フライ婆、大切な本を手放す。
「キエエエエエエ」
鳥の鳴き声が響いた。凄まじいスピードで向かってくる。リピッドデッドか。いや、もっと小さい。あの栗色の鳥は。
「クリ!」
クリは、リピッドデッドを器用に避けると、男天使に体当たりする。
「な、なんだ」
とよろけた男天使に、ポックが矢を放つ。男天使が矢を避けようとフライ婆を離す。フライ婆はさらに暴れまわり、女天使の手を振りほどいた。
「あ〜れ〜」
どこまでも暢気なフライ婆が、落ちていく。赤い糸で繋がった俺ももちろん一緒に。
落ちながらに、フライ婆と目が合う。
「フライ婆、魔法は?」
「使いすぎてもうた」
とにかりと笑う。
ひゃあああああ。
「ネギリネ!」
ロロの声が響くと、地上にネギリネが現れた。おお、この高さなら大丈夫か。しかも、ネギリネの上にはリュウドウが。
「リュウドウくーん!」
と落ちながらに呼ぶ。
が、どすんと俺はネギリネの上に落ちた。
「いってえ」
リュウドウはフライ婆をキャッチし、俺は放置されたのである。
「およよよ、新たなナイトさね、モテ期到来!?」
と目を輝かせるフライ婆をリュウドウはゆっくりとおろし
「カイ、行くぞ」
と空を見た。
「へいへい」
落下の衝撃で腰がいてえ。ヒールかけとこ。
「あれ、お前盾もってんじゃん」
リュウドウが大盾を背負っている。
「今後の戦いは人と人との試合ではない。戦闘には盾がある方がいいだろう」
へー。意外だな。なんて暢気に思っていると、リピッドデッドが二体空から襲ってくる。赤黒い体から発せられる赤い瘴気、充血した目、クリの2倍ほどの体躯、鋭い嘴。
リュウドウは盾を持った。
「リュウドウ、盾は貫通するぞ!」
左腕がうずく。
「ふん!」
リュウドウは、ものすごいスピードで突っ込んでくるリピッドデッドに向かって大盾を投げた。
手放すのはええよ。
リピッドデッドはなんとか大盾を避ける。その減速した一体めがけて、リュウドウがチョウデッカイケンを振り抜く。リピッドデッドの頭が飛ぶ。俺は、残ったもう一体を躊躇なく剣で切り上げた。赤黒い血が飛び散る。
高鳴る鼓動。大きく深呼吸し
「お前、盾の使い方ちがうくね?」
と俺は震える手を誤摩化すように、リュウドウに言った。
「カイ、ここからだぞ」
とリュウドウはにやりと笑った。
見透かしてんじゃねえよ。
震えが止まる。親父と昔キジを狩りにいったな、なんて急に思い出したりする。ピクピクと痙攣したリピッドデッド。強く剣を握る。そうだ、俺は、勇者を探しにいくんだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。空を見る。ふわりと、宙に浮いた感覚に陥る。これも、初めてモンスターを倒したからか。ん?いや、違うぞ。本当に宙に浮いている。いや、また落ちている。足下が急になくなった。
「う、うわああああ」
どさりと地面に落ちる。足場のネギリネが消えたのだ。
「いて、いててて。ご、ごめん、同時召還、魔力コントロールが難しくて」
ロロが、打った腰をさすりながら言った。そういえば、クリもいなくなってる。そもそも召還魔法は魔力消費も激しいと聞く。
「いや、めちゃくちゃたすかったぜロロ」
「流星群よ、敵さんが来るぞい」
フライ婆が空を指差す。
男天使が、「滑稽だねえ」とあきれ顔をつくり、『マライカ・マニョーヤ』と唱え、大きく広げた羽を撃った。強い風とともに、幾数もの羽根が襲い来る。ロロとフライ婆を背後に、小さく穴の開いた盾を構える。ぶすぶすと羽根が突き刺さる。
「お前なあ。すぐ盾投げるのはやめろよ」
と俺の後ろでその大きな体を小さく丸めているリュウドウを見た。
「くるぞ」
リュウドウはチョウデッカイケンを構え、前に出た。
男天使が剣を構え下りてくる。
リュウドウと男天使が二度、三度と剣をぶつける。
「ふう、意外や意外、やりますね」
とふわりと浮いた男天使めがけ、旧訓練所から弓矢が飛んでくる。
「おっと」と男天使は盾で弾く。
「お前ら、まともに戦ってんじゃねえ、婆さんもって逃げりゃあいいんだよ!」
ポックが旧訓練所の二階から言った。
それもそうだな。
「もう遅いですよ」
男天使はふっと笑い、空を見上げた。
視線の先に、目を瞑った女天使がいた。その周囲に魔力が立ちこめている。
「こりゃやばいぞい」
フライ婆にも珍しく緊張が走っている。言われなくてもわかってるよ!やばい。やばいぞ。何かくる。
女天使は、かっと目を見開き
『エルタ・アレ』
と唱えた。
黒い塊が空中にできたかと思うと、グラウンドに落ちてくる。やばい。フライ婆を抱え、旧訓練所の方へ跳ぶ。
「うひゃあ」
とフライ婆もろとも地面に倒れる。
後ろを振り返る。グラウンドにどろりとした黒い液体が落ちていた。ラッキーというか、なんとか避けられたのは、落ちて来た黒い塊の中心点が、俺たちから大きく離れていたからだった。汗が額から涌き出る。焦げた匂いが充満している。リュウドウとロロも、なんとかかわしたようだ。
「ま、まつさね!」
フライ婆が慣れない地上を走リ出した。倒れた衝撃で本を手放してしまったのだ。リビッドデッドがばさりと開かれた本をつまんで飛び上がり、男天使に向かっていく。が、そのとき、弓矢一閃、リピッドデッドの体を貫く。
「ちゃんと持ってろ、婆さん!」
弓を放ったポックが叫んだ。
リピッドデッドは力なく本を落とすと、自らも落ちていく。
「おお、サンクスじゃ!」
とフライ婆はばさりばさりと落ちてくる本をキャッチした。
「外した。違うのにする。時間稼いで、ディン」
女天使のことばに、男天使ディンは「はいはい、ノエルさん」と頭を掻いた。
「早く逃げんぞ!」
ポックは旧訓練所から下りてきて言った。
大きな黒い塊を避け、森へと向かう。
「避けるさね!」
フライ婆の声に、右へ跳ぶ。白い液体が寸でのところで地面に落ちた。
これは、たしかリピッドデッドのフンだ。モンスター学いわく、触れると軽い麻痺状態になる。
白いフンが、大量に落ちてくる。俺とリュウドウは足を止め、盾でフンを受ける。きたねえ。
ポックの弓がリピッドデッドを射る。一体が力なく地面に落ちる。
「走れ!」
ポックが再び叫んだ。森へ向かおうと盾をさげたそのとき、男天使ディンが、
『グルカ・シンバ』
と唱えた。すると、ディンの体がどんどん変形していく。太く逞しい四つ足、逆毛が風になびく。羽の生えたライオンだ。にたりと開いた口から、鋭い牙が光る。威嚇するように咆哮を上げると、鳥たちが、リピッドデッドまでも、空に霧散する。ライオンとなったディンは、羽を大きくばたつかせると、空を蹴るように突進してくる。
リュウドウは大盾を構え、それを正面から受ける。
激しい衝撃音とともに、リュウドウの体は吹っ飛ばされる。
「リュウドウくん!」
ロロが、リュウドウのもとへと駆け寄る。
俺は、盾を構えフライ婆を守るように立つ。ポックが剣を抜き、隣に来た。
「ガルイーガ以上だな、突進力は」
のっそりとリュウドウが立ち上がった。
「何暢気なこと言ってんだ馬鹿!」
俺のことばに、リュウドウは「うむ」と神妙に頷いた。いや、口元がにやついている。隠せてねえぞ戦闘狂。
フー、フー、と鼻息荒く、口の端からよだれをたらしながら、ディンはこちらを見た。でけえ。策を考える隙もなく、再び突進してくる。フライ婆にではなく、なぜかリュウドウに。こいつも戦闘狂か?
リュウドウは、大盾をかまえ、自らも「うおおおおおお」と突っ込んでいく。ディンは、後ろ足を大きく蹴り上げ、爪の鋭い前足でリュウドウに襲いかかる。リュウドウは、スライディングするようにディンの下に潜り込むと、その腹を蹴り上げた。ディンは、小さくうめき声を上げると、空に舞い上がった。ポックがすかさず弓を射る。ディンはなんとか羽をばたつかせ、体がよれながらもそれを避けた。
「カイ、来い!」
仰向けのリュウドウが、盾を地面と平衡に構え言った。
瞬時に意図を理解し、盾を放り投げ、剣一本で走り出す。
リュウドウの盾をジャンプ台のようにして蹴り上げると、体のよろけたディンに向かって跳ぶ。腹に届く。行ける。思いっきり斬りつける。いや、手応えがない。地面におり、空を見る。
「や、やりますね」
と人の姿に戻ったディンは、羽をばたつかせ距離を取ると、呼吸を整え、言う。
「しかしもう終わりです。ノエル!」
ノエルの周囲に魔力が立ちこめる。さっきよりも大きい。かっと目を見開くノエル。
『ニーラ・コn』
と唱え終える寸前、ノエルに影ができた。はっとノエルが振り返る。
地面から長く伸びた棒、ツインのお団子頭が空よりも高く飛んでいる。
「のんちゃん、戻るネ!」
とその棒は短くなると、「おりゃあああ!」とチョウさんはノエルを棒で叩く。
「くっ!」
とノエルは短剣を抜いて受けるが、チョウさんは空中で棒を持ち替え、ノエルの右足を打った。
「い、ったい!」
かろうじて羽をばたつかせながらも、ノエルは右足を抑える。
「まだ仲間がいたのか!」
ディンがチョウさんに切り掛かる。
「チョウ、こっちへ来い!」
とポックが矢を放ち援護する。
「承知ネ!」
と地面に降り立ったチョウさんがこちらへ向かってくる。
「逃げるぞ!」
ポックを先頭に、なんとか森の中へと逃げ込む。




