ポック、絡み酒。
道にはお店が並び、人通りも多い。3番街はそれこそ敷居が高く、おしゃれな大人しかいないイメージだったが、意外とそうでもない。家族連れもいれば、若い人たちも陽気に歩いている。カリュさんが、細い路地へ入っていく。どこか懐かしい雰囲気を醸し出すオレンジの外灯のもと、路地の両側には居酒屋がびっしりと並んでいる。一歩大人な世界と、そこにいる人たちの陽気に当てられてか、興奮が高まる。
「この通りは裏三番街っていって、人気の通りなんだよ」
とサントラさんがにっこり笑った。
へえー、と店を観察する。ママさんが一人で切り盛りするカンター形式の立ち飲み屋、薄暗い店内に樽を机代わりに並べたおしゃれなバーなどなど、いろんな店が並んでいる。奥の方へ歩いていくと、少し喧噪も落ち着く。レストランのテラス席がいくつか競り出ている。ワインを飲みながら、小綺麗な男女がおしゃべりしている。この辺はちょっとおしゃれで、緊張する。
「こっちだ」
とカリュさんは、さらに奥にある建物の地下へと下りていく。『グローリア』とかかれた看板。からんからんと、スモークのかかった扉を開ける。光が、音がぶわりと飛び込んでくる。かなり広い。丸テーブルが15はあるだろうか、ほぼ満席状態である。わかりやすく勇者っぽいガタイのいい男女が多いが、しかし華奢な女や知的でスマートな男もちらほらいる。カウンターもあり、一人で飲んでいる人も何人かいた。店の真ん中にはひと際大きな丸テーブルがあり、その中央からは太い柱が天井へと伸びていた。少し高い丸い椅子に座り、結構な男女がその周りでおしゃべりをしているが、その一角に空きスペースがあった。
「げ、空いてないな」
カリュさんが、苦い顔をした。
「珍しいね。平日なのに」
とサントラさんも困り顔。
「あの、中央の柱のテーブル、ちょっと空いてますけど」
「あ、あそこは、ええっと」
サントラさんが、少し困った顔をする。
「カイ、あそこは通称ナンパ席だ」
カリュさんが、軽蔑の目を中央の席に向ける。
「あ、ああ、なるほど」
「あ、あそこあいたよ」
サントラさんが言った。
ちょうど客がでたところで、そちらのテーブルへ向かう。
「げ」
とカリュさんが、急に立ち止まる。
「サントラ!あっら〜カリュもいるじゃない!珍しいわねえ。良い男連れて〜」
隣のテーブルに座る男(?)が、杯を片手に言った。なんか、なんだろう、舐めるように俺を見ている。気がする。真っ赤なリップ、紫の髪の毛は耳にかからないぐらいの短さで、濃いアイメイクと長いまつげと、女のようなメイクだが、しかし、その骨格と低い声とごつい体格と、つまり、ゲイということになるのか。その隣に、見覚えのある小柄な影が。
「カイじゃねえか!」
「ポック!」
なんだろう、すごいほっとした。
「あらポック、知り合いなの?テーブルくっつけましょ!いいわよね、ゴルドウ」
対面に座っている、スキンヘッドの、これまたごつい男に、その赤いリップの男は声をかけた。しかし、赤いリップの男はゴルドウの返事を待たずに、そして明らかに嫌そうなカリュさんなど気にもかけず、さっさとテーブルをくっつけた。ゴルドウと呼ばれたスキンヘッドの男は、「うむ」と小さく頷き、くっつけた方へ席を座り直すと、また寡黙にもビールを飲んだ。いや、違うぞ。ビールじゃない。オレンジ色だ。カクテルというやつだろうか。
「ほら、飲み物頼みな、あれ、サントラ、リラードはどうしたの?」
「アリスさん、りっちゃんもあとでくると思います。今日はハリシャさんは?」
とサントラさんはにっこりと笑い、席に座った。このいかつい赤リップの方は、アリスさんという可憐な名前らしい。
カリュさんも、ぶすりとしながらもサントラさんの隣に座る。
「ハリシャもあとから来るよ。だから今は酒の相手がいなくて困ってたのよ。カリュもサントラも、ほら、ビールでいいわね?あんた、ポックの同級だろう?座んな座んな、気にせず食べな!私のおごりよ。」
「あ、すみません」
と空いているゴルドウさんのとなりに座る。ゴルドウさんは、小さく頷くと、再びそのオレンジ色の飲み物を飲む。酒ではないということは、オレンジジュースか。
「あんたらのとこも仮免受け入れてたんだね。にしても、うちのポックはやるわよ。ライセンス取り次第うちに入ってほしいくらいよ。ねえ、ゴルドウ?」
うむ、とゴルドウさんは頷く。
「俺はカイとパーティ組んでんだよ、もう。他にも二人、メンバーがいるぜ、ゲンさん」
ポックが言うと、「こら、その名で呼ぶなっつてるでしょ!」と鬼の表情になり、アリスさん(ゲンさん?)はポックにげんこつを落とす。「い、いってえ」と頭を抑えるポック。
「しかし、新人と組むのかい?ポック、あんたは即戦力で上のパーティ狙えるわよ」
「ちょっと、うちのカイだってそうだけど。力不足みたいに言うな」
とカリュさんが語気強く言った。嬉しい!
「い、いや、そんな」
と謙遜しておく。
アリスさん(ゲンさん)は、カリュさんのことばに驚き、
「ごめんなさいねえ、カイ。気を悪くしたなら謝るわ。しかし、あのカリュにそこまで言わせるとはね、うっふ〜ん」
と再び俺を舐めるように見て
「私はアリスよ。よろしくね」
とその濃いアイメイクのほどこされた目をウインクする。
「は、はい」
慣れるまで時間がかかりそうだぞ。
「いっとくがなあ、アリスちゃん、もう二人のメンバーは俺とカイよりも能力は高いぜ。あっというまにゴールドの1に上ってやるよ」
とポックはぐいっとグラスを空けた。まるでビールを飲み干したように。いや、ゴルドウさんと同じオレンジジュースなんだが。
「いうわねえ、ポック。そういうとこ、好きよ」
「ふん。そんなに甘くないわよ。カイ、あんたの友達は大言壮語だね」
カリュさんが言った。カリュさんは、いつのまにか一杯目のビールを空けており、二杯目も飲み終えそうだが。「りゅ、りゅうちゃん、ちょっとお酒のペースが」とサントラさんが言う。
「なんだなんだ、カイ。お前はろくでもねえとこに入れられたな。この4日間、猫探しでもしてたんじゃねえだろうな」
とポックが杯をがんと置き、挑発する。俺の名前を出すないちいち。そしてお前はお酒飲んでねえのに、って、あれ、ポックの飲み物とゴルドウさんの飲み物の色が違う。
「なにこいつ!学生の分際で!カイ、友達は選びな!」
「うるせえ!カイ、お前もろくでもないやつとはさっさと関係を切れよ!」
俺を介して喧嘩をしないでほしい。
「若いっていいわねえ、本当。ゴルドウ、なんとかいいなさいよ」
アリスさんのことばに、ゴルドウさんはゆっくりと頷き、サラダを丁寧にみんなにわけだした。均等に、具材の量も適切に。「あ、俺、やりますよ」と言うと、再び頷き、しかしトングは決して譲ってはくれなかった。
からんと、扉が開く。柱の向こうから現れたリラードさんが、陽気に手をあげる。
「おお、カイ、食ってるか、ってあれ、ゲンさ」
と現れたリラードさんの頭に、アリスさんが素早く立ち上がり、げんこつを落とす。
「いってえ!いや、すんません、アリスさん!アリスさんたちも一緒なんだな!ちょうど良かった、ハリシャさんとそこでばったり会って」
とリラードさんが訂正すると、後ろから褐色の美女が現れた。高々とした鼻、大きな目、整った眉。丈の長い薄紫色のシャツに、足下のゆったりとした、裾の広い柔らかな生地のグレーのズボン。少し色の濃いグレーのスカーフを頭に巻いており、それをおもむろに脱ぐ。美しくも長い黒髪が、ばさりと解放される。白い歯をにっこりと見せ、
「遅くなったね。カリュ、サントラ、ひさしぶりだね」
と艶やかな声で言うと、ポックの向かいに座った。
「実はもう一人ゲストが」
とリラードさんが、にやりと笑い、カリュさんを見る。
「なによ、リラード、ひっく」
とこの人、もう3杯は飲んでるが、ペースはどうなのこの早さ。
リラードさんの背後から、見覚えのある、またしてもお美しい女性が。
「レイ先生!」
とやはり知った顔が現れて、俺はテンションが上がり声を出した。
レイ先生は、「カイ、ポック、ちゃんとやってるか」と優しく笑った。
「あっらー、レイじゃない!『グローリア』に来るなんて、珍しい!」
「お久しぶりです、ゲンさ」
ぎろりと、アリスさんがレイ先生を睨む。
「あ、アリスさん、ゴルドウさん」
とレイ先生は、慌てて言い直す。立場関係がわかりやすい。
さて、レイ先生は勇者間でも有名なようで、他の客も多少ざわついている。そして、レイ先生の登場で、さっきまであんなに酔っぱらい丸出しだったカリュさんが縮こまったように下を向いている。カリュさんは、昔レイ先生に助けられてそれで勇者を目指すようになったと聞いたが。
「なんだ、レイは有名なのか、ひっく」
とポックは相変わらずである。
「ちょっと、アリス、ポックの飲んでるのお酒よ」
ハリシャさんがポックの杯を持って言った。
「あらやだ!この子ったら、どこで間違えたのかしら」
おいおい、先生がいるんだが。
「ちょ、ちょっと、そこの、ポックとかいうの」
カリュさんが、ぎろりとポックを睨む。
「なんだよ」
とポックが睨み返す。やばい、第2ラウンドが始まりそうな。
「何で呼び捨てなのよ。教えてもらってるんでしょ。レイ先生、でしょ。カイは先生を付けてる」
「うるへえ、レイはレイだよ。なあ、レイよお」
ああ、完全に出来上がってる。
「先生をつけなさい!それに、あんたみたいなのが呼び捨てにしていい人じゃないの!レイ様は」
「さ、様!?様って、おいおい、ひゃはははは、お前、レイに様をつけるって、ひゃははは」
お酒ではなく緊張や恥じらいで顔を赤くするカリュさん。見かねたレイ先生が、「その辺にしとけ」とポックの頭をこつんと叩く。
「こら、レイ、俺の頭を叩くとは、どういう了見だ、こ〜らあ」
とポックは大きくあくびをする。そして「ねむうくなんか、ないぞおう」とアリスさんの体に身を任せると、寝息をかき始めた。
「ごめんね、レイ。間違ってお酒飲んでたみたい」
とアリスさんは、ポックをそばの空いたソファーに寝かせる。「カイ〜そこら〜」と夢のなかでも何やら指揮を取っているようで、にやにやと眠っている。「大丈夫そうね」とアリスさんはほっと胸をなでおろす。
「これも勉強の一つです。カリュ、すまんな、私の教え子が」
とレイ先生はカリュさんを見た。
「い、いや、私も、熱く、なっちゃって」
カリュさんは再び緊張モードへ。
「久しぶりにレイも来たことだし、飲むわよ!ほら、頼みな!」
杯が進む。俺はジュースだが。しかし、飯もうまい。
関係性が気になったので、レイ先生とアリスさんたちに訊ねる。
「レイ先生とアリスさんたちは、どういった関係なんですか?」
「そりゃあもう、女と、お・ん・な♡」
「はははは、それじゃあただの女友達じゃないか」
と上品な顔立ちで大きく笑うハリシャさん。そして豪快にビールを飲む。かっこいい。
レイ先生が、懐かしむように口を開く。
「新人の頃、何度か一緒に仕事をさせてもらってな。私とグラス、特に私は、ゴルドウさんとゲ、ア、アリスさんにパーティの戦い方を教わった」
リラードさんがにやにやと口を開く。
「めっちゃ興味ありっす。え、アリスさんって、そのときからこんな感じ?」
「昔はアリスさんとゴルドウさんは、近寄り難い雰囲気だったよ。二人とも、戦闘狂い、なんて呼ばれて、え、あ、ああ、外見のことか?えっと、アリスさんの?ああ、アリスさんのな。えーっと」
とレイ先生は、アリスさんの顔色を伺う。アリスさんは、じろりとレイ先生を睨んでいる。
「ゴルドウさん、どうでしたっけ」
とレイ先生は、ゴルドウさんに助けを求めた。
ゴルドウさんは、オレンジジュースをゆっくりと飲み、
「ゲンは」
「アリスじゃ!」
とアリスさんがゴルドウさんの頭を叩く。おお、ゴルドウさんも叩かれるのか。
昔話に花を咲かせる。レイ先生もグラス先生も生意気だったらしい。
「本当に、グラスなんか、お姉ちゃんも大魔法使いじゃない?それに追いつこうってのか、まあ一人で突っ込むは突っ込むは、ねえゴルドウ」
「え、グラス先生ってお姉さんが?」
「そうよ、カイ。ダナはすごかったわよ。無口な不思議ちゃんで、いつも私とゴルドウにひょこひょこついてきてたんだけど、あっという間に抜かれたわよ。グラスがいつも被ってる帽子も、ダナの真似よ。ねえゴルドウ」
「ダナは、すごかったな」
とゴルドウさんも懐かしむように言った。なんだろう、今はどうしているのか気になるが、この場では聞かない方が良さそうだ。
そしてカリュさんとレイ先生の出会い話に。カリュさんはじっと俯いて聞いていたが、お酒の入ったリラードさんが話をしてくれた。なんでも、親と喧嘩して家を飛び出したカリュさんは、荷馬車に忍び込み、郊外へ。良家の令嬢がいなくなったと国も大騒ぎ。郊外へ出たカリュさんは、一人歩いているとモンスターに襲われる。たまたま任務でその近くにいたレイ先生に助けられた、と。それからというもの、レイ先生シンパだそうで。その後飛び級(特例)でライセンスを保持すると、しかしまだ年も若すぎるということで、勇者組合が、半年ほどアリスさんたちベテランパーティにカリュさんを預けたとのこと。反抗期の娘が来たみたいでアリスさんは大変だったといっていたが、
「アリスは、どこでもおならするし!着替えも平気で私の前で!ふん!」
とカリュさんはそっぽむく。
「そんなあ、カリュ、嫌わないでよお〜」
年頃の女の子の前で、そりゃ苦手意識持たれるよ。
お会計はアリスさんがすべてしてくれた。ごちそうさまを言うと、アリスさん、ゴルドウさん、ハリシャさんは、手を振り去っていった。
俺は、うつらうつら歩くポックに肩を貸し、歩く。
分かれ道にて。
「カイ、明日は休みだ。ゆっくり休んでくれ。それと、俺は明日から今回の件で専門の調査チームとともにマロラス村に行くことになった。近々の問題だということになってな。明後日からは俺はパーティの任務に参加できない」
「え、そうなんですか?!」
「すまん、、、」
「いや、そんな。今回の件は本当に、大変なことになるかもしれないし。リラードさんが謝ることじゃ」
「私らがいる。リラードは自分の任務に集中すればいい」
カリュさんが言うと、サントラさんはにっこりと笑った。
「そうだな。ありがとう」
とリラードさんは言った。
三人と別れ、レイ先生と千鳥足のポックと寮へ向かう。
「今回は大変だったな、カイ」
「はい、でも、すごくためになることが多かったです。ヒールの使い方、任務の進め方、パーティの練度を上げるための反省会、勇者としての雑務とかも見せてもらって。まだまだ、これからなんだなって」
「学生のうちは、すべてを自分のために使える。そして、出会う人、時間、場所、すべてお前たちのためにある。全て利用して、頼れるだけ頼って、学べるだけ学んで、力一杯やってこい」
とレイ先生は、俺の肩をぽんと叩いた。
「はい!」
レイ先生の、その美しい歩き姿が去っていった。
寮の部屋に戻り、ポックを寝かせ、自分のベッドに入る。
ベッドって素晴らしい。




