アルテ、さぼる。
あっといまに一日の休みを経て、まだほの暗い、朝とも言えぬ時間。カリュさんとサントラさんと合流する。今回は移動も含めて4日間の滞在だということであった。
「前回みたいな、難しい任務じゃないから、安心してね」
とサントラさんは優しい微笑みで言った。いつものように、三つ編みをサイドに寄せ、黄色いヘアバンドをリボンのように結んでいる。
「砦で見張りだ。定期的に番がくるようになってる」
とカリュさんが、これまたいつものように三つ編みをカチューシャのようにして髪の毛をとめている。
「あの、つかぬことをお伺いするんですが」
「どうしたの?」
サントラさんが、覗き込むように俺を見た。やはり胸がでかい。し、サントラさん、ナチュラルに上目遣いをするんだよ。何回でもどきどきする。
「か、仮免の実地訓練なんですが、リラードさんいなくても取得できるのかなと?」
「え、それは」
戸惑うサントラさん。
「ふげっ」
頭を叩かれる。カリュさんだ。しかもぎろりと俺を睨み
「試験官の資格持ってるのは、とらちゃんだ!」
と言い放った。
え、うそ!?リラードさんだとばかり。
「す、すみません、本当に、もう、勘違いしました」
「そ、そうだよね、私じゃ、試験官なんて」
「い、いや、違うんです。てっきり、本当に、まじです。サントラさんがいいです、むしろ」
「ほ、本当?」
「はい」
「よかったあ」
とサントラさんの表情が戻る。
「あ、来ましたよ馬車!みなさん、行きましょう」
ナイスタイミングだ、馬車。
「調子のいいやつだな」
とカリュさんはぶつくさ言いながらも、馬車に乗り込んだ。
ごとごとと揺れる。朝一なので、貸し切り状態だ。
「試験官の資格って、難しいんですか?」
「めちゃくちゃむずいよ。勉強量もだし、実地訓練もある。勇者としての功績も必要だし。とらちゃんの世代で持ってるのはとらちゃんぐらいだよ。いっぱい勉強してたし、とらちゃん」
とカリュさんが答えてくれた。
よく考えたら、23歳で試験官って、すごいよな。
「いや、すごいっす!どうして試験官に?」
「う、うん。私って、こんなんだから、ちょっとでも、変われたらな、って」
「とらちゃんは、そのままでも充分すごいよ!もうg1だよ?すごいの!」
「カリュさんは、サントラさんのこと大好きっすね」
カリュさんは、途端に頬を赤らめ、窓の外を見た。
「ありがとう、りゅうちゃん」
とサントラさんは、にっこり笑った。
馬車に乗ること半日。一度乗り継いで、再び馬車へ。お尻が痛い。さらに半日ほどのり、夕日の差す乾燥地帯に降り立った。丘の上に城塞があり、その麓には街があった。
「ハザンドラ市だよ。来たことある?」
サントラさんの問いに、
「いや、初めてです」
と俺は街を見渡す。砂色の、四角い建物が並んでいる。道行く女は、ゆったりとした長いスカートを履いている。男も女も、バンダナを巻いている人が多い。
風が吹くと、砂埃が舞った。ごほごほと咳をする。
「日が沈む前に、砦に行こう」
カリュさんが、歩き出した。
険しい坂をのぼる。汗が、ぽとりと落ちる。
ラクダに乗った、街の人だろうか、下へと下りていく。
「ラクダ、借りちゃだめだったんですか?」
街のなかで、バンダナの男に「ラクダ、のってくかい?」と声をかけられたが、カリュさんに引っ張られ、スルーしたのである。
「ぼられるんだよ」
とカリュさんがふう、と息をつきながら答えた。
「まじっすか」
「う、うん。普通の10倍近く吹っかけられたよ、最初」
「え!?そんなに!?」
「こういう観光地は、仕方ないところがある」
とカリュさんはせっせと先を急いだ。
丘の上に、赤茶色に焼けた、石造りの立派な城があった。夕日に映え、とても美しい。ラクダが何頭か止まっており、観光客らしき人々が歩いている。そこを迂回する。
「あれ?」
少し離れたところに、木が生えていた。高さはさほどないが、横に広く枝が伸び、傘のように葉がなっている。その下に、見覚えのある影が。小走りで向かい、確認する。むにゃむにゃと眠る、その女。金色の長い髪の毛。副室長のアルトの双子の姉で、ケチなやつ。魔法演習で、ケントさんに、いつも一緒にしぼられた同級生。
「アルテ!」
「ん?」
とアルテは、その碧い目をしばしばとさせる。
眠そうにあくびをすると、「カイじゃん」と暢気に言った。
「どうしたの、カイくん」
とサントラさんが、やってくる。カリュさんも後ろから。
「ああ、ええっと、同級生のアルテです。なぜかここに寝ていて」
とアルテを紹介する。
「そ、そうなんだ。サ、サントラです。この度は、カイくんに、お世話になってます」
とサントラさんが頭を下げる。
「サントラさん、逆です。お世話になってるのは僕です」
となんとか頭を上げてもらう。
アルテが、すっと前にでる。アルテにしては素早い動きである。
「どうした、アルテ」
「サントラ、サントラ。サンちゃん。かわいい」
とアルテは、サントラさんをぎゅっと抱きしめた。新たな一面というか、アルテにそういう趣味が。
「え?え?ええ?」
と戸惑うサントラさん。
「サンちゃんじゃない!とらちゃんだ!ていうか先輩だぞ!さん付けで呼べ!」
とカリュさんがアルテの頭を叩いた。
「なんだ、この小さいのは」
とアルテは俺に問うた。カリュさんは、ポックほどじゃないが背が低い。そして、アルテは、ポックほどに、いや、それ以上に、口が悪いというか、思ったことをそのまま口に出す。
「ち、ちびって!カイ、あんたの同級生はどうなってんの!?」
ごもっともですカリュさん。しかし、ポックとアルテという二大空気読めない同級生に出会うとは。他にもちゃんとした人もいるんです、と言っても今は意味はなさそうなほどカリュさんは怒っている。
そのとき、上空から、矢がアルテの足下に射られた。
「アルテ、お前、そんなとこでさぼってんじゃねえ!」
上から女の怒声が。見上げる。小麦色の焼けた肌に、真っ白い髪の毛を束ねた女が、弓を持っている。その背中には、羽が。鳥人だ!
「チャパさん」
サントラさんが、声をかけた。
「サントラにカリュじゃないか!やっとついたか!」
とチャパさんと呼ばれたその鳥人の女は、羽をゆっくりと羽ばたかせ、下りてくる。
「腹が空いているだろう。砦へ急ごう。こらアルテ!お前もこい」
「は〜い」
とアルテは、いつものように気のぬけた返事をした。




