カイ、飛び起きる。
「起きろ!ペンダグルスだ!」
カリュさんの声に、俺は飛び起きた。窓の外は、まだまだ暗い。そばで寝ていたリラードさんも同様に起きあがり、剣を装備する。
「何体だ?」
リラードさんの問いに「表側は、見えるだけで4体。様子を伺ってるように見える」とカリュさんが答えた。
「りっちゃん、裏側も4体はいるよ」
とサントラさんが忍び足でやってくる。
「ペンダグルスが8体。普通じゃありえないな」
とリラードさんは険しい表情になった。
ペンダグルスは群れでも多くとも3体だとならった。3体だっけか。しかし、8体とは。人為的な何かを感じる。
「どうする。同時に来られたらやばい」
カリュさんが小声で訊ねた。
「少ない方、表側を叩こう」
とリラードさんが答えた。
「明かりはどうしよう。ペンダグルスは暗闇に強いし」
サントラさんが言うと「裏側のやつらが回ってきたら、さらにやばい」とカリュさんが続けた。リラードさんは、うーんとうなり「カイ、何かいい案はあるか?」と問うた。裏側の4体を足止めしつつ、戦闘中の光を、か。
「裏側、燃やすのはどうですか?ペンダグルスは火に警戒心がありますし」
と俺が言うと、リラードさんは
「いいね。それにしよう」とすぐ意図を読み取り、さらに続ける。
「カリュ、この建物の裏側を爆発させろ。派手に燃やせ。同時にサントラの魔法で表側をかく乱、それに乗じて俺とカイで二体は倒す。カリュは合流、表側の残り二体を全員で倒す。裏側は後で処理だ。他にペンダグルスを感知すれば、入ればすぐ知らせる。オーケー?」
リラードさんの作戦にそれぞれが頷き、配置につく。
「いつでもいいぞ、カリュ」
とリラードさんが言うと、裏手側にいるカリュさんが「行くぞ」と言った。次の瞬間、爆発音とともに駐屯地の裏側部分が燃える。
リラードさん、サントラさんに続き、俺も表に出る。爆発音がなおもする。燃え盛る炎が周囲の森を照らす。ペンダグルスは、カリュさんの言った通り4体いた。
「水の精よ、力を。『ナーイアス』」
サントラさんが唱えると、人の形を模した水の塊が、その4体めがけて突進していく。
ひるんだ2体に俺とリラードさんが切り掛かる。これで表側は残り2体。
「カイ、そっちへ行ったぞ!」
リラードさんの声が背中からした。地響きとともに、1体が突っ込んでくる。しかし、いつものペンダグルスより動きが遅い。人を模した水が、ペンダグルスの体にまとわりついている。ペンダグルスが右腕を伸ばす。それを避け、左袈裟を切り下げる。
残りの一体は、体を震わせ、サントラさんの放ったまとわりつく水を弾く。突っ込んでくるかと思ったが、裏手の方に周っていった。
駐屯地が、派手に燃えている。
「合流する気だな。カリュ、裏手は」
「ペンダグルスはこっちの様子を伺ってたよ。火が強くなってからはわからない」
「火が森に広がる前に決めよう。裏手にいくぞ」
リラードさんを先頭に、裏手に周る。
5体のペンダグルスが、木の陰からこちらの様子を伺っている。
「にらみ合いはきついな。カリュ、仕掛けるぞ。カイ、右端を頼む」
「おっけい」
「了解です」
と俺が答えると、カリュさんは弓矢を3本つがえ、打高高く放った。
地面に突き刺さった3本の矢は、破裂音高く爆発する。
右端のペンダグルスは、爆発に後ろに仰け反っている。切り掛かるが、ペンダグルスは仰け反りながらも剣を弾いた。
そのとき
「カリュ、横から来るぞ!」
リラードさんの声が響いた。
はっと後ろへ下がり、カリュさんの方を見る。
地響きとともに、ペンダグルスが。ちがう。ガルイーガだ。なぜガルイーガが。
弓を射ようとしていたカリュさんは、はっと体勢を変える。が、反応が遅れ、ガルイーガの突進をもろに受ける。水がぱしゃりと飛沫をあげる。
「カイ、ガルイーガをやれ!」
リラードさんが叫んだ。
ガルイーガが向きを変える前に、その足に切り掛かる。地面に倒れたところを、さらにとどめをさした。
「大丈夫、りゅうちゃん!」
とサントラさんがカリュさんにヒールをかける。
「う、うん、とらちゃん、ありがとう」
カリュさんの服が濡れている。突進のぎりぎり手前で、サントラさんが水の壁を作ったようだった。それでも、カリュさんはよろけながら立つのがやっとで、ダメージがでかい。
ペンダグルスを一体倒し、リラードさんが後ろへ下がる。残りはペンダグルスが4体。しかし、ガルイーガがまたどこからかでてくるかもしれない。
「カリュ、休んどけ」
「まだ、いける」
「足手まといになるだけだ。感知できる範囲では、ペンダグルスが4体だ。サントラ、魔力は」
「一発は、打てるよ」
「一気にいくぞ。カイ、仮免訓練中だが、すまん、がっつり頼む」
「はい!あ、あれ、あそこに」
俺は、森の中の人影を指差した。すぐに闇に紛れた。
「どうした、カイ」
「いや、今人影が見えて」
10メートルは離れている。リラードさんの感知には届かない。
「よし、右側の二体は捨て置く。左の二体に照準、サントラの魔法を合図に、俺が先陣を切る。カイ、ペンダグルスは気にせず、その人影を狙え。俺が隙をつくる。サントラ、でかいのじゃなく、縛りの方でいい」
「わかった」
「よし、いくぞ」
「水の精よ、力を。『ナーイアス』」
サントラさんが唱えると、人を模した水の塊が4体現れ、ペンダグルスに向かって放たれる。
リラードさんが左側の一体に切り掛かる。鮮やかに切り下げると、もう一体に向かいながら
「カイ、行け!」
と叫んだ。
俺は、剣を構えたままさっき人影を見た木の陰へ向かう。
「その木の後ろだ!気をつけろ!」
リラードさんが再度叫んだ。魔力を感知したのか。
木の後ろに周り込み、影の正体を確認する、
うっすらと赤い瘴気が立ち上る。低姿勢で親しみやすい容姿は、見る影もなく、そこには邪悪に笑う村長がいた。これは、アーズの魔法だ。素早くセトの巣糸をくくりつけた鍼を村長の足に投げ刺し、魔力を送る。すると、村長はすっと倒れた。
戦闘は、と駐屯地の方を見る。
リラードさんがペンダグルスの攻撃を盾で受けている。俺はその隙を狙って左袈裟を切り下げた。どしんとペンダグルスが地面に落ちる。
反対側にいた残りの2体が、サントラさんとカリュさんの方へ向かっていく。
「サントラ、駐屯地ごと消火してくれ」
リラードさんが、ほっと息をついて言った。
「行かなくても、大丈夫ですか?」
「ああ、巻き添え食らってもあれだしな。とどめの用意だけしとくか」
とリラードさんは笑った。
『ステュクス』
サントラさんが左手に持った剣を地面に向けて魔法を唱えた。
大量の水が噴出されると、ペンダグルスはもろとも飲み込まれ、倒れた。燃え盛る駐屯地も、みるみる火が消えていった。木々も水の勢いで何本か倒れている。なんという。
倒れたペンダグルスに向かって歩いていく。一体はすでに息絶えており、その後ろにいたもう一体は、息絶え絶えであった。律儀に左袈裟を切り、戦闘を終えた。
長い長い一日だ、と奇麗な半月が空にあった。




