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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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リプキン先生、大きなテントを張る。

「勇者組合は、いろんな場所に駐屯地を構えている。駐屯地というのは名称で、ただの無人掘建て小屋の場合もあるが。しかし、勇者組合の手の届いていない場所では野営することになる。まあ頻繁にあることではないのだが、一度野営の経験をしておく必要もあるだろう」


「ってもよー、レイ。ここ、中庭だぜ」


 とポックが頭を掻いた。

 こほん、とやや恥ずかしそうに、レイ先生は続ける。


「色々あって、後半組はここで野営の経験を積んでもらう。まずは」


 レイ先生が溜める。ごくりと生徒たちはことばを待つ。


「テントを立てる!」


「おいおい、遊びに行くんじゃねえんだぞ」


 呆れているポックをよそに、生徒たちは沸いている。キャンプだキャンプ!

 それぞれパーティに分かれ、テントを立てる。


「カイ、それ使うぞ。あとそのケースも」


 ポックに言われ、小さな袋と細長いケースを持つ。


「うし、やんぞ!」


 なんやかんややる気のポックが言うと、「おー!」とシュナとユキともども、俺もかけ声で答える。

 できるだけ平坦な場所をとり、小さな袋からシートを取り出す。このシート、小さな袋に良く入っていたなと思うぐらいでかい。なんでも、魔法加工の施された収縮シートらしい。


「おい、俺らがここ取ってんだよ」



「うるせえクルテ、俺のが早かったぜ」


 と小さなもめ事はあったが、なんやかんや場所を確保。


「よし、それ広げんぞ」


 2人で端を持ち、広げる。縦横二メートルないぐらいか。


「これ、4人で寝んのか?」


 ポックに訊ねると「いや、二人用だ」と答え、ケースから細い棒を取り出す。あれよあれよと棒は伸びて行く。これも魔法加工された棒で、そのまんま収縮棒というらしい。


「これを布についてる輪っかに差し込んでってくれ」


 ポックの指示通りさしていく。布はこんもりとふくれあがり、ついにはテントが出来上がった。ついには、というほど労力はかかっていないが。


「こんな簡単にできるのか」


「最近のはな。おいユキ、シュナ、お前らのもつくるぞ」


「はい!」


「はいなのです!」


 シュナと、すっかり元気になったユキが答えた。

 二つのテントがあっさりと出来上がった。しかし、いつもの場所とはいえテントができるとテンションが上がる。


「やってるわね、あなたたち」


「なんだよロゼ。冷やかしか?」


「突っかからないでよポック。室長としてチェックしに来たのよ」


「そうです。さぼらないように、ね」


 とアルトがずいと前に出た。後ろには、だるそうにあくびをするアルテもいる。現地実習の前半組だ。今日は休みになっていたが、暇なので見に来たのだろう。


「りゅ、リュウドウくん、久しぶりネ」


 チョウさんがもじもじとリュウドウに話しかけている。


「おう、久しぶりだな」


 とリュウドウは答えた。せいぜい一週間ぶりぐらいなのだが。


「こらリュウドウ、手止めんな!」


「うるさいネ、クルテ!リュウドウくん、ごめんネ。作業してネ」


 パーティのリーダーになった最近のクルテは、寡黙さも消え、小五月蝿くなった。しかしそのせいか、いじめっこだったころや寡黙だった時期をクラスメイトにいじられている。


「お前らも、どっかでテントつくったら?」


 俺が訊ねると


「そんなテントないわよ」


 とロゼが答えた。


「心配ありませんよ、みなさん」


 にっこりと奇麗な白い歯を見せながら、はげ頭をカジュアルなニット帽で隠したリプキン先生が現れた。大きな荷物を背負っている。その後ろからは、いつも通り無表情のリプカン先生がいた。いつも通りはげ頭を露にしている。リプカン先生もリュックを背負っている。


「リプカン先生、リプキン先生。わざわざ参加していただかなくても、テスト前でお忙しいでしょう」 


 レイ先生が恐縮しながら言った。


「レイくん、いいのですいいのです。キャンプといえば、私ですよ」


 とリプキン先生は、ひと際広い場所を陣取ると、リュックから大きな布を取り出し「そーれ」と広げた。これも魔法加工された収縮シートだったようで、俺らの5倍ほどの大きさの布を広げる。


「ここからですよ!」


 とリプキン先生はもぞもぞと布の中央まで入って行くと、大きくて長い棒を布の中央に立たせる。


「さあみなさん、それぞれ端っこを引っ張ってください!」


 リプキン先生に言われ、大きな布の端っこについた紐を引っ張る。


「棒手裏剣で、ぴんと張った紐を地面に埋め込んでください!」


 八方から布を紐でひっぱり、棒手裏剣で地面にそれを固定する。


「できあがりです!」


 と大きなテントが出来上がった。


「おおおおお」


 と喜ぶ生徒たち。

 リプキン先生は、さらに真ん中の開けた場所で木の枠組みをつくりはじめた。その中に炭やら木屑やらを入れる。


「こんなのもありますよ!」


 とそこに小さなボールをぽんと投げ込んだ。すると、ぶわりと火が上がる。


「おおおおお」


 と再び生徒たちの歓声が上がる。


「キャンプは、盛大に、楽しくするものです!」


 リプキン先生のことばに、「ふんっ」とリプカン先生は小さな鉄製の板と黒い石をかちかちと打ち合わせている。


「何をしているんですか?」


「カイくん。これはね、火をおこしているんですよ」


 こんなんで火がおきるのか。よく見ると、黒い石と一緒に、毛くずのような綿を持っている。

 何度か打ち合わせると手応えがあったようで、リプカン先生はふっと綿に息を吹きかけた。


「お、おお!」


 綿から火がぶわりと上がる。リプカン先生はすぐに足下に置いていた一回り大きな綿にその火を移すと、あらかじめ組んでいた石の囲いの中にそっと投げ入れた。中にあった木屑に燃え移る。


「すごいですね!」


「グランピングは性にあいませんね。キャンプというのは、こういうものです」


 と満足げにリプカン先生は頷き、リプキン先生の方を見た。リプキン先生とリプカン先生。同じ顔がにらみ合っている。なぜこうも正反対なのだ。

 リプカン先生は、薪をタイミングを見て火の中にいれていく。それとは別に、火のそばに、大きめの薪を綺麗に並べてある。


「この木は、使わないのですか?」


「ああ、それは渇かしているのですよ。次回に使うように」


 と黙々と道具を取り出すリプカン先生。


「この網は魔法コーテイングがされており、、、、」


「このライトはここにつけられるようになっていて、、、」


「ペグは棒手裏剣で代用するのが、職業勇者の基本で、、、」


 などなど、いつも通りの抑揚のないトーンだが、しかし多弁である。


「先生、火の番、僕がしておきましょうか」


「カイくん、それは助かります。まだもう少し安定していないので、大きめの薪に火がつくよう調整をお願いします。私はすこし森に食べ物をとってきます」


「付き合うぜ、先生」


 とポックとともに森へと向かった。

 火が燃えている。そりゃそうだが。ぼーっと見てられるな。落ち葉を数枚入れる。ぶわりと火が燃え盛る。これで安定してないのか?めっちゃついてるが。


「カイ、こっちへくるのです」


 ユキの呼び声である。火をちらりと見る。もう何枚か、落ち葉を入れる。火がぶわりと上がる。大丈夫だろう。

 ユキのもとへ向かう。小さなテントが倒れていた。


「風が強いのです」


 と困り顔のユキが俺を見た。


「あれ、シュナは?」


「ごはんをとりに行ったのです」


「テントの中にかばんおいても、ううん、だめか。ああ、そうだ。ペグを打てばいいんだ、ペグを」


 確かポックがそんなことを言っていた。テントを地面に固定するための小さな杭である。


「ペグ?なんなのです」


「ええっと」


 とテントの入っていた袋の中を見るが、それらしきものはない。ペグ。ペグは、そうだな。


「ペグは棒手裏剣で。職業勇者の基本、だな」


 とユキを見てにっかりと笑う。

 ユキは、よく分かってないだろうが、「そうなのです!」と笑顔になった。

 棒手裏剣をペグ代わりに、地面に打込む。


「オッケー、これで安定した」


「ありがとうなのです!」


 人助けは気持ちのいいものである。さて、と火のもとへ戻る。


「あれ?」


 火が、消えてる。

 なんでだ。あれだけ燃え盛っていたのに。

 やばい。


「おいおいおい。まさかね」


 ポックの声が背後から。


「い、いやあ、すっげえ燃えてると思って、少し目を離したら」


 言いながらに振り返ると、茸を持ったポックがふんぞり返っていた。


「どうせ枯れ葉かなんか入れて満足してたろ。あれは燃えやすいが、すぐなくなんだよ」


 図星である。


「まあまあ、ポックくん。火はまた起こせばいいのですよ」


 ポックの後ろから、リプカン先生が現れた。


「す、すみません、リプカン先生」


「シュナが森にいたぜ。手伝いに行ってこいよ」


 ポックに言われ、「そうします」と俺は背中を丸めて立ち上がった。

 中庭から学習エリアとなる森へ入って行く。

 幾らか歩くと、木々は倒れ、土の掘り返された荒れた場所に出た。その荒れた大地の真ん中、倒木の上に立つ影があった。


「シュナ」


「ああ、カイ。もう戻るよ」


 シュナは、紐に吊るした二匹のうさぎを持ってやってくる。


「すぐに狩れるもんなのか?」


「こつさえあればね。私は山育ちだから」


 とにっこり笑った。

 山間の夕日は、まどろむように柔らかに森を包んでいる。


「マラキマノーが、ここにいたんだな」


 あの事件からすぐ、モンスター研究所の人員が巨大魔方陣でマラキマノーを囲み、どこかへ転移させたとのことだった。

 ムツキへの無念が、再び募る。同時に、妙に心地の良い郷愁の感覚を覚えた。たった一週間前のことであるにも関わらず、である。


「そうだね」


 とシュナもまた、どこか懐かしむように夕日を見た。

 風が吹くと、葉擦れの音が森をざわつかせる。

 夕日に幻術をかけられたように、俺たちは立ち止まっていた。


「カイ、行こう」


 シュナに言われ、はっと感覚を戻した俺は「そうだな」と答えた。

 麻薬のような郷愁の感覚を振り払うように、強く一歩を踏み出した。

 

 中庭が近くなると、生徒たちの声が聞こえてきた。

 薄暗くなった辺りのなかにあって、リプキン先生の作ったキャンプファイヤーがひと際賑やかだ。


「あれ、リプキン先生もこちらへ」


 と、作った当の本人であるリプキン先生は、輪の外にいた。リプカン先生の小さなテントの前で、双子が揃ってちびちびとお酒を飲んでいる。


「いつからでしょうか、祭りは、見て楽しむものになった」


 とリプキン先生は、キャンプファイヤーの周りで騒ぐ生徒たちを見て言った。よく見ると、生徒たちのなかには、ヤットやララなどの一年もいる。


「カイ、シュナ、なんか獲れたか?!」


 キャンプファイヤーのほうにいるポックが大声で呼んだ。


「ああ、シュナがウサギを」


「ナイス!皮はぐからこっちもってこい!シャムがでけえバーベキュー台持って来たからよ、ロゼの火で一気にやいちまうぜ!」


 俺は、なんとなくリプカン先生を見た。柔らかな笑みを浮かべ


「行きなさい。君たちはまだ、思い出に生きるには早すぎる」


 とおちょこを口にした。


「行くか、シュナ!」


「うん!」


 赤く燃え盛るキャンプファイヤーの方へ、俺たちは走って行った。

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