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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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カイ、緊張する。

 リーフ市の西にある行政区、その一角に、勇者組合リーフ支部はあった。

 行政区、といえば厳かな場所を想像するが、リーフ支部はその端にあり、比較的庶民的というか、いや、むしろ普通の煉瓦造りの家である。

 ドアをノックし、「こんにちわ」と入って行く。カウンターの向こうで、yシャツのボタンを上まで止めた黒髪の女が「こんにちわ」とにっこりと言った。他にも二人の男がデスクで書類と睨めっこしている。カウンターの隣にボードがあり、依頼の書かれたプリントがいくつも張り出されてある。


「今回はどういったご用件でしょうか?」


「あ、ああ、ええっと、今日から仮免の実地が始まるんですが、その待ち合わせにここにと」


「それでしたら階段を上がってすぐの部屋にいらっしゃいますよ」


 とにっこりと言われ、脇の階段を上がっていく。

 会議室と書かれた札がかかっている。

 ふう、と息を吐く。緊張する。よし、行こう。

 ドアをノックし


「失礼します」と入って行く。

 狭い一室に、ロの字に机があった。そこに、2人の女性がいた。


「あ、あの、今日からお世話になります、カイです。よろしくお願いします」


 頭を下げる。反応を待つが、しかし何も帰ってこない。ゆっくりと顔を上げる。

 窓際で、少し目の吊った女が眉間に皺を寄せ、外を眺めている。三つ編みをカチューシャのようにして髪の毛を止めている。普通にしてたら美人なのだろうが、表情が険しい。その隣に、三つ編みをサイドに寄せ、黄色いヘアバンドをりぼんのように結んだ女が下を向いてもじもじしている。二人とも三つ編みで、二人とも何もしゃべらない。まじかよ、おいおい。俺はこの人たちと、確か、二週間だよな。

 レイ先生のことばを思い出す。


ーーー

「明日からお前たちは仮免の実地訓練をスタートさせる。本試験は一年後だが、仮免は9ヶ月のスパンがある。9ヶ月ずっと実地訓練をするわけではない。3回にわける。第一回目の今回は、一人一人勇者ライセンスを持つプロのパーティに加わって2週間過ごしてもらう。さて、お前たちが入れてもらうパーティだが、それぞれに勇者組合より認定を受けた試験官の資格を有するものがいる。採点されるわけであるが、案ずるな、お前たちは、しっかりと準備してきたんだ。のびのびやってればいい。それに、試験官は人格者ぞろいだ。まあ、楽しんでこい」 

ーーーー


 とにっこり笑っていたが。

 しかし、いや、もう試験は始まっているのか?戦闘での連携、依頼を受ける折衝などなど。コミュニケーション能力が試されている?そうだ、そうに違いない。この二人のうちどちらかが試験官で

 そのとき、扉が勢い良く開いた。

 少し長い黒髪を後ろで縛った男が、柔らかい笑顔で「わりいわりい、遅れちまった」と謝りながら入って来た。


「今日からお世話になります、カイです。よろしくお願いします」


「俺はリラードだ。よろしくな、カイ!」


 引き締まった体に、身長は俺より少し高いくらい。ロングソードと中盾。俺と同じような構成だろうか。なにより、明るくて優しそうで良かった。いや、本当によかった。


「お前ら、自己紹介はしたのか?!」


 リラードさんのことばに、二人は相も変わらずしゃべらない。ったく、と頭をぽりぽりと掻きながら、リラードさんは言う。


「こっちの黄色いヘアバンドのもじもじがサントラ。とらっちとか、とらちゃんって呼んであげて。こっちのぶすっとしてる三つ編みカチューシャがカリュ。りゅうちゃんって呼んであげて」


 カリュさんは、じっとリラードさんを睨む。そんなの気にしていないリラードさんはにこにこ笑っている。


「あ、はい」


 と俺は空気に耐えられず、ことばを発した。


「よし、では、レッツゴー!」


 リラードさんは、元気に扉をあけた。おいおい、メンタル強すぎだろ!そして、何の情報もらってないんだが!


「えっと、今からどちらへ?」


「ペンダグルス討伐の依頼があってね。リーフ市の外れにあるマロラス村ってとこなんだけど。リーフ市っていうか、厳密にはリーフ市が管轄してる地域だな」


「管轄がリーフ市、ですか」


「クノッテン市とリーフ市はモンスターがでちゃいけないことになってるからなあ。でも郊外にいけばやっぱりちょいちょいでちまうんだよ。だから苦肉の策で管轄だけリーフ、名目上は、市に属していない王国の土地、ってなわけ」


 そんなことになってたのか。本当に苦肉の策だな。

 馬車に乗り込み、揺られること1時間弱。リラードさんは早々に寝ていた。と思ったら、他の二人も寝ていた。俺も、気づけば寝ていたんだが、「カイ、ついたぞ!」とリラードさんの明朗な声に目を開ける。

 馬車を降りる。古い建物が、森の端にぽつんとあるのみである。扉にはぼろい木の立て札がかけられており、「第7駐屯地」と書かれていた。森の向こうには、雄大な山々を背景に平原が広がっており、田畑もちらほら見えた。遠くに民家も見える。


「あそこは」


「あの辺がマロラス村だな」


「駐屯地と随分離れているんですね」


「まあ、なんていうんだ、色々あんだよ」


 とリラードさんは苦笑いした。

 黄色いヘアバンドのサントラさんも、三つ編みカチューシャのカリュさんも、相変わらずしゃべらない。ちなみにサントラさんはひらひらしたかわいらしい服を着ており、上から丈夫なマントを羽織っている。短剣を両腰に二本差しているが、どんな戦いをするのだろう。カリュさんはわかりやすく大弓を背負っている。動きやすそうなタイトなズボンをはいている。凛とした、しゅっとした雰囲気がレイ先生に似ている。ちょっとつんとしすぎか。ふと、カリュさんと目があった。カリュさんは、さっと目を伏せた。


「す、すみません」 


 とついつい謝ってしまった。気まずい空気が流れたまま、駐屯地へ入っていく。

 がらんとした室内であった。右手にカウンターがあるが、だれもいない。無造作に置かれたソファーと椅子、それにテーブルが中央にあった。最近使われた様子はない。駐屯地なのだが、しかし誰も駐屯している気配はない。


「奥に簡易ベッドがいくつかあるから、まあ寝どころは気にすんな!まだちょっと時間があるな。カイ、打込みでもするか!?」


「はい!お願いします!」


 古い魔造刀だ。訓練用に駐屯地に配備しているのか。外にでて、リラードさんと打込みをはじめる。

 真っすぐ踏み込み、切り掛かる。盾で受けられる。リラードさんが踏み込み、切り掛かってくる。盾でいなし、潜り込むように近づき足を狙う。とった。いや、寸でのところでかわされる。二度三度と、打ち合う。なんだろう、全部読まれているような、寸でのところであっさりとかわされる。そして、やはりそうだが、力を見られている。ふと目の端に、サントラさんとカリュさんが映った。


「カイ、集中集中」


 とリラードさんに右手をうたれる。剣がぽとりと落ちる。


「す、すみません」


「いや、俺もすまんな。思ったよりやるんで強く打ち過ぎた。トラちゃん、ヒールしてやってくれ」


「あ、俺ヒールなんで」


 と断ろうとしたが、サントラさんがあまりにもぱっと表情明るくしてこちらに近づいてくるので、そのまま右手を差し出す。


「こ、ここですね」

 とサントラさんは、上目遣いで俺を見る。まつげが長い。大きな目。どきどきする。


「は、はい」


 サントラさんが、俺の右手にヒールをかける。

 んん、なんだ、自分でやるよりも治癒が早い。はっとサントラさんを見る。


「だ、ダメでしたか?」


「いや、そんなことないっす!ちょっと感動してます。同じヒールでも、こんなに違うのかと」


「よかったあ」


 とサントラさんは顔を綻ばせる。


「うし、一旦戻って改めて自己紹介だ!」


 とリラードさんに続き駐屯地に入り、無造作に置かれたソファーと椅子にそれぞれが座る。


「カイ、剣は学年で何番だ?」


「えっと」


 と考える。リュウドウ、シュナ、チョウさんがいて、剣術だとクルテと同じぐらいか。


「4から5番かなと」


「まじか!?カイより上に4人もいんの?優秀すぎるぜ流星群」


「ほ、本当に、すごいですね」


 とサントラさんがほんわかと言った。ちょっと距離が縮まっている気がする。カリュさんは相変わらずだが。


「カイは、もらってる情報によるとヒールもできる。近接がこれだけできてヒーラーもとなると前人のいないパラディンだな」


「ヒールの方は、まだまだで」


「まだ学生だぜ?こっからこっから。んで、じゃあこっちは俺からいくか。カイと同じ中盾にロングソード。魔法は身体強化のみ」


 身体強化のみ?戦っていたときの違和感はなんだったんだろう。すべてを先読みされているような。単純に技量がリラードさんのほうが上だっただけか。


「全部言え」


 とごんとリラードさんの頭をカリュさんが叩いた。


「へ?いや、隠すつもりはねえよ!すまんすまんカイ。説明が面倒なんだよ。いや、本当に身体強化だけなんだが、特殊魔法があってだな。しかし本部の人も魔法鑑定してる人も、俺だけしかないもんでどう取り扱っていいのか、そもそも魔法なのか体質なのかって」


「早く言え」


 とカリュさんが再びリラードさんを叩く。


「いてえよりゅうちゃん」


「その名前で呼ぶな!」


 と再び叩く。ふふ、と控えめにサントラさんが笑っている。


「まあ、俺は、魔力が浮き出てるのが感覚でわかるんだよ。どこに魔力が集中してるとか。だから、剣を出してくるタイミングもなんとなく読める」


 そうか、それで俺の攻撃がかわされてたのか。いや、まてよ。


「さっきの打込みでは、身体強化魔法は使わなかったんですが」


「身体強化魔法は、スムーズに体の部位を強化するのにかなりの訓練がいる。カイレベルになると、かなり型の素振りや打込みをやり込んだだろ?そうすると体にしみ込むんだよ、意識しなくても魔力が流れるように。もちろん悪いことじゃねえ。それだけ剣速も上がってるし、踏み込みも早くなってる。意識して魔力を使えば、もっと早くなるしな」


 はあ、そうなのか。それが逆に、リラードさん的には先読みのヒントになってたんだな。


「俺はこれで全部。で、カリュ、お前の番だ」


 リラードさんに言われ、カリュさんはさっと伏し目になる。おいおい、とリラードさんは頭を掻く。


「こいつの武器は見た通り弓矢。つっても弓矢を媒介に魔法を飛ばすって感じで」


 そのとき、扉がこんこんとノックされた。


「あれ、依頼主結構早かったな」


 リラードさんが立ち上がり、扉を開ける。

 こそこそと、初老の男が入って来た。


「どうぞ、こちらへ。汚いですが」


 とリラードさんはその男をソファーへと手招きした。


「勇者のみなさま、すみません。村に歓迎できなくて」


「大丈夫です。職業勇者のイメージが悪いのは、こちらの責任ですので、そんな謝らずに」


 と柔らかな笑顔でリラードさんは言った。

 職業勇者のイメージが悪い。

 職業勇者ってイメージが悪いのか!?

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