マラキマノー、因縁の相手に気が猛る。
マラキマノーの、大木よりも太い足が上がる。
死ぬ。
俺は、勇者じゃないんだ。
「うぐ!」
横から衝撃が。
シュナだ。
すんでのところで、シュナのタックルのおかげで俺は地面に落ちるマラキマノーの足から逃れることができた。
どしんという衝撃音とともに、揺れが波打つ。
「ごめん、カイ。大丈夫?」
シュナがむくりと顔を上げる。
「ああ、助かった。みんなは」
「ユキの魔法でなんとか助かったよ」
立ち上がり辺りを見渡す。なぎ倒された木々、盛り上がった土。森はもうそこにはない。が、一カ所、倒れた木々の間から氷が張っている。そこからポックとユキ、ムツキが現れた。
「カイ、ロロの回復だ」
とリュウドウはロロを俺に渡すと、チョウデッカイケンを振り回し「うおおおおおお!」とマラキマノーの足に斬りつける。
トーリが、少し離れた場所で笑いながら言う。
「無駄ですよ、マラキマノーの足は最も硬い部分。特Aのパワーを持つリュウドウくんでも」
そのとき、リュウドウの剣の衝撃でマラキマノーの体が微弱に揺れた。
ぎろりとマラキマノーが視線を下げる。
「ダメか」
とリュウドウは剣を下ろした。
マラキマノーは、両足を上げ、明確に俺たちを狙う。
「逃げるぞ!」
と俺はロロを抱え、ポックたちのもとへ走り出す。
マラキマノーの両足が地面に踏み下ろされる。
やばい。
その両足の重みは、やはり大地をいとも簡単に壊した。巨大な地響きとともに、背後から、木の、土の、岩のさんざめく音が押し寄せる。壊れた大地の波が背後に迫る。
大地に飲まれる。
「くそっ」
ここまでか、とロロもろとも倒れる。
『アイス!』
ユキの、目一杯張り上げた幼い声が聞こえた。
周囲の温度が途端に下がる。ひんやりと冷たい。
混濁した木々や土、岩が、大地の波が、ユキの氷を超えて行く。ユキの氷が、分厚くその波から守ってくれている。振り返ると、マラキマノーと俺たちの間の地面が割れていた。辺りを見渡す。木々も小川も洞窟も、あったもんじゃない。なにもかもが掘り返され、破壊されている。
どしんどしんとマラキマノーが迫ってくる。
「くそっ」
とポックがマラキマノーを見上げ、舌打ちをする。
リュウドウも、シュナまでも剣を構えず、ただただマラキマノーを見上げている。
圧倒的な力を前にして、なす術がなかった。
呆然と、マラキマノーという巨大な力を見ることしか、できなかったのである。
「まだ、がんばる、のです」
ユキが、ふらりと倒れた。
「ユキ!」
とシュナが支える。
俺は、ユキにヒールを施そうと手をやる。すると、ムツキが口を開く。
「カイさん、ヒールはロロさんに。マノーにも、弱点はあります」
「じゃ、弱点って、ムツキ、お前がなんで」
ポックが問うた。
「よく知っている相手でね」
とムツキはふっと笑った。
そのとき、マラキマノーがその大きくも長い鼻を振り上げた。
「ユキ、すみません、少し体に負担がかかりますよ」
とムツキは、ユキの体にすうっと入った。すると、ユキの体がびくりと動き出す。
その瞬間、マラキマノーがユキの方を睨んだ。
「覚えていましたか。400年ぶりですね、マノー」
ムツキの口調で、にこりと笑うユキ。
マラキマノーは、「ブオオオオオオオオ!」と怒ったように声を上げると、その鼻を振り下げた。
『イグルー』
ユキに憑依したムツキが唱えると、ユキがさっき放った氷たちが一つに集まっていく。氷とマラキマノーの鼻が激しくぶつかる。しかし、太く硬い氷が、家のように俺たちを守ってくれている。
「お、お前、ムツキ、か」
ポックが驚いたように問うと
「はい。今はユキの体を借りていますが。時間がありません。マノーの弱点は、その眉間です」
ムツキのことばにみなが耳を寄せる。たしかに、マラキマノーの眉間は、赤黒い体とは違いうっすらと白みを帯びている。
「400年前、私の氷では死に至らしめることができなかったようです。リュウドウさん、あなたならできます。みんなで隙をつきりっ、ごほっごほっ」
咳き込むムツキ。ロロにヒールをかけながら、ユキのからだに憑依したムツキにもヒールをかける。
「すみません、カイさん。憑依の負担が強いですね」
とムツキは謝った。
「な、なんだ!?」
とポックがマラキマノーの方を見て言った。
辺りの土が、木々が、氷が、マラキマノーのほうへと吸い寄せられて行く。
「ま、マノーの吸込みです。吸い寄せられたあと、すぐに強く吐き出されます、気をつけて」
ムツキが話している間にも、マラキマノーの方に体が吸い寄せられていく。
「カイ、ロロとムツキを守れ、リュウドウ、シュナ、死ぬ気で生き残れ!吐き出されたあとを狙うぞ!」
ポックが叫んだ。ムツキが『イグルー』で集めた氷が瓦解し、マラキマノーに吸い寄せられていく。吸込みに、体を持ってかれる。なんとかロロとムツキを抱え、丸くなる。木々が、岩が、ぶつかる。いてえ。
「ブアオオオオオオオオオオ」
マラキマノーは、大きな鳴き声とともに、今度は息を吐き出した。
先ほどとは反対に、吹っ飛ばされる。死んでも両脇の二人は離さん。木々や土の濁流に飲まれる。背中に強い衝撃。くそいてえ。流されるままに流され、目を開く。30メートルは飛ばされたか。ロロは相変わらず気を失っているが、無事だ。一方で、ユキに憑依したムツキはぜえぜえと呼吸が荒い。飛ばされた負担か、憑依の負担か、どちらもか。みんなは、大丈夫か。
「カ、カイさん、も、もう少し、はあ、はあ、近くへ」
と指示を出すムツキを抱え、荒れた大地を超えながらマラキマノーへと近づく。ムツキにヒールをかける。
マラキマノーも動きが緩慢になっている。あの吸込む技は負担があるらしい。
大きく深呼吸し、ムツキが言う。
「ふう、ふう、、ありがとうございます。私が、突破口を開きます」
「行けるか?あいつらはどこに。生きてるのか」
「カイさん、私は、ユキが、あなたたちがうらやましい。400年前、私は一人でした。仲間を信頼して。私ほどではありませんが、あなたたちは強い。彼らは必ず生きている」
とにこりと笑うと、ムツキは
『ヴェンディゴ』
と唱えた。
氷のつぶてがいくつも現れ、マラキマノーの体にぶつかる。
「ブオオオオオオオオ」と怒り猛ったマラキマノーがこちらへ向かってくる。
「行きますよ、みなさん!」
ムツキはそう言うと、目をつむり、大きく息を吐く。
かっと目を開き
『ツニート!』
と叫んだ。
巨大な氷が現れる。氷の巨人が、マラキマノーの突進を止める。
「俺の出番はきたか」
どさりと地面から起き上がる土だらけのリュウドウ。
「リュウドウ!後ろにいたのかよ!急げ!」
「しかし届かんな。カイ、台になれ」
拒否ってる選択肢も暇もねえ。
「こい、リュウドウ!」
助走をつけたリュウドウがジャンプする。そのリュウドウの足裏を、俺は盾で思いっきり跳ね上げる。高く跳んだリュウドウは、氷の巨人の肩部分にチョウデッカイケンを刺し、その肩になんとかよじ上った。マラキマノーが、未だ健在の片方の牙をリュウドウめがけて振り回す。シュナがどこからともなく瞬時に現れると、その牙を力強く斬りつけた。牙に薄くヒビがはいる。そのとき、弓矢が一閃、マラキマノーの左目に突き刺さった。マラキマノーの悲鳴が響く。
「いまだ、リュウドウ!」
ポックが後方で叫んだ。
リュウドウは、氷の巨人の肩から高くジャンプすると、「うおおおおおおおおお!」とマラキマノーの眉間にチョウデッカイケンを突刺した。ポックが二の矢で右目を射る。
マラキマノーの耳を劈くような悲鳴。生命の、残りすべての力を振り絞るような。
そして、ゆっくりと倒れていった。
現れた山間から、夕日がおちかけていた。




