チョウさん、取り合いになる。
月曜日の午前はとにかくだるい。最近は早朝訓練もするようになったのでなおさらである。午前の座学をうつらうつらとしながらもなんとか乗り切る。昼休み、教室から近いトイレ(大便用)が使用中で、仕方なく一階に下りて排泄する。すっきりと廊下に出ると、突き当たりの職員室から4人組がでてきた。一人は幽霊だが。チョウさんとアマコとユキ、それにムツキである。アマコは職員室に入るのもフルアーマーである。しかし、四人ともどうにも落ち込んだ様子である。
「なんだ、どうしたんだ?」
俺が問うと、涙を目にためたユキが答える。
「ううう、ユキたち、ひっく、グラス先生に解散するよう言われたのです」
「まじか。そりゃ厳しいな。ガルイーガが倒せなかったからか?」
「それもあるネ。でも、これを見て怒ってたネ。なんで、なにが駄目ネ」
とチョウさんは一枚のプリントを出した。
「なんだ、この落書き」
「カイ、落書きじゃないネ!これが私ネ、これアマコ、これユキよ。これがガルイーガで、作戦もここに書いてあるネ!」
ああ、演習前日に出す作戦シートか。前回の演習で失敗したパーティは、先生方のアドバイスをもとに次の演習までにシートに作戦やフォーメーションをプリントに記し、グラス先生に提出するのである。三人で話し合って書いたという作戦だが。アマコが突っ込んで、チョウさんが空に跳んで、ユキが氷の魔法を使う。うーむ。3回の演習での進歩のなさ、そしてこの作戦シート。グラス先生も堪忍袋の緒が切れたというか、諦めたというか。
「チョウ、あきらめよう。私たちは、勇敢に戦った。それはまさにナバテラの民のように」
アマコがまたよくわからんことを。
「ナバテラってなんだ?」
「カイくん、ナバテラとはおよそ900年前に存在したと言われる謎多き民族ですよ。現在のハザンドラにいたと言われています。今ではハザンドラは砂漠地帯にあるルート王国の都市ですが、当時そこにはナバテラというそれは勇敢で知略に長けた民族がいたとされています。ルート王国も何度も遠征を行ったが、追い返されたという記述が残っています。ナバテラの民は勇敢で知に富み、困難な戦いが強いられ、退却に至ったと。しかし、ナバテラの民と、当時隆盛を誇ったハザンドラの地は、突如として崩壊します。一説には大地震があったとも。なにぶん残されている記述が少なくて、わかっていないことが多いのです。その後に、ルート王国によって統治され、砂漠のオアシスとして新たに発展を遂げるのです。ナバテラには死者の踊りと言われる祭りがあり」
おいおい、さっきまでの落ち込んだ様子はどうした。アマコはぺらぺらと楽しそうにしゃべっている。
「こうなるとダメネ」
とあのチョウさんまでもあきれ顔である。しかし、アマコとロロは仲が良いのだが、納得である。
赤い髪が向こうから走ってくる。
「はあ、はあ、カイ、まさかあなた」
「どうしたんだ、ロゼ」
「カイ、あなたも、勧誘に来たのね」
「勧誘?」
「あら、違うのね。ならいいわ。チョウ、情報は出回ってるわ。あなた、私のパーティに入りなさい」
「え?私ネ?」
どたどたと走ってくる音が増える。生徒が向こうから駆けてくる。
「ロゼ、抜け駆けはだめだぜ」
「おい、カイもいるじゃねえか、チョウは俺たちのパーティに必要だ!」
口々にしゃべりながら、チョウの周りに集まる。
なるほど、そういうことか。
「ええい、私は室長よ。あなたたちは下がりなさい!」
ロゼは声を張った。こいつは本当に、権力をもたしてはいけない人間だ。
「関係ねえだろ今は!」
「そうだそうだ!」
と非難轟々である。
「え?へへへへ?私ネ?いや、それは、へへへへ、アマコとユキに悪いネ、へへっへ」
ことばとは裏腹に、チョウさんはにやけ顔を隠しきれていない。
騒がしい廊下を抜け出し、閑散とした教室へと戻る。
シュナとポックが飯を食っている。
「下、騒がしくなってたぞ」
「だろうな。チョウなんてどこも欲しいだろう。アマコも勧誘が来てると思うがな。近接の盾としちゃ有能だしな」
「俺たちも参戦すべきだったかな。ユキはダメか?魔法の威力ならトップレベルだろう」
「足引っ張るやつは邪魔だろ」
ポックのことばに
「成長はしてると思うんだけど」
とシュナは少し寂しそうに言った。
「そりゃ、俺たちも知ってるけどよ。まあ、リーダーはカイ、お前なんだ。最後の判断は任すぜ」
とポックはパンをほおばった。ユキも毎日ではないが、時々闘技場に来て自主訓練をしているのである。一年生が入ったことで何か自覚が芽生えたようです、とムツキは言っていたが。
固定パーティでの実践演習は明日で、今日の午後は魔法と剣技の基礎訓練のみである。しかし、荒れそうな予感。
昼休が終わり、3人で闘技場に向かう。
途中、上機嫌のロゼとばったり会った。
「いいことでもあったか?」とポックが問うと「ふふふ、チョウはいただいたわ」と不敵に笑った。まあ、そんな気はしていたが。
闘技場の生徒たちは、いつもよりざわついていた。チョウさんがロゼたちのパーティに加入したことがすでに広まっている。
みしりみしりと、アーマーの擦れる音をさせながらアマコが歩いてくる。
「アマコ、お前はどうするんだ?」
「カイくん、私はクリエちゃんとシャムくんに誘われて、パーティを組むことになりました」
あそこか。クリエとアマコは仲良かったしな。
「良かったじゃん。あれ、ユキは?」
「それが、さっきから見当たらなくて。まだ来てませんか」
とアマコは困った表情で生徒たちを見渡した。
いない。ムツキもいないな。
みしりみしりと、アーマー姿のタケミ先生が入ってくる。アマコはメガネの加減からか顔を出しているが、タケミ先生に至っては顔もフルフェイスで隠している。いつものように身振り手振りで何かを示すと、プリントを配り始めた。プリントを見て、ようやく今日何をするかがわかる。今はケントさんがいないので、タケミ先生の通訳もいないのだ。
一通り型の素振りを終える。基礎練習は二年時になっても変わらない。そのあと二人一組での打込み訓練があるが、最近ではタケミ先生が直々に行ってくれる。対面して思うが、懐が広い。何を打っても入りそうにない。これでも指導モードなのだろう。にしても、アマコもタケミ先生も、臭くないのはなんでだ。タケミ先生なんかは逆にいい匂いがするような。甲冑をつけてるからその分そこのケアがしっかりしているのだろうか。
チャイムとともに剣技演習を終える。
遂にユキは来なかった。
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翌日の一限目は選択授業であった。歴史学の教室に向かうと、アマコとチョウさんが先に座っていた。
「あれ、ユキは?」
「まだネ」
とチョウさんは答えた。いつもの調子じゃない。
「昨日、寮でも見なくて。部屋にも行ったんだけど、出てこなかったんです」
アマコのトーンもいつもより低い。
「ユキの相部屋は誰なんだ?」
「ムツキが移ってからは一人ネ」
ムツキは当初女子寮にいたが、さすがにまずいだろうと今は男子寮に移っている。そういえば昨日、ムツキの姿も見なかったが。
がらがらと教室のドアが開く。
リプカン先生かと背筋を伸ばしたが、そこにいたのはムツキだった。
「カイさん、お願いがあります」
真っ白な、やや長い前髪がふわりと浮いている。幽霊も風の影響を受けるんだな。
「ユキを、パーティに入れてやってくれませんか」
チャイムが鳴った。
リプカン先生は少し遅れているようである。




