リラード、不審がる。
気持ちを切り替え、森を歩く。どんな小さな異変も見逃してはならない。が、歩けど歩けど森である。マップを見てみると、今日の調査ルートはかなり外側というか、あまり踏み入ったものではなかった。ふう、と一瞬息をつく。ずっと肩を張っていたようで、少し体が楽になった。
そのとき、地面が小さく揺れた。
「カイくん、来るよ!」
「はい!」
地響きとともに、ペンダグルスが突進してくる。先に向こうに見つけられたか。泥ペンダグルスは授業でやったが、直に盾で受けるのは初めてだ。いけるか。やばい。落ち着け。
なんだ、ふわりと心が落ち着く。集中力が増す。冷静だ。しっかりとペンダグルスが見える。その突進してくる角度とスピードを計算し、盾の角度を変える。突進の威力を左に逃がし、いなすことに成功した。
「カイくん、右へ」
サントラさんの指示通り、俺は右へ体を寄せる。
『カメーネ』
とサントラさんは左手に持った短剣をペンダグルスに向けると、その先から激しい水が噴出し、ペンダグルスを一直線に襲った。
倒れたペンダグルスの左胸を刺す。
「大丈夫だった、カイくん」
「はい」
と答え、心臓の脈打ちが早くなっているのを確認した。いつもの戦闘時の自分に戻っている。あのときの妙な落ち着きはなんだったんだろう。
サントラさんが、水魔法を上空に向かって放つ。気持ちのいい水滴が落ちてくる。まるで噴水だな。うっすらと虹が出ている。
しばらく経つと、リラードさんとカリュさんが現れた。
その日の範囲は4人で調査を行い、帰路についた。
駐屯地にて。
「カイ、お手柄だったな」
とリラードさんがソファーに腰掛けた。
「いえ、ほとんどサントラさんに。あの、サントラさんの魔法って」
「ああ、すまんすまん、サントラとカリュの魔法はまだ教えていなかったんだな」
笑うリラードさんをカリュさんが叩く。
「いや、本当、叩かれても仕方がないな。カリュは、爆発魔法だ。矢を媒介にして爆発させる。範囲が広いから、こいつの矢の刺さった先には気をつけてくれ。カリュはそんだけだ」
「そんだけとか言うな!」
「ほかにねえだろお前の魔法!」
ぬぬぬ、とかリュさんが引き下がる。
「サントラは、っと」
とリラードさんが言いかけた時、サントラさんが、トマトとベーコンを絡ませたスパゲッティを持ってきた。
「ごめんね、一品しかつくれなくて」
謝るサントラさんに、「いや、まじうれしいっす!」と心の底から言った。腹が減って仕方がなかった。
「とらちゃんのトマトスパは、最高。明日の当番はリラードだから、期待しちゃだめ」
とカリュさんがぼそりと言った。
そのことば通り、本当においしかった。
「わ、私の魔法は、ヒールと水魔法なんだ」
食後のティータイム、サントラさんが口を開いた。
「ヒーラーって、直接攻撃になる魔法はできないもんだと思ってました」
「わ、私はちょっと違うくて、えっと」
とサントラさんは困ったようにリラードさんを見た。
「カイの言う通りだよ。ヒーラーは魔力に聖なるものを帯びているから、直接ダメージを与えるような魔法は使えない。サントラが例外なんだ。ヒーラーは身体強化が苦手なやつが多いから、まあカイもその点例外だな、だから完全補助か、投擲武器を持つものが多い。なんでサントラが攻撃魔法を使えるかって、その明確な理由もわかってはいないんだが、こいつが腹の中にいるとき、双子だったんだと。その姉ちゃんか妹かが死んじまって、生まれたのがサントラ。これが理由なのかは知んねえが、水魔法とヒールを使い分けることができるっていう摩訶不思議なことが起きてんだ」
はえええ、そんなことがあるのか。
「あと、ペンダグルスが現れたとき、すっと気持ちが戦闘に入れたというか、集中力が増したというか。あれもサントラさんですよね?」
「う、うん。カイくんもできると思うよ」
「え!?」
「うっし、カイ。寝るにはまだ早い。サントラと訓練してくるか!?」
「はい、是非!」
雑多な交流スペースの隣に、小さな部屋があった。しかし何年も使われていないだろう埃の被りようである。
「えっと、ヒールって、術者から離れちゃうと効果が切れるってイメージなんだけど」
「はい、学校でもそう習いました」
「本当は離れても少しは力が残ってて、火や氷なんかと違って、体から離れたときにその力がもたない、って考えてみると、いいかも」
「少しの距離なら火を放つ感覚でヒールを放てる、ということですか?」
「えっと、うーん、放つっていうか、うーん、広げる?うーん、なんだろう」
ぎいっと扉が小さく開く音がした。ちらりと見ると、カリュさんがこそこそと顔を出したり隠したりしている。
「あの、カリュさん」
俺が声をかけると、さっとカリュさんは顔を隠した。
「見えてましたけど」
開き直ったかのように、カリュさんは扉を開いた。
「とらちゃんの言いたいのは、魔法を霧散させるように放つと、ヒールが霧状に舞う感覚でその範囲内のものに届く、ということだ」
と再び扉を閉め、部屋を出ていった。
うふふ、とサントラさんは笑い、言う。
「りゅうちゃんの言う通り。体全体から魔力を霧散させるイメージ」
「そうすれば、ヒールを離れた相手にも使える、と」
「あ、でも、ヒールっていっても、これでできるのは心を落ち着かせるぐらい。私も、戦いの最初にしか使わない。離れた人の回復は、やっぱりセトの巣糸なんかを使って魔力を流す、ってしないとできないと思う」
「なるほど。でも、すごいです。身につけたいです。全身から霧散させるイメージ、ですね」
「うん」
魔力を流す、ではない。全身に行き渡らせ、うん、いや、違うな。身体強化で魔法を流すときは、筋肉を意識する。それとは違う。もっと表層に魔力を、まとう感じか?そっから発する?
「えっと、あの、その、毛、えっと、全身の、毛、」
「毛穴ですね!」
頬を染めるサントラさん。
「そ、そう。そこから、ぶわっと広げるイメージ」
そうか、毛穴か。
魔力をうすーく、体に表層にとどめ、全身の毛穴から、放つ。
「う、うん!そんな感じ!」
「でも、まだまだ時間がかかっちゃいますね。範囲もすぐ隣ぐらいだし」
「私はもっとだめだったよ!すごいよカイくん」
人ごとなのにこんなにも喜んでくれるなんて。柔らかそうなおっぱいが目に入る。邪心よ消えろ。
「ありがとうございます!忘れないうちに反復します」
「明日もあるし、無理しないでね。なにかあったらなんでも聞いてね」
「はい!」
とにっこり笑い、サントラさんは部屋を出た。
表層にとどめ、毛穴から霧散させる。特に表層に魔力をとどめる感覚が、かなり疲れる。時間がかかる。
一時間ほど行い、部屋を出た。
リラードさんが、難しい顔で書類を見ている。どうしたんだろう。話しかけていいものか。
「ああ、カイ。なにかこつは掴めたか?」
はっとリラードさんは俺に気づき、訊ねた。
「はい、お二人が親切に教えてくれて」
目の端にカリュさんがいた。ぴくりと俺のことばに反応した。
「リラードさん、何かあったんですか?」
「いや、やっぱり妙だと思ってな。書類を見直してるんだ」
とリラードさんはマップを広げ、続ける。
「村人によるペンダグルスの目撃が5回。少し多いような気がしてな。一回目の発見が一番森の深い地点だ。これはまあいいとしよう。あの狭い村だ、すぐに噂は広まるだろう。それから4回も森へ向かうか?しかも、死者がでていない。モンスターは普通人間を襲う。5回も普通の村人が遭遇して、無事で帰れるかな。今日は森の現地の様子見で浅いところから、明日また村長に話を聞いて、本格的に、と思ってたんだが、、、」
「何かあったんですか?」
「村長に鳥を飛ばしたんだが、帰ってこないんだ」
村と駐屯地と、二羽の伝書鳥で緊急の際は連絡を取ることになっていた。
「村に直接は、やはり行けないのですか?」
「依頼書の事項にあってな。村には入らない、って。マロラス村は、10年近く前に勇者に略奪を受けてんだ。特に勇者嫌いが多い。さーて、どうしたもんかなあ。なんか匂うんだよなあ」
上唇にペンを乗せ、リラードさんは虚空を見た。
強い風が駐屯地を叩く。ランプが微かに揺れる。
ふと窓の外を見ると、夜の森は恐ろしいほど暗かった。
翌朝、村長はあっさりと現れた。
「すみません、鳥が家を間違えて、似たような家が多いもんで」
と前回同様低姿勢であった。
リラードさんも物腰柔らかに、昨日抱いていた疑問を問う。
村長の回答をもらい、再び任務は続行となった。装備を整え森へ向かう。
しかし、なんとも消化不良の様子なリラードさん。
「一回目はたまたま逃げられた。残りの4回。うち2回は遠目からの目撃、あとの2回は偵察のために足の速いものを森へ行かせた。どう思う、カイ?」
「うーん、なんとも」
「そうなんだよなあ、なんとも。村長の態度も初日と同じで不審な感じもなかった。鳥の間違いも、全くないことはない。うーん」
なんて言っていると、森へついた。
「リラード、今日も二手に別れるの?」
カリュさんが訊ねた。
「よし、いや、今日は二手はやめだ。4人で動く。時間かかるけど、安全に行こう」
とリラードさんを先頭に、歩き始めた。
昨日より少し深く森に入り込む。
不気味なほど静かな森であった。しかし、これといって何か異変が見つかることはない。昼休憩を挟み、マップを確認しながら再び歩く。淡々と、しかし慎重に。
「ここも目撃ポイントだが、ダメだな、なにもねえ。暗くなるとやべえ、そろそろ」
とリラードさんがことばを切った。
「カイ、後ろだ!」
リラードさんのことばに、咄嗟に後ろを振り返る。
大木の隣、ペンダグルスが腕を振り上げ、呻き声とともに襲ってくる。そんな、突然に。
そのとき、ペンダグルスの右腕に、矢が刺さった。
「伏せろ!」
リラードさんの指示通り、地面に伏せる。
矢は爆発し、ペンダグルスの右腕が飛ぶ。
起き上がり、体勢を整えようと後ろへ下がろうとしたそのとき、
「カイ、引くな!」
とカリュさんの声が響いた。
俺は声に押され、剣を握り直しペンダグルスの左袈裟を切った。ペンダグルスは、低いうなり声とともに、地面に落ちた。
「大丈夫か、カイ」
「はい、リラードさん」
「リラード、気づけなかったの?」
カリュさんの問いに、「ああ、魔力に気づいたときにはもう」とペンダグルスの現れた大木のそばを調べだした。草葉を切り、地面を調べる。円形の模様が、うっすらと光っている。
「これは、召還術式か」
リラードさんがカリュさんを見た。
「かなり高度だ。人が近くを通るたびに召還されるようになってると思う。それと、一人の魔力量でできる術式じゃない」
とカリュさんが地面を見て答えた。
ごくりと、俺は唾を飲み込んだ。何かが、この森で起きている。
「専門のやつを呼ばないと解除は難しそうだな。ここは危険だ。とにかく駐屯地まで戻ろう」
リラードさんを先頭に、足早に森を出た。




