カイ、悩んだりする。
「、、、ガルイーガ、ペンダグルス、リピッとデッドなど以外の、繁殖に成功しなかったモンスターはその一個体のみであり、人型も含めてすべて原種に分類されている。数がそれほど多いわけではないが、その被害は凄まじい。モンスター発生時期と言われる500年前、北の国で猛威を振るったマラキマノー。ノーエ地方で暴れ回り、多くの死者をだした。記録ではこの400年近くはマラキマノーによる被害はなくなっているが、当時のノーエ地方のほとんどの街が壊滅するなど、原種の恐ろしさがそれだけでわかるだろう。また、オークター地方で猛威を振るったエルクは、っと、チャイムだ。今日のモンスター学はここまで」
トーリ先生が教室を出て行く。
ポックと午後の演習に備え飯を食っていると、ガラガラと教室の扉が開いた。
「こんにちわなのです!」
と元気よくユキが現れた。
「おう、ユキ」
「カイ、ユキがみなさんの力になるのです!」
ん?いや、ユキが元気そうなのは良かったのだが、なんか話がやや違っている気がする。ユキの後ろにいるムツキが、苦笑いを浮かべている。
「ムツキ、ちょっと来い」
とポックがムツキを手招きし、小声で訊ねる。
「お前、なんてユキに言ったんだ?」
「いや、皆さんが、ユキが必要だからパーティに入ってほしいと」
「話が違うじゃねえか!言い方わりいがあいつはまだ試用期間だぜ」
「ポックさん、あの子は単純に見えて繊細です。のびのびとさせてあげないと、強すぎる力を抑え過ぎて10の力の1しか出せなくなってしまいます。とにかく、今はそういうことにしておいてください」
そういうことか。まあ、今はふさぎ込んでいたユキが元気になっただけ良かったと見るか。とりあえず乗ってやる。
「ユキ、今日の演習から、頼むぞ」
「大丈夫なのです、カイ!というわけで、みんなでご飯を食べるのです!シュナも来るのです!」
ユキは風呂敷を広げる。中には大きなおにぎりが4つ。これ、食べなきゃいけない流れだよな。
「おいこら、ユキ。俺はまだ認めたわけじゃねえぞ」
とポックはユキの頬をつまむ。
「ひ、ひらいのですポック。ユキはポックのお姉さんなのだから、そんなことしてはいけないのです」
「だ、だれがお姉さんだ、ったく」
とポックも渋々席に座り、おにぎりを食い始めた。
さて、今日はユキを入れての初めての実践演習である。大丈夫だろうか。
「やったー!やったのです!」
かちんこちんに氷った土ペンダグルスが消える。
喜ぶユキ。周囲からもおお〜と声が漏れる。
「すごい、行けるよ、ユキ!」
シュナがユキに駆け寄る。
「お、おう、やったな」
いとも簡単に決まり、やや呆気にとられてしまったが、しかしこれは喜ばしきことである。
「浮かれてんじゃねえよ、まだ一回目だぜ」
ポックは相変わらず厳しい。拗ねてんのか?こいつもまだまだ子どもだな。
しかし、ポックの言う通りと言うか、やはりそうはうまくいかなかった。
演習を重ねるにつれ、ユキのミスが目立つようになってくる。
「ア、アイス!」
「馬鹿、強すぎだ!」
ポックが叫んだ。
シュナの足下の地面が氷る。シュナの動きが止まると、背中を見せていた土ペンダグルスは態勢を整え、シュナに襲いかかる。俺がそれを盾で受ける。俺を跳び越え、シュナは土ペンダグルスに切り掛かるが、土ペンダグルスは後ろに跳ぶと、シュナの攻撃を爪で受けた。もう一体の土ペンダグルスがユキに襲いかかる。
「あ、く、くるのです、わわわ」
と走り出すユキ。
「くそっ!」
ポックが弓を放つ。右腕に刺さり、土ペンダグルスはだらりと腕を下げるが、残った左腕でユキに襲いかかる。しゃがみ込むユキ。
「それまで!」
グラス先生の声とともに、土ペンダグルスはどしゃりと崩れていく。
闘技場の端へはけていく。
「ご、ごめんなさいなのです」
「魔法のタイミングは経験していけばいい」
と俺はユキの肩をぽんと叩いた。
「あなたたちって、なんていうか、倒すときはあっさりなのにね」
ロゼが腕を組みながら言った。
「いいもわるいも、ユキ次第になっちまってんだろ。連携もあったもんじゃねえ」
とポックは座り込んだ。
ユキが、ううう、と闘技場の出口へ向かう。
「ユキ!」
シュナが追いかけようとするが、ムツキが「私が行きます」と先に駆けていく。
「言い過ぎだぞ、ポック」
「っはあ、悪かったよ。最初のころより良くなってんのは事実だ。時々おっと思わせる氷魔法のコントロールも見せる。ただ、それにしてもあいつのせいで失敗することが多すぎる」
ユキが入っての二回目の演習では、シュナの足そのものを氷らせてしまっていた。それを考えれば段々とましにはなっている気もする。個人訓練もパーティを組んでからは俺たちと一緒に休まずに励んでいる。
「それでも、あなたたちにはユキが必要でしょ」
ロゼが助け舟を出す。そう、それはポックと俺が特に自覚していた。毒魔法が決め手にならない場合がある。俺には火力が乏しい。シュナと、さらに大砲になれるユキがいた方がいいに決まっている。
「最近はリオナにも魔力コントロールのこつを聞いたり、それに、一対一の訓練だと、もっとうまく魔力コントロールできてるんだけど」
シュナがさらに助け舟を出した。
「わあってるよ。あいつが努力してるのも知ってる。あいつに足りないのは自信というか、なんつうか」
「魔力コントロールも、あとは少しの感覚なんです。それと、もう少しの、なにかきっかけがあれば」
とムツキが戻ってきた。
「ムツキ、ユキは大丈夫か?」
「トイレにこもっています。当分はでてこないでしょう」
「ムツキが教えるわけにはいかないのか?同じ氷魔法を使っていたんだろう」
「カイさん、私は教えるのが苦手で。最初からできてしまっていたので」
時折現れるムツキのこの天才風よ。
「あれ、トーリ先生、来てたんですか」
観客席に一人、トーリ先生が座っていた。
なるほど、だからさっきロロが緊張気味だったのか。
「ああ、カイくん。僕も外部から来ている講師といえど、みんなの先生だからね。しかし、君のパーティの潜在能力はすごいね」
「ええ、もう少し僕が纏めきれればいいんですが」
「まだ時間はある。焦ることはないよ」
きらりと白い歯が光る。今日も爽やかトーリ先生である。
ーーーー
演習が終わり、へとへとになって寮へと戻る。明日は休みである。しかし、リーダーとしてなんとかユキの力になりたいが。特に俺があまり考えずにユキを入れた手前もある。
「カイさん、お疲れっす!」
いつも元気なヤットが声をかけてきた。
「疲れてますね、何かあったんっすか」
「いいな、お前は悩みがなさそうで」
「なんっすか、らしくないっすね。今日も屋上で素振りするんでしょ」
「いや、するがな。そうだ、一年同士で戦ったろう?どうだった?」
「負けましたよ!あのチビくっそ!」
「誰がチビだって?」
とポックがにょきりと俺の背後から顔を出した。
「いや、まじすんません、ポックさんのことじゃないんっすよ。ララっすよ!」
「ララか」
とポックは頷く。
シュナの妹である。スピードだけならララの方が早いよ、とシュナ談。
「負けたのはララだけか?」
「あと、いや、いいんすよ誰に負けたとか!それより、この間の演習、見学させてもらいましたよ。ロゼさんのブリギットクロス、かっこよかったなあ」
この調子だとララ以外にも負けてるっぽいな。ヤットもかなり強いんだが、そこはさすが全国から猛者が集まるヴェリュデュール勇者学校である。
「ロゼのブリギットクロスは、そうだな、確かにかっこいいな」
チョウさんの加入によりリュウドウたちの班と並んでロゼたちの班が強くなっている。
「やっぱり、剣がいいっすよね。剣先から伸びる炎っていう。俺もなんか」
「剣、そうか、剣か」
「どうした、カイ」
「いや、まあとりあえず飯食うか」
「俺のも頼むっす!」
「俺のも」
とリュウドウがずいと現れた。
「いつからいたんだよ!」
「ついさっきだよ」
とリュウドウの隣で、頭一つちょっと小さいロロが言った。
「わかったよ、久しぶりに俺が作ってやる」
母親からクノッテンの食材が届いていたな。クノッテン料理でも作るか。ヨーグルソースのサラダとアッラ鳥の炒め物と、なんか適当なパスタでいいな。




