントラ」
「いや、いいんです。私なんかでアルテさんがやる気になってくれるなら」
「そうだ、明日はハザンドラで祭りがある。カイ、ユキを連れてってやってくれないか?アルテと違ってこんを詰めすぎるところがあるんだ」
「でも、いいんですか、みなさんは」
「明日は砦待機だから大丈夫だよ。何人かいればいい」
「りゅうちゃんも、一緒に行く?」
サントラさんがカリュさんを見た。
「わ、私は、いい。私は学生じゃないし」
カリュさんは、少し顔を赤らめ答えた。
「そうか、カリュも初めてなんだな。一緒に行くと、いや、カイとユキの保護者として、たのんでもいいかな」
とケントさんはにこりと笑った。
「そ、それなら、仕方ないというか、はい」
とカリュさんはなおも赤い顔を立てに頷かせた。
「祭りって」
「死者の踊り、だよ。カイくん」
とサントラさんは、その慈愛に満ちた表情で、物騒なことを言った。
どんな祭りだ。




