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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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歴史学なのに眠くならない。

 周囲から、地面から、赤い瘴気がもやもやと立ちこめている。誰かが前を歩いている。信頼?違う。依存か、安心感か。いや、縋る、という動詞が最適かもしれない。僕は、その誰かに縋っている。その誰かが、大きな敵に向かっていく。まるで絵本の世界。絵本の中の魔法使いが、大きな敵に向かっていくような。でも、僕は、心配している。だって、勝てるかどうかはわからないから。その誰かが、死んでしまうかもしれないから。その誰かしか、縋る人がいないから。

 激しい光が辺りを覆う。次に、突風が吹く。僕は、俺は、吹っ飛ばされる。俺は、何もできなかったんだ。

 だって、俺は、勇者じゃなかったから。



「おい、遅刻すんぞカイ!」


 ポックの声に目を覚ます。


「お、おお」と起き上がり、急いで支度をする。初日から遅刻しては、ロゼにどやされる。

 寮内で、初めて見る顔に挨拶される。入学式は明日だが、新入生の多くがすでに入寮しているのだ。

 外に出ると、風はまだ冷たさが残っていた。しかし日差しには春のぬくもりがしっかりと感じられた。

 一年がたった。俺は、強くなったのだろうか。

 

 二年になったからといって特にクラス替えもなく、いつものように一日が始まった。座学も相変わらずあるが、一年次よりは減る。モンスター学と魔法学は引き続き必修で、あとは歴史学、地理学、植物学から一つ選択することができる。俺は歴史学を選んだ。地理学植物学が絶望的に覚えがわるいから。あと、ポックが植物学、シュナが地理学を選んだのでなんとなく。

 歴史学の教室にて、先生を待つ。

 はげ頭に黄色い歯、表情の乏しいリプカン先生が教室に入ってきた。

 ほとんどが空席である。俺を含め、前の方に5人が固まって座っている。


「先生、少ないけど残念がることないネ。私ら優秀な生徒ネ」


「そうなのです!ユキたちが盛り上げるのです!」


「うむ。しかし諸君、歴史学を選んでくれてありがとう」


 とリプカン先生にしては感情の出たことばである。

 チョウさんとユキと俺と。

 女生徒が隣でみしりと音をさせながらがばんを開ける。

 けしごむが落ちる。


「アマコ、消しゴム」と俺はそれを拾い、その女生徒に渡す。


「ありがとう、カイくん」


 とメガネをかけたアーマーフル装備のその女生徒は、にこりと笑った。チョウさんの大親友、アマコである。入学時はメガネの似合う控えめそうな女の子というイメージだったが、今ではタケミ先生に憧れるあまり、自らもアーマーを装備して生活するようになるという変人具合。ついた渾名がアマコ。本名はジュリエッタとか、なんか美少女的な名前だった気がする。アマコはかばんからノートや教科書とともに、分厚い専門書を取り出す。そういえば聞いたことがある。アマコは歴史学のテスト学年1位だと。

 ユキ、チョウさん、アマコ、俺、そしてもう一人は、ぺこりとユキの後ろで頭を下げるムツキ。幽霊は一人と数えるのか。植物学や地理学と違い、実学的ではないと歴史学を避けがちなのである。にしても5人とは。


「早速だが授業をはじめる」


 といつもの淡々とした口調で、リプカン先生の授業が始まった。

 いつものごとく板書をノートに移していく。歴史学は、ある意味楽だ。暗記すればいいのだから。


「王暦520年に起きたバルサルカルの反乱は約10年の月日を経て、二人の勇者によって鎮圧されることになる。リールウェインとロンドルフだ。この二人が王暦546年、最新の学説では545年派が多いが、教科書に乗っ取り546年としよう。決裂し、レッドローズの戦いがおこる。勝利したリールウェインであるが、およそ10年後に、暗殺された、とある。これも不明な点が多い。どのように、誰に暗殺されたのか、そもそも本当に死んだのか、すら実は明確にはわかっていない。そしてそのほぼ同時期に、モンスターが発生するわけだが、カイ、人型モンスターを全てあげられるか」


「へ?」


 不意に質問され、我ながらアホ面でノートから顔を上げる。


「なんだ、モンスター学でやっておるだろう」


「カイはそんなこともわからないネ」


「わはは、カイは馬鹿なのです」


「うるせえ!いや、わかります、さすがに。グリムヒルデ、マリシ、アーズ、ジョムカ、そして、魔王、ですか」


「そうだな。魔王をモンスターと数えるかどうかは色々と論争があるが、現在ではこの数になっている。モンスターの発生が500年内であるというのは、あらゆる文献を探ればすぐにわかることだ。果たして、なぜ人型が存在する?そして、現在ではモンスター原型論は古い学問とされ、元来活発であった動物との比較研究が再度注目されている。それはなぜだ?」


 アマコが手を挙げ、発言する。


「はい、モンスターのルーツが既存の動物にあるのではないかと当初の考えに立ち返ったからです」


「その通りだ、ジュリエッタくん。400年ほど前、この時期はモンスター研究が最も活発であった時期の一つであるが、もともとは動物との類似性を調査し、モンスターのルーツをそこに求めていた。が、当時の研究手法ではその答えに至らなかった。そこで人々のなかで言われ始めたのが、魔王が生み出した『何か』がモンスターなのではないか、ということだ。ある意味では、モンスター研究の停滞期である。しかしここ20年、特にグリムヒルデやアーズといった人型の脅威が増し、さらには10年前のモンスター大恐慌、そして大いなる光によって、モンスター研究が再燃した。魔王が生み出した『何か』である。この思考の放棄によって至った答えは破棄され、再び動物との比較研究が注目された。さて、では、文献を遡って、魔王の初出はなにか」 


 再びアマコが口を開く。


「はい、魔王ということばの初出は、グウォールによる『日誌』です」


「その通りだ。現代訳語でいえば、そこには、『モンスターは、魔王によって地の底より現れた』とある。これが『魔王』という、現在に至るまで人々が恐れる存在の初出だ。モンスターの出現に関わっているもの、と捉えることができるだろう。そして『日誌』には、こうも書かれている。『魔王の封印は、長い月日ののち、とけてしまう懸念が残る』魔王について分かっていることは、実はこれだけだ。魔王が何ものなのか、いつ誰に寄って封印されたのかすら、実はわかっていない。ただ、グウォールが現場にいたことは確かだ。『日誌』の作者であるグウォールという人物を鑑みて、なにかこの『魔王の封印は、長い月日ののち、復活する懸念が残る』という記述に疑問はないか?」 


 博識のアマコも、うーんと考え込む。

 グウォールは、もともと占星術師で、自身の戦いや旅を書いた『日誌』の作者で、名宰相でもあり、フライ婆のもっていた『予言書』を書いていたという。ん、そうか。


「グウォールにしては、曖昧なんだ」


「その通りだ、カイくん。グウォールのもう一つの本、『予言書』。これは、晩年のグウォールが家に引きこもり書いたとされるものだ。さて、その『予言書』は、存在自体があやふやであったが、70年ほどまえ、予言者ストアにより、その存在が明らかになった」


 ストアってのはフライ婆のことだな。


「その内容は全て表にでていないが、そのどれもが、時期をほのめかした予言であった。例えば、人型モンスター『アーズ』によって初めて滅ぼされた国、ハマナス。これは、王暦957年、人型モンスターによる国への侵略が始まる、とグウォールは明確に予言している。つまり、どういうことかわかるか?カイくん」


「はい。魔王の復活に関しては、予言ではなく、その状況から推測して『日誌』に記した、ということです」


「そうだな。魔王を封印したであろう場所には、限界がある、とグウォールは推察したんだな。これだけではどこに封印されているのかなど見当もつかないが、しかし魔王封印の地の唯一のてがかりと言ってもいい。その地は、モンスターたちですらわかっていない。10年前、天変地異が起きる中、つまりモンスター大恐慌の際、多くのモンスターたちもまた、その復活の場所を探していた」


 チャイムが鳴った。


「今日はここまでだな」


 とリプカン先生は、教室を後にした。いつもよりもことばに力があったな。


「カイくん!」


「へ、なんだ、アマコ?」


「すごいです!グウォールの残した記述の違和感に気づけるなんて!」


 アマコの目が輝いている。


「え、ああ、たまたまだまじで」


 ちょっと前にフライ婆やら予言書やらと向き合っていたから。にしても、フライ婆が別れ際に言っていた流星群なんたらってやつは、どこまで秘密になっているのだろう。


「そういえば、次はパーティ組んで初の実践だな。アマコは誰と組むんだ?」


「私とネ」


 まあ、チョウさんとアマコ仲いいしな。


「ユキもなのです!」


 とユキが元気良く立ち上がった。


「え、まじで?」


 と俺はムツキを見た。

 苦笑いするムツキ。


「行きましょう、みなさん!」


 とアーマーフル装備のアマコが、先頭を切って教室を出た。

 なんだこのまとまりのなさそうなパーティは。


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