空では髪先をカールさせる。
小屋の屋根が崩れる。10ほどの赤黒い大きな鳥が、その大きな嘴で屋根を破壊していた。血走った目、体から発せられる赤い瘴気。
「リピッドデッドさな」
と暢気にフライ婆が言った。
リピッドデッドは、その血走った目をこちらに向け、襲ってくる。
「逃げるぞ!」
ポックを先頭に、旧訓練所に逃げ込む。ネギリネのせいか、10年前にあったというモンスターの急襲のせいか、穴だらけの旧訓練所内を走り、一室へ逃げ込む。中は机や本棚が荒れ果てた状態であった。
「さて、どうするさね」
「リピッドデッドは建物に逃げ込んでやり過ごす、が最善の手だが」
俺は、モンスター学のトーリ先生の白い歯を思い出しながら言った。
「しかし今回は、明確に誰か狙ってるようだ、ぜ」
とポックは矢を放った。部屋の外にリピッドデッドが集まってきている。窓ガラスなどなく、すぐにでも突入されそうである。緊急事態なのだが、フライ婆は暢気に「ほうやほうや、ここさね」と横に倒れた本棚に触れる。すると、大きな本棚がふわりと浮いた。
「すげえな」
とポックは二の矢を放ち、舌を巻いた。
本棚に隠れていたのは、扉であった。フライ婆はその扉を入っていく。もちろん、フライ婆と俺の右腕は糸で繋がっているので俺も引きずられるように入っていく。
扉の先には、荒れ果てた小部屋があった。むき出しになった空、床は穴だらけであり、椅子や棚、書類が散らばっている。そのなかにあって、角におかれた古びた机は、不自然なほどに整然とそこにあった。
「無事さね。さあて、時間もないないない」
とフライ婆は机に手を当て、目を瞑り唱える。
「タテコメタルトコロノト、スナワチ、タダアキニアキヌ」
すると、古びた机を中心に円が現れ、中に異様な模様が浮き上がる。文字がつらつらと書かれているような、しかし読めない。その円が一瞬ぶわりと光ったかと思うと、すぐに消えた。
「なんだ、あれ?」
とポックに訊ねる。
「古代封印術式だな。専門で学んでるやつしか使えねえような代物だが、しかもかなり高等魔法だ。なにもんだ本当に」
「これでいいさね」
とフライ婆は机の引き出しを開けた。中から古びた本を取り出す。
「なんだ、その本?」
「ポックや、気になるかの?」
ふっふっふ、とフライ婆は笑う。
「言えねえならいいよ」
ポックにしては引いたな。いや、気持ちはわかる。知らない方がいいかもしれない。それほどこの目の前でふわふわ浮いている婆さんは、ヤバい人かもしれない。
「ひゃっひゃっひゃ、まあまだ言えんのう」
そのとき、風がそよいだ。
「カイ!」
ポックが叫んだ。その声に反応し、俺は盾を構えフライ婆の前に立った。天井の破壊された部分から、リピッドデッドが突っ込んでくる。鋭い嘴がフライ婆を襲う。盾で正面から受ける。
「うぐっ」
いてえ。左腕を抑える。手に血が付く。
「大丈夫か、カイ!」
「おおよ」
リピッドデッドの嘴は盾を貫通し、盾を持っていた左腕を浅く突刺した。盾に刺さったリピッドデッドは、すさまじいパワーで首を振り上げる。盾がぐわりと揺れると、リピッドデッドは盾から嘴を抜き取り、鋭い爪で襲い来る。剣でそれを受ける。ガルイーガやペンダグルス程の力はない。リピッドデッドの爪を押しのけ、剣で切り掛かる。慌てて飛び上がるリピッドデッド、そこに、ポックが矢を放つ。リピッドデッドはひらりとかわそうとしたが、足に矢が刺さる。
「致命傷とはいかんか」
とフライ婆が、空に飛び上がるリピッドデッッドを見ながら言った。
「そうでもねえよ」
ポックが言うと、リピッドデッドが力なく地面に落ちていく。
「毒か、やるの。お前さんは大丈夫か」
フライ婆は俺を見た。
「まあ、これぐらいなら」
ヒールで回復を施す。うん、まだまだいける。
「ヒールか。ほうほう」
「ほっとしてる暇はねえ、逃げるぜ」
小部屋からもとの部屋へ戻ろうとすると
「およ、およおよおよ」
フライ婆の声に、振り返る。
フライ婆が浮いている。自分の意志ではなく、後ろから掴まれて。小麦色の焼けた肌に、カラメル色のワンピースを着た女の子。肩口まで伸びた髪の毛の先はくるりんとカールしている。なにより驚くべきことに、羽が生えている。天使に違いない。
「いて、いてててて」
フライ婆と糸で繋がっている右腕が引っ張られる。
羽をばたつかせ、天使は飛び上がっていく。
「カイ、しゃがめ!」
指示通りしゃがむと、ポックの矢が天使を襲う。天使の背後から、別の天使が現れ、弓を盾で受ける。今度は男だ。女天使と同じように、小麦色の焼けた肌、カラメル色のワンピースを着ている。男女兼用なんだなあの服。耳もとを隠すほどの髪の毛は、やはり先っぽがカールされている。流行っているのか。
「本はあったようですね」
と男の天使が微笑を浮かべ、フライ婆に問うた。
「やらん!あんたらにはやらんさね!」
フライ婆がもがいている。が、振りほどけない。婆さん、もしかして浮くことしかできないのか。
「本だけでも良いのですが、あなた様も空の民、神があなた様にも来てほしいと」
「あたしは地上の民!帰るの!」
ぷんぷんと、わがままな子どものようにフライ婆が頬を膨らませる。
「仕方ありませんね」
と二人の天使は、フライ婆を無理矢理引っ張っていく。上へ。
「いてえ、いててててえええ」
腕がもげるううう。しかもリピッドデッドが周りを飛んでるう。怖すぎる。
「カイ、粘れ!連れてかれるぞ!」
無茶ぶりだポック!
なんとか左手で糸を掴み、右手首のうっ血を軽減する。
「う、うわ、やべえ!」
足をばたつかせる。どんどん浮いていく。やばいやばい、落ちたら死ぬ。
「この者は?」
と男天使が問うた。
「フィアンセじゃ」
ふふん、とフライ婆は鼻を鳴らす。
「空は飛べないようだ」
と女天使が男天使を見た。
「ならいりませんね」
と男天使は剣を抜き、フライ婆と俺の赤い糸を切ろうとする。
「や、やめれええ!やめてくれえええ落ちたらしぬううう」
「カイ、お前それでも勇者か!情けねえこといってんじゃねえ!」
下からポックの声が。うるせえ、死んだらどうにもこうにもねえだろう!
「醜いですね。ふ、こうも地上の民とは」
と男天使が髪の毛をかき上げる。ああ、こいつ嫌いだ。
「では、グッバイ」と今度は本当に剣を振り下ろす。
死ぬのか。
「キエエエエエエ」
鳥の鳴き声が響いた。凄まじいスピードで向かってくる。リピッドデッドか。いや、もっと小さい。見覚えのあるあの栗色の鳥は。




